第14話 人狼ゲーム⑭「崖っぷち」
(なっ……、な……なんで……!?)
イルカは昨夜言っていた。ゲームが始まってからの紅子の挙動はかなり怪しかった、と。
だから、紅子だけが疑われるというならまだ分かる。
しかしなぜイルカまで『人狼』と見破られたのか。あのイルカが、そう簡単にボロを出すような真似をするはずがない。
「紅子と、そのメイドが『人狼』……? なんで?」
「聞かせてもらおうか、根拠を」
「うん」
何も言えずにいる紅子を放って、他の面々が勝手にそよぎと話を進める。
「わたしはさっき、お爺ちゃんに頼んでこの人狼ゲームのカードを見せてもらったの」
「ここにある役職のカードだな」
「うん。『村人』四枚、『騎士』一枚、そして『人狼』二枚。これが昨日配られたカード」
そよぎがテーブルの上に置かれた七枚のカードを指さす。
「それと、今朝の朝食で皆が使ったグラスと、厨房から小麦粉を借りてきたの」
「カードとグラスと小麦粉? 意味が分かりませんわ。怪しい占いでもしたんですの?」
「怪しくないよ。ごく普通の、当たり前のことをしただけ」
「なに普通アピールしてるのよ。自分は五輪の血統とは関係ない常識人ですってマウント取る気?」
「そよぎ、続けてくれ」
「うん。やることは簡単だよ。このグラスに、小麦粉をこうしてふりかけて……」
そよぎはグラスをひとつ横に倒し、その表面に小麦粉をひと摘まみ、うっすらとふりかけて、軽く払い落とした。
「ほら」
そよぎが見せつけたグラスには、落ちずに残った小麦粉が小さな紋様を形成していた。
グラスを持った人間の指の脂に、粉が付着したためだ。つまり、この紋様は――――
「指紋か……!」
「そう。そして、指紋が付いてるのはグラスだけじゃないよね」
「……グラスだけじゃない? ……それって……あ、カードか!」
「うん。このカードは昨日、配られた人しか触ってない。そのあとはお爺ちゃんが回収して、額縁に入れられてたんだから。つまり、このカードにはその役職の人間とお爺ちゃん、二人の指紋しかついてないんだよ」
「それじゃあ『人狼』のカードの指紋を調べれば、それが誰か分かるってことですわね!」
「そう。それで、さっきわたしは『人狼』のカードと七つのグラスに付いた指紋を検出したの。その結果……」
そよぎが『人狼』カードをそっと引き寄せた。
よく見れば、そこには小麦粉によって検出された指紋がうっすらと浮かび上がっている。
「お爺ちゃん以外で付いていた指紋は、紅子お姉ちゃんとイルカさん、この二人だった」
再び、全員の目が紅子とイルカに注がれる。
今度は極めて強い、疑いの念と共に。
「どう、お姉ちゃん? なにか反論ありますか?」
そよぎが、また問いかけてきた。
(ふ……ふ……ふざけんなっ! なにが指紋よ! そーゆうゲームじゃないでしょこれ! こんなもん反則よ! インチキインチキ! ずるいわよ!)
叫び出したい気持ちを、紅子は必死で抑える。
「ずるい」などと言えば、それはもうそよぎの推理が正しいと認めたも同然なのだから。
そもそも六郎太が側にいて黙認している時点で、そよぎの行為はルール違反ではないと判定されているのだ。
「ち……ちが……違うし……。そ、その指紋わたしのじゃないし……」
なんとか、それだけの言葉を絞り出した。
「それなら今ここでお姉ちゃんの指から直接、指紋取らせてもらって照合しようか?」
「あ……ぐ……」
あっさりと、紅子は言葉に詰まる。
(無理じゃん……! これ……どうしようもない……言い逃れしようがないじゃない……!)
これほど完璧で明らかな証拠を突きつけられたら、誤魔化すことなどできはしない。
他の四人は誰もそよぎの推理に異議を唱えない。王我ですら、嫌みのひとつも言わない。全員がそよぎに賛成しているのだ。
「…………う……う……」
紅子に、もはや打つ手はなかった。
(くそ……クソ……! やっぱり、そよぎだ……そよぎを殺しとかなきゃいけなかったんだ!)
まだ一日目の朝、誰一人として村人チームを殺せないうちに『人狼』が二人ともバレた。
今夜の襲撃でそよぎを狙えば殺せるかもしれないが、そんなことにもう何の意味もない。残りの日程は、ただの消化試合なのだから。
(ぎ……ぐぎぎ…………負け……)
だが。
「異議あり」
静観し、成り行きを見守っていた彼女が、静かに口を開いた。
「異議あり、ですよ。そよぎ様」
人狼チームの崖っぷち、チェックメイトに至るギリギリの局面。
そこで待ったをかけたのは、やはり――――。
「千堂……」
「イルカ……!」
紅子と天馬が同時に振り返る。紅子は拳を握りしめ、天馬は警戒の表情を浮かべながら。
イルカは、ゆっくりとそよぎの前に進み出た。
「そよぎ様。今あなたが語った推理はまったくの的外れ、大間違い、捏造のでっちあげですよ」
嘘である。そよぎの推理は正しい。
「どうして?」
「だってわたしは『人狼』じゃありません、『村人』なんですもん。ま、紅子お嬢様はどうだか知りませんけど」
「わ、わたしだって『村人』よ!」
嘘である。紅子もイルカも『人狼』である。
「イルカさんもお姉ちゃんも、口ではなんとでも言えるよね。それを証明することはできるの?」
「できますよ」
嘘である。前提が間違っているものを証明することはできない。
だがしかし、嘘をでっちあげることはイルカの十八番なのだ。
「………………」
そよぎの表情に、困惑の色が混じる。
「それを今からごらんにいれましょう。さあ、レスバトルの始まりですよ。ふっふっふ」
この状況を覆す手段など、紅子にはとうてい思いつかない。
だがイルカは、あくまで余裕の表情で、いつものふてぶてしい笑いを浮かべるのだった。
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