エピローグ




 「おひとりですか? ここにはよく来るんですか?」


 声を掛けられた方を見ると、自分と良く似た冴えない中年男性だなと親近感を覚え思わずほっとした五木田ごきたさとるは、愛想の良い笑顔を見せて言った。


「初めてなんですよ。いつもの店が閉まってましてね……」


「いやあ、私もです。奇遇ですね」


 この店が初めてというわりに、その男性はワイン好きらしく覚にアレコレとおすすめを教えてくれる。飲み比べるうちに、冷えた辛口の白ワインの方がアルコール度数の低い甘口よりも爽やかで覚の好みに合うことが分かり、すいすいと喉を通ってゆく。気づけば、だいぶ飲んでしまったようだ。

 このところ自分のことを全く知らないような誰かと、こんなに話すことがなかった覚は、尋ねられるまま酔いに任せて自分のことを話し始めた。


「いろいろあって、独りなんですよ。だからもう自分なんて、本当はどうでも良いんですけどね……途中で投げ出す訳にはいかないって言うか。

 娘がね、娘が居たんです。

 息子もね。

 もしも『あの世』が本当にあるんだとしたら、あんまり早く行ったら自分が逃げてしまったことを知られちゃうでしょ? 

 そうなんですよ。死んで……しまった。

 参ったなぁ。

 いつも子供たちに言ってたんですよ。最後まで諦めるな。自分で負える責任は、自分で負えって。ね? だから、きっちりと……」


「そうですか。では、奥様も?」


「ええ、いました。……あんなことさえなければ、こんなことにはなっていなかったと思うんですよ」


「良かったら、聴かせて貰えますか?」


 覚は、自分が何を話しているのかも分からないくらい酔っていると思いながらも、見ず知らずの誰かに聞いて欲しかった話を、これまでの鬱憤を吐き出すように喋り始めた。



《了》

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ラプラスの悪魔  石濱ウミ @ashika21

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