CASE 2-8
「ねえ……待ってよ。どこに行くの? ぼくも一緒に行って良い?」
久しぶりに聞いた
その侑斗は前を歩く学生服の背中に向かって話しかけていた。
「知ってるでしょ? ねえ? 塾には行きたくないんだ。一緒にいても良い? またゲームやらせてくれる? だからさ……」
「……付いてくるな」
「だって……」
一度も振り返ることなく断られた侑斗だったが、それでも学生服の背中の後をランドセルを揺らし小走りで追う。一度だけ立ち止まり、ランドセルから取り出したキッズ
なんだかこれと似たようなものをほんの少し前に見たような気がする、とイツキは痛む胸を押さえながら考えていた。
ああ、そうか。あの仔犬だ。
京子はといえば、ぽかんと口を開いたまま、目にしているものが信じられない様子で侑斗を見ている。
ホントに?
あの子が、アイツに話しかけている? 付いて行っている?
携帯の電源まで切るなんて。
ジンが追い打ちをかけるように言った。
「侑斗が行きたくない塾をサボっているときに出会った。アレは意外と面倒見が良くてな? この時すでに侑斗にとってこの人物は知らない人ではないんだよ」
「……そんな」
そんなそんなそんなそんな!!!
どんなに首を横に振ろうとも頭を掻きむしろうとも、侑斗がアイツに尻尾を振って付いて行っているかのような目の前の光景は消えてはくれない。
「もっと前に戻るか? 侑斗とあの人物が出会った時まで?」
「……嫌。嫌、ぜったいに嫌」
そんなの考えるだけで
だけど何が? 何で? わたしの知らないところで侑斗が気を許すのを見たくないから? アイツと知り合うきっかけが、わたしが強要した塾のせいだと知るから? 侑斗が殺されるきっかけを作ったのは全部、結局はわたしのせいなのだから最初からこの目で見ろと言いたいの?
ジンは頑なに拒む京子の硬い表情にちらと視線を動かした後、小さく首を捻る。
「ふうん。そうか?」
興味深いものが見られるんだが残念だな。
ジンがそう言って薄く笑ったのを、イツキは横目で見ているしかなかった。
そのうえ、このまま侑斗が殺されるのを見ているしかないなんて。
「……どうして。どうしてそこまでして見たいんですか?」見なくても犯人を呪い殺せるじゃないですか。
イツキの言葉は尻すぼみになり最後まで言えずにやがて消えてゆく。
「侑斗が……侑斗を見た時、あの子は既にきちんとされた状態だった。あははッ。きちんと? 何ソレ? 原因を調べるとか言って切り刻まれたあの状態を、きちんとしたと言ったのは警察の人。その警察の人から聞かされた言葉は全部、覚えてる。
……イタズラはされていません。身体に激しい損傷はありません。苦しんだかもしれませんが、それほど酷いものではなかったと思います。そんな説明ばかり……。
わたしが知りたいのは、そんなことじゃないの!! 侑斗に何があったの? どうしてこんな目に合うの? 侑斗は何を見ていたの? 侑斗は最後に何を思ったの? 助けて欲しいってわたしを呼んだんじゃないの? どうして……どうして、わたしはそこに居ないのよ!!!?」
なんで……。
イツキもジンも地面に膝をついたままの京子も誰一人としてその場を動くことないまま、まるでVR越しに景色を眺めているようだった場面は今度は勝手に刻々と変わり続け、いま侑斗は学生服の少年に追いつき二人並んで歩いているその様子は、知らない人が見たら兄と弟のようだ。
少年を見上げるようにして侑斗は何か話しかけているようだが、少年は無言のまま侑斗の方をちらりとも見ないで歩いていく。
やがて侑斗と少年の前に、調整池が見えてきた。
周囲一キロと少しのぐるりと見渡すことの出来るこの調整池は散歩コースとなっていたが、この夕方、歩く人の姿は無かった。
池を囲む柵は頼りない。
あちこち茶色く錆の浮いた白いポールが横に二本平行してあるだけのフェンスの隙間は幼児が潜れるほどで、高さは大人であれば軽くひと跨ぎで乗り越えることが出来た。
がくがくと京子の身体が目に見えて震え始める。
「ここ……ここ……。侑斗は、ここで」
立ち上がり駆け出そうとする京子の腕を強く掴むのは、ジンだ。
「行っても何もならない。これは既に起きた過去だ」
手を振り解き、足をもつれさせ京子は前に進もうと捥がく。その目は侑斗しか見ていない。
助けたい助けたい助けたい助けたい。
その一心が、届かない。
その時、それまで一方的に話しかけていた侑斗に、学生服の少年が何かを言った。
侑斗の顔が真っ青になるのを京子は見る。
「……どうゆうこと……?」
そのあと学生服の少年は突然、侑斗の手に持っていた携帯を取り上げると調整池に向かって……。
投げた。
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