CASE 2-2


 闇の中ギャアギャアと、喉の奥から絞りだしたような音が谺した。


 その、まるで人の叫ぶ声のような、あるいは人に似た人ならざるモノの断末魔なのだろうかと勘違いしてしまいそうな鳴き声は、こんな夜によく似合う。

 いや、似合って欲しくないんだけどと考えながら、嫌な想像を頭を振って払い落とすようにしつつイツキは、答えを確かめようとジンに話しかけた。


「い、今の鳥ですよね? な、何かオバケが出そうな所ですよね……本当に、こんな所に助けを求めている人がいるんですか? 真夜中ですよ?」


 イツキが両腕で自らを抱きしめ、腰を低くしてジンの背中に隠れるように歩いているのは、寂れてしまった神社の奥にある雑木林だ。


「お前は疑問を口にするばかりだが、少しは黙って自分の頭で考えるとかは出来ないのか?」


 唐突に歩みを止めたジンの背中に、イツキは顔をぶつけてしまった。屈めていた腰を伸ばし、目の前にあるジンの呆れたような顔と対峙する。

 闇の中に白く浮かび上がるこの世のものとも思えない美貌は、それだけで怪異ホラーだ。だがその顔を、はっきり見極めようと目を凝らせば凝らすほど曖昧になり、見えていたはずのものさえ失われてゆく。

 そういえばそもそもが、この世のモノであるかも疑わしいのだから、イツキの目に映るジンの姿形などは当てになどならないのだ。そう考えに至った辺りで明日菜を思い出し、イツキはちりと胸が痛む。


「なんだ? また腹が痛いのか?」


 言うだけ言ったその言葉に心配の二文字が隠れていそうにもないのは間違いなく、再び前を向いて歩き始めたジンの背中を見ながらいや違うし、腹じゃなくて胸だし、と答えようとしてふいに気づく。そういえば先ほどから地面を歩く感触は確かにあるのに、二人の足音が聞こえないのは気のせいだろうか。

 ……ぞっとした。

 そっと足元に目をやれば、膝まで伸びた下草を掻き分けて歩く草が脚に触れ小枝を踏みしめるのだったが音だけが、ない。

 音をたてている自覚はあるのに、いくら耳を澄ませてみても聞こえるのはさして広くもない雑木林の中に隠れて蠢きあう虫や恐ろしい声をあげる鳥の騒めきだった。音が……とジンに言いかけたその時、また聞き慣れない音が聞こえてくる。

 ざっ……ざっ、と繰り返す律動。

 どうやらその音に向かって歩いているらしいとイツキが気づく頃には細く奇妙な形の樹々の隙間から覗く異様な情景を、微かな月明かりが照らし出していた。


 ひとりの女だ。

 長い髪を振り乱し、ひたと地面を見つめたまま大きなシャベルを使って穴を掘っている。

 ああ、こんな真夜中に明かりも点けずに地面を掘るとはご苦労なことだ。それにしても黒い長袖、長ズボンは暑くないのだろうかとイツキはそこまで考えてようやく、はたと気づく。闇に紛れて穴を掘っているということは、必然的にそこに後ろめたいを入れるということである。

 何を……? って……。


「……こんな真夜中に必死に掘った穴に入れるのは、やっぱりアレですよね?」


「アレって何だ?」


「そりゃあ……」

 死体、ですよ。


 誰にも聞こえることはないと知っていても、つい小声になってしまう。

 こそこそとイツキが耳打ちしたその言葉に、ジンは憐れむような流し目を送る。


「さすがはポンコツだな。こんな神社の敷地内に、か? 寂れて荒れ果てているとはいえ少し行けば民家があるんだぞ?」


 思わずむっとしてイツキは言い返した。


「口を開けばポンコツ、ポンコツって言いますけどね? この真夜中にコソコソとあんな女性がこんな場所でひとり地面に穴を掘って何するって、その他に何があるって言うんですか」間違いなく死体、ですよ。


「ほう。そうか? ならばその死体とやらはどこにあるんだ?」


「で、ですからねっ、これから自分たちがそのし、死体……を? ええっと運ぶとか? 穴に落とす? 連れてくるのかな……それって助けるうちに入るんですかね?」


 反論を始めたものの、そう言われてみれば死体らしきものはどこにもないしそれって何もそもそもこの自分たち二人に助けて貰うようなものでもないようなと喋りながら自分でもなんだか分からなくなってきてしまったイツキだったが、今更後には引けないと最後まで粘ろうと試みたもののやはり早々に観念リタイアすることにしたのは自らをポンコツと認めるようで悔しいかと問われればそうでもないと気づいたからであった。

 ま、いいか。


 イツキが観念したのを見てとったジンは、それ以上の暴言を吐くこともなく実にあっさりと教えてくれた。


「あの女はな。人を呪い殺そうとしているんだよ」


「あ、そうなんですね」


 って、ええー!?

 驚いてジンを二度見してしまった。

 その二度見された当の本人は、澄ました顔でイツキを見ている。


「呪いって……効くんですか?」


 自分たちのことを棚に上げて、さらには明日菜とどうやって出会ったかも忘れてオバケっているんですか? みたいな間の抜けた質問をしていると自分でも分かっていたが、そこは聞かずにはいられなかった。


「我々が手助けするのだから、当たり前だろう」


 何を言うのだとジロリ睨まれる。

 そりゃあ、ごもっともでございますとイツキが首を竦めるのを確認するまでもない様子のジンが言った。


「いいからさっさと仕事を始めるぞ」





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