第147話

警官達と一緒に現れた林檎。

彼を警察ではなく、東源組の組員だと明は疑っていた。



147



愛野宅



明の口から飛び出した聞き捨てならない内容に、雛山だけではなく竜一も一瞬言葉を詰まらせた。


「はぁ?なんでそう思うんだ。お前の言う通りあいつがその組の人間として、何で警察と一緒に居るんだ!?それも自分の組を裏切ってだぞ!?」


明に畳み掛けるように疑問を投げかける男に、雛山は隣でうんうんと頷く。

そこへトレイを手に持った白田が、居間へ戻ってきた。


「はい、お待たせ」


にこにこ顔の白田は明の隣に膝立ちすると、トレイに乗せられていた大皿をテーブルの上に置いた。

醤油と出汁の香りが、雛山の鼻を擽る。

白田が取皿とお箸を夫々の前に置いている最中、雛山のお腹は我慢できずにぐぅぅ〜〜〜と鳴いた。


「どんだけ主張激しいんだ、お前の腹は」


「うううぅ・・」


明のからかいに、雛山の顔が赤く染まる。


「厚揚げのチーズ焼きと、厚揚げとトマトの炒めものだよ」


「絶対白飯欲しくなるやつ」


「チンしたらあるよ」


「いや・・・・出前取った意味なくなるから、これでいい」


「明が厚揚げ沢山買ってきたから、早く消費しないとね」


「半額だった、スーパーが悪い」


そんなやり取りを見ながら、空腹に耐えかねた雛山は「いただきます」と小さく呟き取皿に炒めものを取り分けると、遠慮せずに口にする。

醤油と出汁で味付けした野菜炒めと味が染みている厚揚げ、そしてトマトの酸味がさっぱりとしてお箸が進む。

そしてもう一品は、短冊切りにした厚揚げにトロけたチーズが乗っかっている。

食べたかった地中海とは程遠いが、明の言う通り白ごはんが欲しなってしまう。


「おい、続きを話せ」


「食い終わるまで待てよ」


「気になるところで止めんなよ!」


「何の話してたの?」


「林檎が警察関係者じゃねぇ〜って話」


「あぁ」


その話かと納得している白田に、彼もまた明と同じ意見なのだと見て解った。


「仁もそう思うのか?」


「そうだね。俺はそうじゃないかなとは、思ってたよ」


「何だ〜〜2人して・・・」


「けど、本人からそう聞いた訳じゃないし。俺と明の憶測だよ」


「はぁ・・・・何だよ、勿体ぶりやがって。あ!?お前らっ、俺の分も残せよ!!」


竜一と白田が話している間に、明と雛山が無言で食べ進め、大皿の上の炒めものはもう半分以下にまで減っていた。


「さっさと食わねぇ〜からだ」


「ハラ減ってんのはお前らだけじゃね〜んだよ。ちょっとは気を使えよ!!」


「何でお前ごときに、気を使う必要あんだよ」


「じゃ〜俺も気を使わねぇ〜よ。残り全部食ってやる」


竜一は大皿を自分の前に手繰り寄せ、直箸で残りの炒めものを口に運ぶ。


「浅ましい・・・」


「お前が言うな!」


「あの〜〜〜」


テーブルを挟んで言い合いになっている2人に、遠慮がちに割り込む雛山。


「僕も林檎さんの事、気になるんで・・・教えて欲しいです」


「腹が膨れたらな」


つまり、出前が届き食後になってから・・・・と明の言葉に、雛山はそれ以上何も言えずにシュンと肩を落とした。


自分が東源組というやくざの手に掛かりそうになっていたのは、状況から理解出来ている。

密室にカメラが数台あった事から、AVの撮影なんだとも解った。

自分を資金源にされ掛けていたのだろうが、何故自分なのかと疑問が出る。

今目の前で、竜一と大皿の取り合いをしている明ならまだしも・・・・・

もっとも明ならほいほい付いて行かないだろうし、行ったとしてもそう簡単に事に及べないのは目に見ている。

「膝蹴りした時、鈍い感触したもんなぁ〜。顎やっちまったわ」

移動中のタクシーでそう言っていた明。

喧嘩が強いとは耳にしていたが、あれ程までとは・・・・

自分を人質にしていた枇杷の顔も、口の周りが真赤に染まりホラー映画宛らの気持ち悪さだった。

一体・・前歯何本折られたんだろう・・・

そんな事を考えている雛山の耳に、微かなスマホの通知音が届いた。

少し離れた場所に置いていたカバンを手繰り寄せて、中からスマホを取り出す。

そして画面を確認すれば、相手は鷹頭だった。


『なぁ、大丈夫か?』


そんな心配するメッセージに、雛山は何を?と首をかしげる。

そして・・・


「え!?まさか、鷹頭も知ってたの!?」


メッセージで返すのではなく、思わず口から返事の言葉が飛び出す。


「鷹頭が、お前の行き先知らせてくれたんだぞ。あいつの協力が無かったら、助けに行けなかった」


「ピヨのくせしてGPSの発信機、気が付きやがってよ」


「まぁそれは賭けだったろう?康気が鞄を替えるかもしれなかったしな〜〜」


自分を助けるためとはいえ、のけ者にされたような気持ちになる。

しかも・・・見つけた謎の機械は四駆のモーターではなく、GPSの発信機だったとは・・・

それなら最初から、枇杷が危険人物だと教えてくれれば、そんな回りくどい事をしなくて済む話だ。


「何だ、ものすごく不満げな顔だな。人が助けてやったのによ」


「・・・・枇杷さんの事教えてくれれば、よかったじゃないですか・・・」


「枇杷が反社会的勢力者だと教えたら、お前普通に接客できたか?」


「無理です、怖くて目も合わせられません」


「フスカルにとっては招かねざる客だけどよ、2丁目を牛耳ってる彼奴等を追い出してみろ、後々面倒な事になる」


「・・・・・・・・」


明の説明に、雛山はそれ以上何も言えなくなった。

ここに居る3人以外にも、雅や桃も止めていくれていた。

自分がすんなり従っていれば、こんな大事にならなかったが・・・・それでも何処か納得出来ない自分がいる。


「まぁ、けど結果オーライだろう。なぁ康気?」


隣に座る男の手が伸び、自分の頭をポンポンと叩く。

相手を見やると、向けられるあの笑顔。


「今回の事で、2丁目は安全な所になったわけだろ?その牛耳ってた組が壊滅状態になったわけだからな。もう危ない奴が店に出入りする事もね〜じゃん」


人好きのする笑顔を向けられた雛山は、その表情に見入ってしまい、彼が言っている内容が耳に入ってこない。


「さぁ、それはどうだか」


曖昧で意味深な明の態度。

雛山に向けられていた竜一の視線が明に注がれた瞬間、家内に呼び鈴の音が鳴り響いた。


「出前、到着したみたいだね」


取りに行こうと白田が腰を上げたと同時に・・・ぐぅぅ〜〜〜〜〜〜〜。

落ち着いていたと思っていた雛山のお腹が、再び主張を始めた。



148へ続く

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