第106話

雛山の事を聞いた翌日。

明は差し入れのプリペイドカードを使って、豪華な昼食を食べていた。



106



フローラ

社員食堂



雛山の事を聞いた翌日。

明は昼食をとりに社員食堂に来ていた。

以前、どこの部所か解らない人からもらった、食堂で使える5千円のプリペイドカード。

それを有り難く使い、豪勢な季節の幕の内弁当に舌鼓。

鬱だと社員たちが誤解してようが明は全く気にしてない、それどころか差し入れを貰えるので訂正する気もない。


「ちょっと!メッセージ無視しないでよ!」


モゴモゴと口を動かしている明の正面に、そんな言葉と一緒に置かれたAランチが乗っかったトレイ。

視線を上げて確認せずとも、相手は誰かは解る。


「スマホの調子が悪い」


「そんなに頻繁に調子が悪くなるなら、買い替えなさいよ!」


「そんな上から怒鳴るなよ、お前の唾液がオレの弁当に降り掛かるだろうが」


相変わらず態度の悪い明に、由美は「もう!」と吐き捨てて椅子に座った。

昨夜と今朝に立て続けに由美からLINE通知があったのは気付いていたが、丁度手がふさがっていて後で確認しようをそのまま放置していた。

無視は今までもあったが、今回は既読も付かない無視だったので由美も憤慨しているのだろう。


「雛山君の事よ。どうすんのよ」


「・・・・・何でお前が知ってんだよ」


「・・・・・・・その場に居たから」


「は?」


「だから。昨日、私もフスカルに居たのよ」


「!?はぁ!?」


「実は結構前から、通ってたのよ。平日の雛山君が居る日だけ」


初めて知った、由美の来店。

知らない間に何度も来ていたことに、明は驚いたまま固まってしまう。

雅や桃の口から何も聞いてない明は、敢えて隠していたのだろうと予想した。


「何が楽しくて、ゲイバーなんて来てんだよ・・・」


「楽しいわよ。型に嵌ってない人達と話すとさ、性別なんて気にせず開放的に話せるんだもん。女らしく男らしくなんて、くだらない言葉を気にせずにね。前に彼氏も一緒に行ったし」


「おまえ・・・・・コソコソ何してんだよ」


「だって。彼氏も興味あったみたいだし、皆も会わせてって言われたしさぁ〜」


もう呆れすぎて、ため息しか口から出ない。

由美からは話でしか聞いてないが、彼氏は由美と同じ様に何にでも興味を示しすぐに行動に移すタイプ。

婚活パーティーで知り合って意気投合し、恋人の期間を満喫してから結婚する予定らしい。

イケメン好きの由美が捕まえた男だ、どれほどのいい男だろうと写メを見せてもらえば・・・・普通。

いや、普通より少し下かもしれない。

ハイヒールを履いた由美の方が背は高く、横幅もある丸いフォルム。

「どうした、目が潰れたのか?それとも億万長者か?」と写メを見て言った明に、由美は「一生一緒にいる人よ、一番大切なのは顔より価値観がどれだけ自分に近いかよ」とドヤ顔で言った。

その時は何か悪い物でも食べたのかと思ったのだが、今にしてみれば大真面目にそう言っていたのだと解る。

彼女の口からノロケは一切なく、友人関係のような付き合いなのだと理解できた。

そこに愛はあるのか?と思ったが、これが彼女と彼氏の愛の形なのだろう。


そんな事を思い出していると、ふと鷹頭の顔が思い浮かぶ。

誰も愛せないと悩んでいた彼も・・・・・由美のように型に嵌まらず、自分なりの愛を見つければいいのだが・・・。


「だから〜。雛山君の事よ!」


黙り込んだ明に構わず話を続行する由美に、明は「保護者がまた一人増えたな・・・」と呟く。


「雛山君、好きな人が居るって本当なの?」


またその話かよ・・・・

雅と同じ質問をしてきた相手に、明は黙って食事を再開する。


「ちょっと答えなさいよっ」


「だったなら、なんだよ」


「なのに、枇杷さんの誘いを受けるって、その人と上手くいってないって事でしょ?」


「上手くいくも何も、始まってすらいねぇ〜よ。ピヨは自分の気持ちに気付いてねぇ〜し、相手はケバい女好きのノンケだ。望み薄だろうが。その枇杷野郎と食事行って何が問題なんだよ」


「そこなのよ・・・・・私も食事ぐらい良いとは思うのよ。だけど雅さんが、何か渋ってるのよね。理由訊いても、客の事はべらべら話せないって言われるし・・・」


やっぱり渋ってるのか・・・。

昨日の電話でも、そこが引っかかった。

枇杷は前々からの常連じゃない・・・・明がフスカルに入ってから、噂を聞きつけてやってきた。

それからは常連として、週に1度は必ず来る。

同僚の2人と。

そもそも・・・・同じ会社でゲイが3人も集まる事があるのだろうか・・・けど確かに同僚だと耳にした。


「枇杷野郎と話す事あんのか?」


「うん、何度か話したわよ」


「何の会社に務めてるとか、言ってたか?」


「それが一度訊いたんだけどさ、普通のサラリーマンだとしか話してくれなかったの」


社会人として出会えば、何の仕事をしているか訊くのは普通。

そこに深い意味はないが、会話をする上で話題を振りやすいからだ。

明も一度、訊いたことがあったが由美と同じ回答しかもらっていない。

それに同僚というわりには、今まで3人の口から仕事の話は聞いたことがなかった。

同僚が3人も揃えば、会社の愚痴の1つや2つは出るはずなのに・・・・。


「くせぇ・・・」


今まで相手に興味がなさすぎて、そこまで深く考えてなかった。

だが改めて思い返せば・・・胡散臭い事この上ない。


「なんかさ・・・桃姉さん、枇杷さんにしきりに林檎ちゃんを進めるのよね・・・」


「それ、オレも目にした」


「それって、雅さんが渋る理由と繋がってるのかな」


「・・・・・・・・」


雅が知ってて、桃が知らないという事はないだろう。

電話の時ではぐらかされた事から、もう一度聞いたとしても答えてくれるとは限らない。


「桃姉さんに直接聞いてみようかな」


「やめとけ、無駄だ」


「やっぱり?雅さんが話さないなら、やっぱり桃姉さんも話さないか」


「それより、オレがフスカル入ってない日はピヨについとけ。もし食事の話しだしたら、場所と時間聞いとけよ」


「それはいいけど、枇杷さんの事は謎のままでいいの?」


「当てがある。2丁目の事なら、雅より通の奴がな」



意味ありげに笑って見せる明に、由美はコクンと頷き既に冷めてしまった唐揚げにフォークを突き刺した。



107へ続く

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