第94話
フスカルの新バイト生の面接をしていた雅。
94
フスカル
「じゃ、金曜日にこの時間に来てくれるか?」
正面のカウンターの席に座る青年に、初の出勤日を伝える雅。
「はい!解りました!」
背筋をピンと伸ばして返事を返す青年に、肩の力が入り過ぎだと苦笑してしまう。
今日は面接の日。
目の前に居る青年は二人目のバイト希望者。
1人目には結果は連絡するからと見送り、この青年にはさっそく出勤日を伝えた。
その意味は、一人目は不合格。
この世界に入れば相手がどんなタイプかは解る。
タイプなら客でも関係を持つタイプか、仕事は仕事と割り切るタイプか・・・・
採用の青年は少し表情が固く真面目そうで、プライベートと仕事は割り切るタイプに見えた。
とはいっても、客との恋愛は禁止という訳ではない。
男の体は、女性よりも性欲が高い。
溜まるものがあるのだから仕方がないものの、相手をとっかえひっかえするゲイも多い。
だから発展場というものがある・・・・後腐れなく、性欲を発散させる場。
そういうタイプをここで働かせると、客と揉めるのは目に見えている。
だから明の様なノンケか、ゲイであっても性欲から程遠い雛山みたいなタイプが一番扱いやすい。
採用の彼はもう少し愛想が欲しいところだが、この場所に慣れれば少しはマシになるだろう。
「あの、服装なんですが。どんな格好を?」
「基本自由だぞ。オレみたいなラフな格好でもいいし、女性の服をきても良い、それに仕事帰りのスーツでも・・・・」
と言ったタイミングで、で出入り口の扉が開く。
雅が言った見本となる、仕事帰りのスーツ姿の明が店内に入ってくる。
「うぃ~~す」
だが、挨拶の仕方は見本にならない。
「あいつの代わりに、入ってもらう事になるからな」
入ってきた明に目が釘付けな青年に、雅は苦笑いする。
「えっ!?私に務まりますか!?」
まぁ彼がそういうのは仕方がない。
無駄に顔が整っている明の後を引き継ぐのは、誰もが気がひけるだろう。
だが、誰も後釜になれとは言ってない。
普通にバーでの仕事をしてくれれば、それで良い。
「注文とって、酒を作って、タダ酒飲んで、客の会話に違うこと考えてても相槌打っときゃ良いんだ。誰でも出来る」
カウンターの中に入りながら、おどおどしている青年にそう言ってのける明。
後半の部分は、そりゃ適当すぎだと言いたくもなるが・・・・これから入ってもらう青年には、それぐらい簡単だと思ってもらってた方がいいだろう。
厨房へ入っていく明を横目で見ながら、「まっそんな感じだ」と締めた。
「はい。では金曜日からよろしくお願いします」
「おう、待ってるぜ」
青年は椅子から降りると、ペコリと頭を下げて店の外へと出ていった。
「なぁ〜。オレ、いつまで入ればいいんだ?」
上着を脱ぎ去りカッターシャツだけになった明は、手にちゃっかりカレーを持って厨房から出て来た。
「今月一杯は居ろよ。さっきの奴が店に慣れるまでな」
「ん〜〜〜・・・・」
雅の言葉に不服そうな表情で、青年が座っていた椅子に腰掛ける。
「何だ、そんなに早く辞めたいのかよ」
「あいつに金出させるのが、嫌なんだよ」
「来るなって言や〜いいんじゃねぇか」
「無理。言っても来るから」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
本当に付き合ってるのか・・・・・こいつら・・・。
冗談であって欲しいと、どこか願っていた雅は重い溜息を長々と吐く。
桃はとても喜んでいたが、血が繋がっている身としては・・・・・素直に受け入れたくない。
大切な一人息子をこっちの世界に引きずり込んだ事に、太郎と亡くなった姉に対して罪悪感しかない。
「なぁ・・・俺のせいか?」
「はぁ?何が」
「男を好きになったのは・・・・」
「・・・・・・・」
モゴモゴとカレーを食べている明は、何も言わずに雅を見ている。
暫くの間。
「馬鹿か。気持ち悪い事いうなよ」
「は!?」
「男が好きなんじゃね〜よ」
それだけ言うと、再びカレーを頬張り始める。
明の言葉を深読みすると・・・男が好きなんじゃなくて、白田が好きだ。
そう捉えられる。
愛だの恋だの無縁だった甥が、そんな事を言うなんて・・・・
少し感動すら覚える。
だけどだ・・・・
「太郎さんに、いずれは言わなくちゃならね~だろう。どう言うんだよ・・・・うんうんとか言っておきながら、絶対ショック受けるぞ。あれ以上髪の毛抜けてみろ「言ったし」・・・・・は?」
話している途中で言葉を挟んできた明に、ぽかんと口を開けて固まる。
「・・・・何て?」
聞こえてはいたが・・・・聞かずにいられない。
「一昨日に親父に言ったし、白田と昨日何か話してたから大丈夫だろう」
「!!??は?もう白田さんと、顔会わせしたのかよ!?」
「顔合わせって・・・前から顔は合わせてるだろうが」
「信じらんねぇ・・・・お前には躊躇するって事はねぇ~のかよ」
「これでもしたわ。けど悩んだってしかたねぇ~だろうが、親父がショック受けようが、髪が抜け落ちようが付き合ってんのは事実なんだしよ」
「もう、育毛剤でどうする事もできなくなったら、どうすんだよ」
「かつらでも買ってやるよ」
「やめろ、余計にショック受けるわ」
思い切りがいい甥っ子に、ズキズキとコメカミが痛む。
付き合う前はモジモジウジウジしていたくせに・・・・・・付き合ってしまえば堂々とし過ぎて、こっちがついていけない。
いや・・・・・もしかして、全てを白田に話したからなのかもしれない。
隠しているものが何一つもない状態だから、気持ちも大きくなる。
そうか・・・・話したのか・・・・
身内しか知らない、明の腰の傷痕。
体の傷と共に、心にも傷を負っていた。
太郎も雅もそこに触れられなかった・・・・・・身近な人間だからこそ、触れれば傷口に塩を塗ることになりそうで・・・。
もう平気だと強がって見せている明に、自分達もその嘘に乗っかってやる事しか出来なかった。
白田ならば、きっと明の体も心も癒やしてくれるだろう。
「まぁ、何か困ったことがあったら言え」
2人が付き合うのは時間の問題だと、見ていて解っていた。
こうなっては、2人を見守るしかないだろう。
ただ同性のパートナーが居る先輩としては、助けになれる事はしてやりたい。
まだまだ世の中は、ゲイには厳しいのだから・・・・
「なぁ。ケツにチンコ突っ込まれるのって痛いのか?」
「そういう相談は、ウケツケラレマセン!!」
いきなり下ネタの相談を投げてきた甥っ子の顔面に、雅は手にしていたフキンを思いっきり投げつけてやった。
95へ続く
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