第75話
日曜日の約束に気が重い雛山。
そんな彼を百舌鳥は神妙な面持ちで「ミーティング室に来い」と呼び出した。
75
双葉広告代理店
デザイン部
カチカチとマウスのクリック音が響く事務所内。
雛山も与えられた仕事をこなしているものの、途中で何度も集中が途切れる。
これでは駄目だと何度も自分を叱咤して、再度気を入れ直しPC画面に視線を向けるも、やはり時間が経てばふと頭にある事が思い浮かんでしまう。
あと・・・2日
日曜日までの日数を思い浮かべては、溜息を吐く。
明の要らぬ親切で、折角の休日を竜一と過ごさなくてはならなくなった。
助けてくれた人だが・・・・会いたくない。
失礼な物の言い方よりも、先週の出来事で顔を合わせ辛い。
あの日、あれから事務所で時間を潰していた雛山。
オーナーが気を利かせて、家から犬を連れてきた事により気持ちも和らいだ。
だがその間、竜一はジムの方に居て一度も顔を合わせなかった。
戻ってきた明と一緒にボクシングジムを去る時も、走り込みで出ていって不在。
あの日に一言「殴ってごめんなさい」と謝れていたら、ここまで会いたくないとは思わなかっただろう。
だが、もう過ぎた事。
日曜日が死刑執行日のように感じるほどに、訪れなければいいのにと願うばかりである。
もうこの際、仮病つかおうかな・・・
仮にそれで日曜日を迎えたら・・・・明と白田には嘘だと簡単に見抜かれてしまいそうだ。
それで攻め立てるような人達ではないが、今後誂われるネタにもなりえる。
「はぁ・・・」
本日、何度目かの溜息。
雛山の前の席の鷲森が、またぁ?と言う顔を雛山に向ける。
だがその視線すら気が付かない・・・
「雛山」
左上から呼ばれる声に、雛山はビクッと肩を震わせて見上げる。
相手はチームリーダーの百舌鳥。
元々そこまでにこやかではない百舌鳥は、黙っていれば少し不機嫌そうな表情。
その顔が何時になく険しく感じる。
僕、何かした・・・?
百舌鳥の様子に不安がこみ上げる。
「ちょとミーティング室に来い」
そして呼び出し・・・
「はいっ!」
思わず声が裏返る雛山。
先にミーティング室へ向かう百舌鳥に、雛山は作業工程を保存して慌ててその後を追う。
もう心臓はバクバク状態。
何をやらかしたのか、全く思い当たるフシがない。
怒られる気満々でうつむき加減で入る、ミーティング室。
「そこに座れ」
と百舌鳥の声で顔を上げると、先客で鷹頭が居た。
百舌鳥は鷹頭の横に座り、雛山に対面して座るように指示をした。
その意味は・・・・
鷹頭が次の嫌がらせで百舌鳥に何かを吹き込んだのか・・・・もしかして【ゲイ】である事を・・・・
背筋が凍った。
だが・・・先程のドキドキは収まり、信じられないぐらいに気持ちがすっとした。
それならそうれまでだと、何を言われても受け入れようと冷静にそう思えた。
覚悟を決めた雛山は、言われた席へと座る。
「鷹頭から聞いたぞ」
「・・・・・・・・」
さぁ来い!
心中で受けて立つと気合十分で、百舌鳥の後の言葉を待つ。
「前から、鷹頭から嫌がらせを受けていたんだってな」
「え・・・・えぇ!?」
思っても見なかった百舌鳥の言葉に、思わず大きな声で驚愕してしまう雛山。
「ん?違うのか?鷹頭からそう聞いたぞ」
あまりリアクションに、百舌鳥は少し不安げに雛山と鷹頭を見る。
「いえ・・・ええと・・」
「鷹頭から、お前に謝罪をしたいそうだ」
「・・・・・・・」
もうビックリしすぎて、目をパチパチとするしか出来ない雛山。
彼に何が起こったのか・・・・
謝罪するにしても、百舌鳥にわざわざ暴露する事なのだろうか。
会社に打ち明けたなら、余計に鷹頭自身の立場を悪くする事になる。
もしかして・・・鷹頭は鷹頭じゃないのか・・・
そっくりさんなのか、宇宙人に攫われて頭の中をイジられて・・・
そんな馬鹿な考えをしてしまうほど、雛山自身も動転していた。
鷹頭は椅子から立ち上がり、まっすぐに雛山を見下ろす。
そしてポカンとしている鷹頭に、90度頭を下げた。
「今まで嫌がらせして、すみませんでした!!」
「・・・・・・・」
「同期としてお前の才能に嫉妬して、影で嫌がらせをしてたらしいな。こいつが会社に自白したのは、それだけ反省しけじめを付けたかったからだ」
才能に嫉妬・・・【ゲイ】だからじゃなく。
普通に謝罪する気があるなら、確かにその点は百舌鳥に言わなくていい事だろう。
鷹頭はずっと頭を下げたままの姿勢で、まるで雛山の言葉を待っているかのようだった。
「どうだ?お前次第だぞ。嫌なら・・・鷹頭にはチームを外れてもらう」
「そんな!そこまではっ・・・・良いんです。もう・・・」
今までも・・・・・虐めで謝られた事は何度かあった。
それは大人達がイジメっ子に強要しての意味のない行為。
謝罪の心が籠もっていないどころか、後で倍返しだと意味が込められた【ごめんなさい】。
今までそんな謝罪ばかりを受けていた雛山。
「・・・つっ・・・」
思わずポロリと涙が零れる。
「どうした!?雛山っ。やっぱり許せないか?」
「違うんですっ・・・うぅぅ・・・僕今までも・・沢山・・・虐められてたんです・・・・」
ボロボロと涙で頬を濡らして、話すこともままならない雛山。
そんな雛山に、2人は何も言えない。
「だけど、こうやって・・・・ちゃんと謝られたのって初めてで・・」
ただそれだけの事なのに・・・・
今まで掛けられた酷い言葉が、頭からスッと抜け出すように気持ちが軽くなる。
社会人にもなって、みっともなく涙する雛山。
鷹頭はそんな雛山を、歯を食いしばって見下ろす。
そして再び大きく頭下げ
「本当に、ごめん!!!」
ともう一度気持ちを込めて謝罪した。
76へ続く
鷹頭君は当て馬じゃないです。
私も虐められていた過去があり、この話を書くと思い出して涙してしまいました。
虐められた事は、何年経っても心の中に有り続けるんですよね・・・・
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