第42話

明の想いに気づいた、白田。

2人は晴れて恋人同士になれるのか・・・・



42



「有難うございました!」


店員の声を背に、2人は居酒屋の外へと出る。

同じ様に家路に帰ろうとする人達に紛れ、肩を並べて駅へと歩き出す白田と明。

流石に今日は飲みすぎたと、明は少しばかり反省。

今日は玄関で寝る事が予測できた。

家に付く前に玄関に布団でも敷いてもらうように、太郎に連絡でも入れてみるかと冗談めいた事を思いつく。


「お客さん多いだけあって、美味しかったね」


「ん」


白田の問いかけに、短い返事と一緒にコクンと頷く。

確かに美味しかった・・・・。

だが隣りとのテーブルのスペースがほぼ無く、隣に居た女性客からの絡みがうざかった。

後半は、ほとんど白田とサシで話していない。

ビジネス街の近くの居酒屋という事もあり、明は表情筋こそ死んでるが攻撃的な態度は避けていた。

何とかLINE交換は阻止したが、会計時に白田が女性店員からメモを渡されたのを横目で見てしまった。

明も外見は目を引く程整っているが、無表情だと冷たく感じて遠巻きに見られて終わる。

店の中でも女性客は白田にだけ話し掛けて、明の方はチラチラと遠慮がちに視線を向けられるだけだった。

普段からニコニコとしている白田は、物腰も柔らかく初対面でも話しかけやすい雰囲気だからだろう。


「けど、今度は個室がいい」


もう知らない人間との絡みは、ほとほと疲れる。

そんな意味を込めて口にした事に、白田はピタッと足を止める。


「?」


釣られて足を止めた明は、男を振り返る。

男は噛みしめるように「こんど・・・」と口にすると、にこ〜〜と明に笑いかける。


「そうだね、今度は静かな所に行こう」


「!?・・・・・つ・・・」


そこで明は、今度の約束を自ら取り付けた事に気付いた。

急に気恥ずかしくなり、顔を顰める。


「明、危ない」


その場に立っていた明の手を掴み、引っ張る白田。

引き寄せられ、そのまま白田に体を預ける形となった。

どうやら明の背後から酔っぱらいの集団がやって来て、足取りも悪く明にぶつかりそうになっていたようだ。

ふわりと鼻先をくすぐる、白田のいつもの香り。

そして・・・・何かがおかしいと明は白田の変化に気付く。

何度かこうやって体を寄せた、それがなぜだか白田の体が以前より大きくなったように感じる。

太った・・・?

そんな失礼な事を思い、間近にある男の顔を見上げる。

太ったにしては、顔は何の変化もない・・・シュッとした頬のラインも、キリッとした眉も、切れ長の二重も、筋が通った鼻筋も、少し薄い唇も・・・・全て完璧な男だ。

そして男の真っ黒な瞳が明に注がれる。

至近距離で絡む視線に、明は目が逸らせない。

体の芯が熱くなっていく。

周りの雑音が耳に入らなくなり、この場所に目の前の男しか居ない様な錯覚に陥る。

時間にして数秒程の出来事。

白田は眉を寄せて小さく呻くと、明の腕を掴んで歩き出す。

駅の方ではなく、ビルとビルの間の路地。

光が届かない薄暗い場所で、掴まれていた明の腕は解放された。

そして振り返る白田は、明の肩に手を置いて顔を覗き込み。


「気のせいだと思ってたけど・・・・あんな顔されたら・・・明、今日やたらと俺の事意識してたのは何故?」


「!!」


明の胸の内の戸惑いを全て見透かされていた。


「べ・・別に、意識とかしてねーよ」


「嘘」


「嘘じゃねーし」


「ねぇ正直に言ってほしい」


「しつこいっ」


「俺の事、どう思ってる?」


五月蝿いくらいに体中に、心臓の音が木霊してるみたいだ。

頭の中でも色んな考えがごちゃまぜになり、収拾がつかない。

目の前の男は、明に何かを言わせようとじっと見つめたまま。

この時どうする事が、正解なのか・・・・

付き合った女性は両手の数ほど居るのに、肝心な「恋」をしていなかった明。

頭と体が制御出来ず、パニックになる。

そして明の視界がぐにゃりと歪み・・・・足に力が入らなくなり崩れ落ちる明の身体を、焦った表情の白田に支えられる。

そこで、抑え込んでいた酔が一気に身体を回っていると自覚した。

やばいと思った次の瞬間には、意識を失った。



******



タクシーの中


白田は、意識を失った明とタクシーに乗り愛野宅に向かっていた。

あまりにもせっつきすぎて明がキャパオーバーの末、気絶したと思った白田。

だがすやすやと規則正しい呼吸を立てている明を確認すれば、寝ているだけだと一気に肩の力が抜けた。

今も白田の肩に頭を預けて、寝息を立てている。

いつもは表情筋が死んでいる明。

尖った角が削ぎ落ちたように、柔らかな表情の寝顔。

長い睫毛が影をつくり、陶器の様な滑らかな肌にシャープな頬のライン。

薄ピンクの唇が艶かしく本当に人形みたいだと、うっとりした表情で見入ってしまう。


ランチの約束が駄目になり、1日沈んだ日になりそうだと思ってた矢先の明からの誘い。

ぎこちなく夕食を誘う明に、一瞬天に召されてしまいかけたが・・・・終わりよければそれでよし。

逆にフローラの営業部の人達に感謝したいぐらいだ。

それに明はいつもと様子が違い、白田の一喜一憂を目にしては顔を赤らめる。

食事中、お互いの手が当たりそうになれば、過剰に手を引っ込める。

極めつけは、通行人の酔っぱらいから庇おうと明を引き寄せた時だ。

食い入るように見る明の視線に気づき、至近距離で目と目が合う。

色素の薄い明の瞳は、熱を帯びていた。

物欲しそうな表情を向けられ、体がカッと熱くなるのを感じて慌てて明の体を放した。

最初は自分の都合のいい勘違いだと思っていたが、明は自分に好意をよせているとハッキリした。

それなら早くお互いの気持ちを伝え合おうと、路地裏に連れ込んでみたものの・・・・・こんなにも好き好きオーラが出ているのに、明は強情だった。

素直に自分の気持ちを口に出さない明に少し意地悪になってしまい、明から「好き」と言わせようとした結果、意識を手放して寝てしまった。

現実逃避はお手の物と思っていたら、まさかこんなスゴ技を持っていたなんて・・・確かに寝てしまえば、完全に現実世界を遮断できる。

そんな逃げ方をされては、次回からは強引に迫れない。

けれど明も同じ気持ちなんだと思えば、気持ちに余裕も・・・・・・・・出るわけがない。

両思いならばその先をと望む男には、今の現状は生殺し状態と同じだった。


「はぁ・・・・」


過ぎ去る夜景に視線を向けて、白田は重い溜息をついた。

攻略難易度がずば抜けて高い明と、晴れて恋人同士になるのはいつの日だろうか・・・・



43へ続く

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