理想の男とカフェデート
日が沈み一介のサラリーマンは既に帰宅し、家族と過ごしたり自分一人の時間を満喫している時刻。
駅周辺には、食事や飲みで家に帰らなかった者達の姿がチラホラと見受けられる。
そんな中、通行人の視線を掻っ攫っている二人組が居た。
芸能人かモデルを彷彿させる2人は、駅とは逆方向に肩を並べて歩いている。
女性の何組か逆ナン目的で近づくが、結果声をかけずに2人の背中を見送る光景があった。
何故声をかけなかったのか・・・・・それは、2人の雰囲気がただの同僚には見えなかったからだ。
ボディタッチも無くただ歩いているだけの2人だったが、高身長の男性が相手に向ける表情を見ただけで「ご馳走様でした」と女性達は心の中で合掌し、声をかけずに終わるのだ。
そんな女性達の存在に気が付いていない2人は、駅前の賑やかな場所から遠ざかっていく。
さっきまで雛山と三人での食事を終えて、2人が目指している場所はここから1キロ先の違う駅。
明の自宅がある駅は、通り過ぎた駅を使用すれば乗り換えが多くかなりの遠回り。
1キロ程先にある違う線の駅から電車に乗れば、3駅で到着するのだ。
「飲み足りない」
「明日も仕事でしょ?あまり飲みすぎると、家に帰った後に倒れちゃうよ。そうなったら、太郎さんに合わせる顔が無くなるから」
ボソリとアルコール不足に不満を垂れる明。
そんな彼に、隣を歩く白田はクスリと笑う。
「まだ3杯しか飲んでないぞ」
「杯じゃなくて、3本ね。ほら、酔ってる」
「わざとだよっ!」
「ふふふふ、俺の部屋に来るなら、飲ませてあげるよ?」
「お前の家逆だろ・・・・・・・・それに、明日仕事だぞ」
「ん?明日仕事だと、何か不都合あるの?」
首を傾げて明の顔を覗き込む白田は、いつものSっ気モード。
明はそんな男に胡散臭そうに目を細めて見る。
「お前のソレ、本当わざとらしいから」
「俺の事、全部お見通しなんだね。嬉しいな」
「何を言っても無駄だった。何もしないんだったら、行く」
「・・・・・・・・・」
「おい、何か言えよ」
「そんな約束出来ないなと思って」
「なら、行かね~し」
「俺の可愛い恋人が冷たい」
「今に始まった事じゃね~だろう」
「ベッドの中では、あんなに情熱的に求めてくれるのに」
「オツカレサマッシタ」
「待って待って」
歩くスピードを早くした明の腕を、咄嗟に掴んで引き止める。
そして、掴んだ手を滑らせ明の手を握った。
「どさくさに紛れて・・・」
「嫌?」
「嫌って言ったら放すのか?」
「放さないよ」
「だろうな」
「俺の事、全部お見通しなんだね。嬉しいな」
「またそれかよ」
「ふふふふ」
終始顔がにやけっぱなしの白田。
いつもの彼の爽やかな笑顔を振りまくる好青年ぶりを知っている人からしたら、目を疑いたくなる光景だろう。
明と2人っきりになると、家でも外でもチョコがドロドロに溶け切った表情をする。
「あっ見て明」
やがて進む先に見えてきたカフェ。
少し駅から外れた場所にあるウッドデッキがお洒落なカフェは、珈琲やデザートメニューも充実しているにも関わらず、満席になる事のない穴場的なカフェ。
住宅街の入り口にある事もあり、周りは静かでのんびりお茶をするにはもってこいの場所である。
そして一度、白田と明はこのカフェに来たことがあった。
「こんな時間にやってるんだね」
駅前のチェーン展開しているカフェならこんな時間でも解る。
だが個人経営のカフェはもう閉まっている時間帯だ。
そんなカフェの横を通り過ぎようとする2人。
カフェの出入り口に立て掛けてある、黒板ボードの手書きメニューに自然と目が行く明。
「まじか!」
明がグラスビールの文字に、立ち止まり声を上げた。
そして期待を込めた目で、釣られて立ち止まった男を見上げる。
「いいよ、一杯だけね」
「一杯ねっ」
「・・・一杯だよ?沢山って意味じゃないからね」
「・・・・・・・・・」
「何で黙るの」
黙ってじ〜〜と見上げる明に、白田は笑いがこみ上げる。
自分の我儘が通じないとなると、こうやって黙って見てくる恋人。
それが可愛くて仕方がない、ここが外じゃなかったら押し倒してたかもしれない。
「解ったよ、二杯まで」
「それで我慢しよう」
明は納得したようにコクンと頷く。
白田は名残惜しいが明の手を放して、扉を開けてあげる。
ウキウキな足取りで店内に入る明。
その後に続きオレンジ色の優しい光が満ちている店内へと、白田も足を踏み入れた。
「注文してくるから、先に座って待ってて」
「おう」
最近では当たり前になっている、セリフサービスのカフェ。
白田は当たり前のように明に言うと、カウンターへと足を向けた。
明はぐるりと店内を見回して、いい席が無いかチェックする。
店内には会社帰りの風貌の3組のお客。
時間的に遅いからか、殆どの席が空いている。
そこで明は、1番奥の外が見える窓側の席に決めた。
空いている席を縫って歩く明に、店内に居た客の視線が集まる。
そしてカタンと目をつけていた席に着席すると、女性二人組がコソコソと明の方を見て話し始めた。
そういう事には慣れっこの明は気にせず、頬杖ついて外に視線を向ける。
「・・・・・・・・・・・あ・・・」
そして気付いた。
以前もこの席に座ったと。
その時もこうやって先に一人で座り、後で白田が珈琲を2つ手にしてやってきた。
あれはまだ・・・恋人ではない時・・・・
*時は遡り*
雛山と白田と3人でボクシングジムへ行く約束していた日曜日。
駅前に集合となっていたが、雛山は電車の事故で遅れていた。
寒い時期だったから、温かいカフェに入ろうという事になったが駅前のカフェはどこも満席。
そこで駅から少し離れたこのカフェにやってきた。
店内は人は多いものの、席はまだ余裕がある状態。
そこで白田が注文を取りにいっている間、明は1番奥の外が見える窓側の席に座った。
雛山からいつ連絡が入っていいように、スマホをテーブルに置き、頬杖をついて外を眺めている。
そんな彼に、女性客からの熱い視線。
やがて白田が2つの珈琲を手にして席に近づけば、更に女性たちの目の色が変わる。
「はい、お待たせ」
明の正面に腰掛ける白田。
そして珈琲が入った白いマグカップを1つ、明の前に置く。
「ジムには遅れてもいいの?」
「あぁ、いつも好きな時に行くから平気」
「そういう所って、選手を目指してる人も居るんだよね」
「ほぼ全員・・・俺みたいに体絞りに来てる人は少ない。普通はスポーツジム行くだろ」
「確かに。じゃー何で明はスポーツジムじゃなくて、ボクシングなの?」
「・・・・・・・お前もスポーツジム行ってるんだろ?」
「週一回か二回程ね」
「ならウザいだろう、絡んでくる女とか、更衣室の好奇な視線とか」
「あぁ・・・確かに、前の所はそうだった。けど今は、個室で専属のトレーナーつけてやってるから。個室にシャワーも完備しているし」
「!?」
今まさに衝撃受けました!!という反応をする明。
その顔に、思わず吹き出す白田。
「何それ、そんな所あんのか!?」
「最近は多くなってきたよ、芸能人御用達とかでね」
「ふ〜〜ん」
友人のような何気ない会話。
フスカルで何度も顔を合わせているのに、こうやって途切れること無く会話をするのは初めてかもしれない。
相変わらずの口の悪い明だが、雰囲気は幾分柔らかい。
白田との会話の中で、驚いたり、笑ったり、すねたりと自然体の明に白田も気分が上がる。
そんな時、明と白田が座っているテーブルの横を横切る女性。
白田は女性が手にしているトレイを目で追う。
その時は明も大して気にしていなかった。
女性が明の後ろのテーブルに着くと、白田がそのテーブルにチラチラと視線を向ける。
これには明も不思議に思い、何を見ているのだろうと後ろを振り返る。
「・・・・・・・・・なぁ」
「ん?」
「知り合い?」
「いや、違うよ」
「なら・・・・・」
明は男が飲みかけていた珈琲を取り上げて、自分の前に置き直す。
その行動の意味が解らない男は、目を丸くする。
「飲みたいだろう、あの甘ったるそうなの」
女性が飲んでいるのは、ホイップクリームが乗っかり更にチョコレートが掛かった飲み物。
流石に液体が何なのかは解らないが、見るだけで相当甘そうな飲み物だ。
白田が女性を見ているわけじゃないのなら、彼女が飲んでいる物に興味があるのだと予想がついた。
「あっいや・・・・」
「何、付き合ってた女に顔に似合わず甘党なのねとか馬鹿にされたのか?」
「・・・・・・」
何も言わず苦笑する男に、図星だったと解る。
「金払ってまで、苦手なブラック飲んでる方が馬鹿だろ」
「苦手じゃないよ」
「ウソつけ、飲む度にここに皺が寄ってんだよ」
ここと言って自分の眉間を指差す明。
「明は・・・俺が甘い物目の前で食べてても、笑わない?」
「お前、オレをそんなちっせー男だと思ってんのかよ」
「ううん。なら買ってこようかな」
椅子を引き立ち上がる白田。
明に嬉しそうに笑いかけると、そのままカウンターへと足を向けた。
*時は戻り*
今思えば、あの時の白田は明にカッコつけたかったのだろう。
好きな人の前だから、カッコいい男で居たい。
ただ明にしてみれば、苦そうにブラック珈琲を飲まれるより、ニコニコ笑いながら好きな物を口にしてもらってた方が良い。
カタンとテーブルにトレイが置かれる。
「お待たせ。おつまみもあったから、アヒージョ頼んできたよ」
明の正面の席に腰掛ける、白田。
あの時と全く同じ光景。
ただ違うのはトレイに乗っかった、グラスビール2つとホイップクリームたっぷりの甘い飲み物。
お互い気兼ねなく、好きなものを口にする仲になった。
明はトレイの上を見て、ふっと笑う。
「あぁ、笑った」
「ちげ〜よ、そういう意味じゃない。前の事、丁度思い出してたから」
「あはは、懐かしいなぁ〜。実はあの時、雛山がこのまま来なかったら良いのにって思ってた」
「ひでっ。汗だくで3駅も走ってきたんだぞ、あいつ」
「それぐらい、明と2人きりの時間が楽しかったんだよ。今も・・・2人で居る時間が、俺にとって尊いよ」
「そんな事、これから飽きるほど一緒に居るだろう」
「・・・・・・」
「何」
「もう一回言って?」
「ビール追加していいなら」
「いいよっいくらでも」
「お前・・・さっきと言ってる事違うだろう」
あれだけ明に飲ませるのを躊躇していた男が、あっさりとビールの追加を許可した。
明は声に出して笑い、白田も同じ様に歯を見せて笑う。
あの時と2人の関係は大きく変わってしまったが、これからの2人の関係は変わらない。
どんなに年齢を重ねても、お互いを想う気持ちだけはきっと衰えることはないだろう。
終わり
いつも、いつも有難うございます!
次回は少しシリアスなので、せめて今回は甘いものを思いUP致しました。
甘めの2人はどうだったでしょうか?
ご感想頂けましたら、次回の記念小説も頑張って書けます!
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