お題:魚
「ふんふふんふーん」
「朝からご機嫌ね、アンタ」
「昨日、魚屋さんからいい魚もらったんだー♪」
呆れ気味の母を後目に、私はサイコロに切ったシイラの切り身を揚げていく。カラッときつね色の身に、醤油とかみりんとか諸々を煮詰めたタレを和えれば今日の弁当の完成だ。
私は二つのお弁当を手に、意気揚々と家を出た。そして、お隣さんのピンポンを押す。
「おはようございまーす!」
「あらー、今日も元気ね! ささ、上がってて。あの寝坊助叩き起こしてくるから」
「はーい!」
おばさんが階段を上がっていく背中を見送って数秒後、何かが落ちるような音が響いた。毛布を引っぺがされてベッドから転げ落ちる様がありありと目に浮かぶ。
今日も後頭部に寝癖を作って、親愛なるお隣さんが降りてきた。
「おはよっ」
「朝から元気だなお前……ねむっ……」
低血圧に曇り空が重なって、今日は一段とつらそうだ。
「さっさと朝ごはん食べな! まったく寝坊ばっかりして。いつもお弁当用意してくれるこの子に感謝しなさい」
「そーだそーだー」
「感謝してるって……」
耳に響くと言わんばかりに顔をしかめながら、また眠りそうなぐらい潰れた目で朝ごはんを食べ始める。
もそもそと小鉢に箸を伸ばし、それを口にしたとき、目がかすかに開いた。
「……なにこれ」
「え? あ、ごめんごめん。これ、お父さんが昨日作ってたマグロ漬けだわ」
「生臭ぇ……」
「家族みんな魚好きなのに、アンタだけは嫌いなままねぇ」
「え゛」
背すじが凍り付いたようだった。
「さ、さかな嫌いなの?」
「あ……いや、別に」
「ごめん! い、いつも残さず食べてくれるから気付けなくて……」
「……せっかく作ってくれたモンに文句言えねぇだろ」
顔を背けると、彼は洗面台に行ってしまった。
「やっちゃった……」
落ち込む私の肩をおばさんが優しく叩いた。
「大丈夫よ」
「でも、今日だってシイラの唐揚げ……」
「最近ようやく刺身とか以外は食べれるようになってきたの。言ってたわよ? 弁当に入ってた魚料理がおいしかったって」
「ホントですか?!」
「本当よ。昨日も――」
「準備できた。もう行かないと遅刻する」
「あ、待って!」
いそいそと玄関に向かう彼を追おうとする私に、おばさんがそっと耳打ちした。
「もう胃袋掴んじゃってるから、自信持って!」
「は、はいっ!」
靴を履いて駆け出す。玄関のドアを押さえて待ってるお隣さんと並んで、通学路を歩いていく。
「……なんでニヤニヤしてんの」
「んー? んふふー」
「え、こわ……」
「今日のお弁当、楽しみにしててね!」
「え、ちょ何? 何入れた。俺なんかした!?」
「さーぁてねー!」
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