お題:恩返し
学のない自覚がある俺でも、昔話ぐらいは知ってる。鶴の恩返しや笠地蔵……いいことをすれば、いいことが返ってくるなんてありきたりな話。
そんで、現実にそんな話は転がってないってことも知ってる。
人助けなんて気まぐれで、自己満だ。見返りなんてないし、あると期待すること自体がダメとすら親に言われた。
だというのに。
「その節はお世話になりました。こちら、つまらないものですが」
お淑やかな同級生は、懇切丁寧にお辞儀しながら高級感漂う桐箱を差し出してきた。
「お、おい……俺なんかしたか……?」
「? はい。先日、缶コーヒーをいただきました」
缶コーヒーにまつわる記憶を掘り起こして、やっと思い出す。
たしか、よりにもよって缶コーヒーを買った時に当たりでもう一本出てきたので、後ろに並んでた生徒に押し付けたのだ。
あれを貰い物と考えるのはあまりにもお人好しだし、あまつさえお返しを持ってくるような代物ではない。
「……受け取ってはいただけませんか?」
返答に困っていると、向こうも眉をハの字にしてそう尋ねた。清楚な人の困り顔というのは見ているだけでなんか悪いことをしてる気分になってくる。
「あーわかった! 受け取る、受け取るから」
「よかった。ありがとうございます」
桐箱はずっしり重く、中身を見る前から値打ち物をもらったようで嬉しくも後ろめたくなった。
「何が入ってるんだ?」
「開けてみてください」
少しドキドキしながら蓋を開けた。
「缶コーヒーです」
俺はずっこけた。
俺が押しつけたのと寸分違わぬ商品のはずなのに、外箱のせいでちょっときらびやかに見えるのが腹立つポイントだ。
「お気に召しませんでしたか?」
「い、いや……俺別に缶コーヒー好きじゃねぇんだよ。眠くて死にそうだったから試しに買っただけで、クソ不味くてすぐ捨てたし」
「まぁ……申し訳ありませんでした。でしたら、お返しの品を一緒に買いに行きませんか?」
「は?」
あげた缶コーヒーのお返しを一緒に買いに行く。
聞いたことのない申し出にまぬけな声が出た。
「いやコーヒー一個ぐらい別に気にしなくてもよぉ……」
「駄目ですか?」
またあの困り顔だ。
「だぁぁわかったわかった! 行くから! 行くからやめろその顔!」
「よかった。では、次の休日に行きましょうね」
……こういう状況をどんな言葉で言えばいいのかわからないが、とにかく俺は一口で捨てた缶コーヒーに感謝した。
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