お題:音

 彼はいつもヘッドホンをしている。歩いているときも、食べているときも、講義中だってそうしている。

 大学に入って変わった人はたくさん見てきたけど、その中でも彼は異質に映った。

 先生たちも怒らないし、ヘッドホンには体質や精神的な事情があるんだろう。

 彼に話しかける勇気はないけれど、私は彼を目で追うようになった。

 気付いたのは、彼が『騒音』を嫌っているということだ。

 大声で喋る集団が近くにいたら露骨に不機嫌になるし、講義中にバイクのうるさい音がしたら舌打ちでもしそうなぐらいイライラしている。思えば、お昼は図書館のカフェを使っているし、食堂にいるのを見たことがない。

 でも、友達は少し騒がしい人みたいだ。いや、声は大きくないんだけど、身振り手振りがすごくうるさい。彼も雑な相槌を返すばかりだけど、きっと仲良しなのだろう。

 あと、根は優しいのだと思う。点字ブロックの上に置かれた自転車をどけていたり、テーブルにおきっぱになってるゴミを捨てたり。人に見られていなくてもそういうことができる人を私は尊敬している。

 彼はよく昼寝をしている。食事をぱっぱと済ませてしまうと、日陰のベンチで眠ってしまう。もちろん、ヘッドホンはつけたままだ。けれど、眠っているときの彼はすごく穏やかな顔をしている。

 いつも耳を塞いで、音を嫌っている彼が休める瞬間が睡眠だけだとするなら、その間だけでも幸せでいてほしいと思う。

 私は彼の何でもないけれど、こうやって勝手に願ってるだけで満足なのだ。

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