お題:説教

「なんだ。また怒られたのかよ」

 暗い土管の中で泣いていると、ひょこりと女の子が覗き込んできた。黒いドクロのキャップを被った、勝気そうな顔だ。その子は返答も聞かず、僕の手を掴んでそこから引っ張り出した。

「みっちゃん……」

「遊具の中で泣いてたら、またあいつらにイジめられるぞ。んで、どうした?」

「……習い事、やめたいって言った」

 習字、水泳、塾、英会話……放課後、ほぼ毎日ずっと習い事をしている。そんな生活が、ずっと嫌だった。

「いろいろやってるもんな。あ、わかったぞ。塾で嫌がらせしてくるって言ってたヤツか!」

「……違う」

 また涙があふれてきた。

「ど、どうした!? おばちゃんにどっか叩かれたのか? う、うちからバンソーコー持ってくるか?」

 必死に首を横に振る。

 キンキン響く怒鳴り声を思い出した。頭を叩かれた痛みを、心がひしゃげる感覚を思い出した。

 本心を口に出すのが情けなくて、喉が震えた。怒られても当然なぐらい、女々しい理由だったのだ。

「もっとみっちゃんと遊びたくって……だから、っ、もう、ぜんぶやめたい……!」

 いままで、ずっと習い事を続けてこられたのも、みっちゃんと遊ぶ時間があったからだ。

 だけど、お母さんがどんどん僕の時間を取っていく。みっちゃんと遊べる時間があとどのぐらい残ってるかもわからないのに、僕の好きにできる時間がなくなっていく。

 足元がどんどん削られていくみたいで、怖かった。怖くてどうにかなりそうで、必死だった。

 だけど、こんなみっともない人、みっちゃんは嫌いなハズだ。みっちゃんはもっと男らしくて、力が強くて、優しい人が好きなんだ。習い事もできない僕みたいな弱虫、嫌われて当たり前だ。

 顔を上げるのが怖くてうつむいたまま、涙が落ちる。潤んだ視界が重たくて、このまま地面に倒れてしまいたかった。

「……ったく。あたしがいないとしょーがないヤツだな」

 両頬をぐっと掴まれて、顔を上げさせられる。みっちゃんは僕の顔を乱暴に袖でこすって涙を取ると、イタズラっぽく笑った。

「よっしゃ、遊ぶぞ! あたし、いま一人で秘密基地作ってんだ。トタン板でな! すっげーだろ!」

「ぐすっ……遊んで、くれるの?」

「あったりめーだ! ずっとずっと、ずっっっと遊んでやる!」

 腕を引かれる。空は曇っているのに、僕の目の前には眩しい太陽があった。

「んで、後であたしがお前のお母さんに説教してやるんだ! がんばってるヤツを怒るなーってな!」

 いつも僕を暗闇から連れ出してくれる。

 僕のためにヒーローになってくれた、優しい女の子。

「そしたら、お前も笑ってられるだろ?」

「――うんっ!」

 いつか、みっちゃんが困ったときは僕がヒーローになりたい。

 僕の胸に、小さな光が灯った気がした。

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