お題:作業員

 職業、作業員。

 ニュースの「政府関係者」に匹敵するほど便利な言葉だ。

 俺の行う作業とは、掃除と処理。オブラートを剥がせば、闇の世界専属の作業者だ。殺しがバレないようにする隠蔽工作、事故を装う破壊工作、捜査を攪乱する偽造工作などなど。

 殺しは仕事ではなく、あくまでも後処理が俺の分野だ。自らの手はあまり汚さないが、間違いなくお天道様に顔は向けられない中途半端な仕事。

「……これは半端者への罰かね」

 自嘲し、ソファから天井を仰ぐ。吐き出した紫煙がくゆり、空気へ溶けていく。その煙を捕まえようとする小さな手が視界をよぎる。

「バタバタすんなって……」

「…………」

 無言のまま、退屈を訴えるように少女が腹の上に寝そべって暴れていた。

 昨晩の仕事は、凄惨極まりないものだった。同士打ちか皆殺しか、どちらにしろ血の海となったマフィアの屋敷をガス管の爆発事故として丸ごとフッ飛ばそうとしている時だ。

 ススだけが残る暖炉からごそごそと這い出てきたのが、目の前にいる褐色肌の子どもだった。殺された連中の家族かとも思ったが、見るからに栄養失調の痩せた体と全身に残るアザや出血でその線が薄いと判断できた。

 決定的になったのは、二の腕にあった入れ墨だ。最初はトライバルかと思ったが、よく見ればそれは現代社会なら見ない日はないモノに酷似していた。

「バーコード……商品ってコトか? 意味もねぇのに趣味が悪い」

「…………」

 ガキは喋れない。学がないというのもあるだろうが、最大の原因は心理的なものだろう。商品として扱われて売られ、憂さ晴らしのオモチャにされる日々。心が無事である方が異常だ。

 ここで俺のする対処はただひとつ。目撃者の殺害だ。

 仕事に足がつく可能性は排除しなければならない。それが例え今わの際の老人でも、生まれたての赤子でもだ。

 俺は銃を抜いて、そいつの額に照準を合わせた。

「悪いな、嬢ちゃん」

 気は向かない。こいつは被害者で、殺される理由なんてないからだ。

 しかし、こいつは決定的に運がなかった。マフィアが皆殺しにならなければそのうち死んでいたし、俺に見つからなくても爆発に巻き込まれて死んでいた。

 どのみち、このガキはドン詰まりにいた。それだけだ。

 しかし、引金にかけた指は重たかった。死は見慣れているが、殺し慣れてはいないからだ。そこで俺は、ガキが動いたら撃とうと決めた。怪しい行動を取ったので正当防衛をした、という卑怯な詭弁で矮小な心を守るために。

「…………」

 ガキは泣かなかった。あろうことか、手を合わせて祈り始めた。

 その顔に恐怖はなく、むしろ安堵があった。まるで新品のベッドへ飛び込んで眠る子どものように、安らかな顔をしていた。

 終わりが安らぎであると諭すようなその顔が、やけに綺麗に見えた。

「…………ちッ」

 俺は撃った。だが、銃弾は明後日の方向へ行った。

 不思議そうな顔でこちらを見上げる少女を前に、俺は胸中の言い訳をそのまま口に出した。

「あーぁ。撃っちまったよ。銃は整備不良だったが、撃ったんだから仕方ねぇよな。あのガキは死んだんだ。よし、仕事に戻るとするかね。ここには俺しかいねぇから、ネズミが外に逃げ出しても捕まえられねぇんだよなー。あーぁめんどくせぇ」

 独り言にしては大きい声を聴いた少女は、とてとてと走って部屋を出て行った。

 その後、俺は無事仕事を終え、愛車に乗って家へ戻ったわけだが……

「暖炉の中の次は運転席の下に隠れて、いまはベッドの下か……狭い場所が好きなのか?」

 このガキ、よりにもよって俺へ着いてきた。

 いまはマットに挟まれた圧力に満足しているのか、心なしか楽しそうにしている。

「…………♪」

「余計なモン抱えた殺し屋がどうなるか、なんて有名な映画があるだろうに。俺って俺が思うよりバカなんだよなぁ……」

「?」

 俺は三本残った煙草を握り潰し、ゴミ箱へ捨てた。

「まずは風呂入れクソガキ。その後はテキトーな服買って、お前を受け入れてくれる孤児院を探す」

 言葉の意味はわかっていないのだろうが、少女は楽しそうに笑っている。俺はまだ心が冷えている間に全てを終わらせようと、焦り始めていた。

 ここから一週間にわたって無為な東奔西走を繰り広げることを、この日の俺はまだ知らない。

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