475 異色の派閥

 クリスとドナート侯を繋げる。幸いな事にクリスはドナート候と言葉を交わすくらいの関係性を持っているので、もし俺が仲立ちが出来たならば、クリスの力になることが出来るやもしれぬ。確かにドナート派は貴族派第五派閥という小派閥である。しかし『金利上限勅令』の際には派閥の貴族と共に宰相府に赴いて、いち早く政策の支持を表明した。


 なのでドナート候は、少なくとも貴族派第三派閥のバーデット侯や第四派閥のランドレス伯よりかは話せる筈。貴族会議の開催するには全貴族の三分の一の同意が必要なので、逆に言うなら貴族会議の開催を阻止するのに全貴族の三分の二に不同意が必要となる。たとえ小勢力だろうと味方が大いに越したことはない。俺はそう考えたのである。


「枢機卿猊下。これはアルフォード殿にとって好事ではございませぬか」


「アルフォード殿の人脈を広げるという点ではプラスでございますな」


 そんな俺の心を見透かしてか、ガウダー男爵がラシーナ枢機卿に話を振って、けしかけて来る。利害と打算。我ながらよこしまな心だと思うが、その気持ちは俺の中にある恐れや警戒心に勝ってしまった。結局の所、人間というもの利益と不利益を天秤に掛けた時、最後には利益を取ってしまうのである。


 俺がガウダー男爵に同意すると、話はトントン拍子に進んでいく。ラシーナ枢機卿もガウダー男爵に調子を合わせてくるので、俺がドナート侯の屋敷に行くのが既定の事実になっていく。俺の馬車もいつの間にか帰ってしまい、気が付けば俺はガウダー男爵の馬車に乗って、ケルメス大聖堂を後にしていた。


 ドナート侯爵邸への向かう途上、ガウダー男爵と様々な話をする中で分かったことがある。想像以上に俺や、俺の周りについて知っているという部分。それは話を聞くに、調査をして知ったというのではなく、ネットワークにいる中で耳に入ったという感じなのだ。様々な細かい情報を繋ぎ合わせて、全体像を作っていく。


 ジクソーバズルのようにピースを合わせて、俺という人間を見ていると表現してもいいのかもしれない。面白いことに、それはガウダー男爵自身が考えたのではなく、男爵がドナート候と話をする中で描かれたものだという点。つまり話を纏めれば、絵を描いているのはガウダー男爵ではなくドナート侯という事になる。


 馬車が屋敷の前で一旦止まる。これがドナート邸か、と思って外を見ると、馬車を降りた御者が鍵を開けて門扉を開いている。貴族の家に行ったことは何回もあるが、初めて見る光景だ。馬車がゆっくりと屋敷の中に入っていく。そして再び止まると、扉を開けた御者が再び閉めて鍵をした後、馬車に戻ってきた。そして再び馬車は走り出す。


 普通、門扉が閉められている場合、家の者が開ける筈。それをなんとガウダー男爵の馬車に乗っている御者が行うとは。しかもその御者、ドナート侯の門扉の鍵まで持っている。大体、ノルト=クラウディス公爵邸やアンドリュース侯爵邸では、門扉の前に衛士が立っていた。しかしドナート邸の門扉の前に衛士の姿がない。


 しばらく馬車が走ると、屋敷の建物の前に到着した。が、馬車は玄関前で止まらずに横切り、そのまま建物の壁に沿って馬車が走っていく。そして屋敷の裏手に出たところで、馬車が止まった。もしかして俺が平民だから裏口から入れと言いたいのだろうか? しかしガウダー男爵も降りたところを見るとどうもそうではなさそうだ。


 何故ならガウダー男爵は貴族。自分と一緒に裏口、使用人しか使わぬ出入り口を通る筈がないからである。黙ってガウダー男爵の後ろを歩いていると、建物を修繕しているのか、大工達が何やら造作をしていた。そこに男爵が近づき、一人の老職人に声を掛ける。男爵に振り向いたその老職人の顔を見て、俺は思わず凝視した。


「ド、ドナート候・・・・・」


 貴族がなんで作業服なんかを着て大工仕事なんかやっているんだ? エレノ世界の常識を打ち破るこの光景に、俺は思わずドナート侯の名を呟いてしまった。唖然として固まっている俺に向かって、木屑まみれの作業服を着たドナート侯が、よくお越し下さいましたなと笑顔で返してくる。


 対する俺の方はといえば、この状況に理解が追いつかず、会釈をするのが精一杯だった。ドナート侯はガウダー男爵に何かを耳打ちすると、では後程と言ってその場を立ち去っていく。ドナート侯と別れたガウダー男爵が、俺の元にゆっくりと近づいて来ると、屋敷内を案内してくれた。


「アルフォード殿、どうぞこちらへ」


 ガウダー男爵の誘導を受けて、屋敷裏にある平屋建ての建物に入る。俺の家に比べれば大きいのだが、ガーベル邸よりも小さい建物。これは建物というより、小屋と呼ぶのに近い。玄関横の部屋に案内されて、ソファー座る俺とガウダー男爵。そこは応接間だったが、広さにして八畳くらいの部屋で、黒屋根の屋敷にある執務室に比べてかなり狭い。


「ここは・・・・・」


「閣下の屋敷じゃよ」


「え? こ、ここがですか」


 離れとも言えない、この小さな平屋がドナート侯の屋敷? じゃあ、先程横切った屋敷はなんだ? ガウダー男爵の説明を聞いて逆に混乱してしまった。


「そうじゃよ。ここは閣下が自らお造りになった」


 ドナート侯が? 先程作業服を着て、大工仕事をしていたのはガチなのか? 俺が呆気に取られていると、部屋に貴族服を着たドナート侯が入ってきたので、慌てて立ち上がる。


「我が家によくぞ越し下された、アルフォード殿」


 白髪交じりのドナート侯がにこやかに歓待してくれた。ガウダー男爵が俺を紹介してくれたので、改めて挨拶をする。三人でソファーに座ったが、日本の家で畳の部屋に置かれたソファーに座ったかのような狭さだ。本当にこれが貴族、しかもノルデンで二十家しかない高位家の一家いっけである、ドナート侯爵家の応接室だと言うのか。


「いやはや、何分我が屋敷は狭いのでな。許してもらいたい」


 まるで俺の心を見透かしたようにドナート侯が話す。本当にここがドナート侯の邸宅だというのか。俺は心底驚いた。では、馬車が横切ったあの屋敷は一体なんなのか? 先ほどから考えてみたが、考えても考えても、俺の貧弱な想像力ではその理由が思いつかない。考えても合理的な結論を得られなかった俺は、思い切ってドナート侯に聞いてみた。


「あれか? 見掛け倒しなのだ」


「えっ!」


「古くなって使えぬのじゃ。雨漏りだらけでな」


 なんと! あの屋敷。ボロボロなのか・・・・・ ドナート侯が言うには屋敷が古く、修繕するにも相当な費用が掛かるため、もう直すのは諦めたというのである。ただ外壁部分が石造りなのでそこは堅牢だった。だから外だけは手入れをしておくことで、屋敷に住んでいる「フリ」だけは出来ているのだと、ドナート侯は笑って答える。


「では、先程は・・・・・」


「あれは屋敷の外面を直しておったのだ。遠巻きに見て分からぬぐらいの補修くらい、吾輩わがはいにでも出来るからな」


 明後日の世界に行き過ぎた予想外の話に、俺はどう反応していいのか分からない。ハッキリ言って、ドナート侯はエレノ貴族の常識を飛び越えてしまっている。自分で家を造作する貴族。趣味ではなく、ドナート侯は必要に迫られて家を建てているのだ。言ったらなんだがDIY貴族なんて、エレノ世界どころか現実世界の貴族にもいないだろ。


「閣下はこの家も建てられたではございませぬか」


「平屋だから出来たのだよ」


 この家も作ったのか! 貴族が自分の住まいを直接作る。ドナート候はさしずめDIY貴族と言ったところか。俺なんか現実世界でもこちらでも家の造作なんかやったことは一回もない。全て人任せだ。人任せというより、丸投げと言ったほうが正しい。しかしドナート侯、よくもまぁ、自分で家を作ったな。平民でもここまでしないぞ。


「人に任せれば、それだけ出費も嵩む。費用ばかりかかる屋敷を維持するしがらみ・・・・から逃れるには、吾輩で家を建てる以外になかったのだ」


「それができるからこそ、我が派の者は持っているのです」


 ガウダー男爵が言うには、派閥の中には自身の手で家を建てるドナート侯を見習い、自分で家を建ててしまった貴族や、農民と共に一家を挙げて開墾に勤しむ貴族などがいるのだという。故ある者が集う異色の派閥だとエレナは話していたが、こんな自力更生チックな派閥だとは思いもしなかった。異色だと言われるのは当然だろう。ドナート候が話す。


「そもそも我が家を引き継いだ時、屋敷を直す費用すらなかったのだ。ならば己で直すしかあるまい。しかし、直そうと思ったら・・・・・ 直し方そのものが分からなかったのだよ。私が大工ではなかったからな」


 そりゃそうだ。学園で大工仕事なんか、絶対に教えないもんな。ドナート候は豪壮な屋敷を直すのを断念して、平屋を建てる事にしたという。こちらの方は、屋敷の修繕と違って、スムーズに事が進んだそうである。そんな感じで自力更生を進めていく内に、貴族としての体面を維持するためのあれこれに、疑問を持ち始めたとドナート侯は話す。


「資金がないにも関わらず、派を維持する為に散財しておれば、家に残るものは何もない」


 ドナート侯の話は当たり前の事なのだが、自分の家の実像を冷静に把握し、率直に話せるという部分は素直に凄いと思う。ボルトン伯にも相通ずる部分があるが、どこか浮世離れした感があるボルトン伯とは違って、ドナート侯のそれは非常にリアルだ。おそらくドナート侯は、現実主義者リアリストだからであろう。


 家を立て直したという点ではレティも同じだ。レティの場合、徹底した緊縮財政によって収入と同レベルに支出を抑え、リッチェル子爵家の財政均衡を図った。ある意味、縮減一本槍で家を立て直したレティに対し、企業でいう「内注化」に取り組んで資金流出を抑えたのがドナート侯といったところか。共通しているのは必要に迫られてという事である。

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