469 判決

 シアーズの話から、宰相府がレジドルナ行政府の無法ぶりを問題視している事が明らかになってきた。統帥府も問題視している以上、今やレジドルナはノルデンの国家的な問題になりつつあるのだろう。しかし貴族派の巨頭、アウストラリス公の後ろ盾があるとはいえ、レジドルナ行政府はどうしてこれ程までに強気でいられるのか。実に不思議な話だ。


「今、巷を騒がせているダファーライって男の実家、貸金屋ですぜ」


 話の流れの中で俺がマスリアス聖堂に収監されている重罪人、ダファーライの事を話すと意外な話が飛び出てきた。ワロスの話によると、ダファーライの実家であるダファーライ金融は、レジドルナでも大きい部類の金融業者だというのである。すると、ワロスの横にいたシアーズが苦々しい表情で浮かべながら言う。


「そこがレジドルナの金融界の取り纏め役だ」


「だったら、トゥーリッドとグルってことか?」


「グルかどうかまでは断定出来ませんが、繋がっているのは・・・・・」


「確定だな。限りなく黒だ」


 ワロスの言葉にシアーズが被せてきた。本当に思わぬ形で繋がってきたな。本当にレジドルナは魔境というか魔都だ。シアーズもワロスも貸金屋界隈の話以外、全く分からないと言っていたが、それだけでも十分な情報。トマールは王都内の情報には精通していても、特定業界や地方部に関してはそうでもないようだ。


 人には得意不得意があるので、それは仕方がない。しかしダファーライの話を聞けば聞くほど、偶然とは思えなくなってくる。これではドーベルウィン伯が疑念を深めるのはむしろ当然だろう。アウストラリス公、レジドルナ行政府、トゥーリッド商会、レジドルナ冒険者ギルド、そしてダファーライ金融。


 なんだか悪の枢軸総結集みたいな感覚に陥るな。時代劇だったら九十分スペシャル版、悪のフルコンボだ。しかし、よくもまぁそれだけの重厚な役者を揃えたものだと、呆れを越えて感心してしまう。レジドルナの話が終わった後、シアーズ、ワロス、そしてピエスリキッドと色々話し込む中で、今現在の小麦相場の話になった。


 平価七〇ラントだった小麦が今や六十倍に迫る四〇〇〇ラント。感覚がおかしくならない筈がない。小麦一袋をストロングホールドしていたら、財産が半年で六十倍になるのだ。現実世界ならば、爆益どころでは済まない大騒動になるのは確実である。そりゃカネを借りて、ここで一発山師をやろうと思う人間が現れても不思議ではない。


 しかし今の相場は『貴族ファンド』が貴族達に対し、小麦を買うことを条件として、湯水の如く貸し出したカネによって生み出された高値。逆に言えば、貸し出すカネが無くなったとき、相場のヤマは越えるということ。第一、今年が平年並みでも暴落確定。豊作ならば目も当てられない相場になるのは間違いない。


「そのとき残るものはなんだろうなぁ」


「借金だけが残りますな」


 ピエスリキッドが断言した。ワロスがハッとした顔で言う。


「踏み倒し防止政令があるから、払えないからといって踏み倒せませんぜ」 


「だったらどうなる?」


「取り立てるしかありませんな」


 俺が聞くと、ピエスリキッドがニヤリと笑った。


「なるほど。極限まで相場が上がると、暴落した時、小麦を買いまくっていた連中は取り返しのつかないことになりますな」


「なにも貴族が『貴族ファンド』だけで借りている訳じゃないからな」


 シアーズが決まりきった事だといった感じで話す。その上で、こう言ったのである。


「小麦に躍っている貴族にホイホイと貸し出した金貸し屋は火だるまになる」


 ワロスもピエスリキッドも頷いた。利に聡い三人は、これから先に起こることについて予想を始めたようで、あれこれ話し始める。皆、本当に生き生きしているのは仕事熱心なのか、悪党なのか? 恐らくはその両方であろう。ワロスが楽しそうに話した。


「焦げ付いた債権を買い漁れば一儲け出来るかもしれませんなぁ」


「無論、一儲けできる確信がなければ大火傷を負いますがね」


 ワロスの意見にピエスリキッドが釘を刺した。が、そのピエスリキッドの表情も非常に楽しそうである。かつて債権回収業を営んでいたというピエスリキッドにとっては、もしかすると大きなヤマが到来するのではという高揚感が、その顔をさせているのかもしれない。会合は小麦相場の話で大いに盛り上がったのである。


 ――朝の鍛錬時、リサからアンドリュース侯爵邸に出向いたと話があった。俺から頑固親父だと説明を受けていたので、どんな感じなのだろうと思っていたら、侯爵から歓待されたそうである。二人から小麦相場に手を出した四家を何とかしてやって欲しいと頼まれたので、帳簿と契約書類をその場で目を通したらしい。


 今は相場が上がり相場なので、精算しながら家が抱えてある借金を消す段取りを立てているとの事で、今日も侯爵邸に赴いてその続きをすることになっているそうだ。面白い話が一つあって、嫡嗣アルツールが四家を何とかしてやってくれ、と協力的だとリサが話していた。直情径行がこんな時にはプラスに働くか。リサが俺に言ってくる。


「アウストラリス派の派閥パーティー、明後日の開催らしいわよ」


「本当か?」


「ええ。アンドリュース侯が教えてくれたの」


 懸案が片付く見通しが立ったことで上機嫌なアンドリュース侯が、リサに教えてくれたのだという。もっとも、その日はいないからという話から教えてくれたようだが。侯爵邸に留め置かれた四人の当主達はそのままに、各家の夫人が派閥パーティーに出席する話になったそうで、お公家さん達が屋敷を出る事ができるのは当分先のようだ。


「トラニアス祭の紛擾ふんじょうの首謀者に断!」

「教会の裁き、重罪人に下される!」


 週明けに発行された『小箱の放置ホイポイカプセル』には、トラニアス祭の暴動で主導的役割を果たしたとされる重罪人二十六人について、判決が下されたとの記事が載った。ようやく出たのかとも思うが、この重罪人の中には歓楽街の顔役で、首謀者と見做されているダファーライも含まれている。


 その記事には先週、重罪人の裁きを一任されていたケルメス大聖堂の長老、ニベルーテル枢機卿が全員に判決を言い渡したと書かれていた。判決内容は重罪人の全財産の没収及びトラニアス所払い。実質的な追放処分である。首謀者と目される三人を含むと書かれているので、この三人の中にダファーライも入っているのだろう。


 また、重罪人二十六人全員が一律の処罰と書かれているので、首謀者と目される三人とそれ以外の二十三人は区別なく、全員同じ刑が言い渡されたことになる。刑は即日執行され、重罪人達は釈放された後、そのままトラニアスから放逐されたと書かれている。しかし全財産の没収は分かるが、懲役や禁錮ではなく釈放されるとは思ってもみなかった。

 

 この温情に近い判決について、ニベルーテル枢機卿は「己の過ちを悔い改め、別の地で再起を誓って欲しい」と重罪人達に述べたという。いかにも枢機卿が言いそうな言葉だ。没収された財産は全て小麦に変えられて、貧しい平民に配布されることになるという。これでトラニアス祭の暴動の始末は、全て終わったのである。


 ようやくトラニアス祭の暴動の一件が片付いた。これでケルメス大聖堂に顔を出してもいいだろう。春休みに行って、大聖堂の図書室にある魔導書を整理しようと思っていたのだが、この暴動のせいで、行くに行けなくなってしまっていた。世間は小麦で不穏な空気に包まれているみたいだが、大聖堂へ行く障壁がなくなっただけでも有り難い。


 レティが今日も図書館に現れない。こんな事はあの『プロポーズ大作戦』以来だ。前の時には原因が分かっていたから、気にすることもなかったのだが、今回は何も聞いていないので少し気にかかる。気にかかっているのは俺だけではない。アイリも同じようで、困ったような感じの顔をしている。一体何があったというのか。


「レティシア、どうしたのかしら」


「何も聞いてないの?」


 アイリがかぶりを振った。アイリが知らないんだったら、俺が知る由もない。レティを待っていても来ないので、そのまま黒屋根のピアノ部屋に直行して、前と同じく俺がピアノの演奏、アイリが歌を歌って、その日一日が過ぎていく。傍から見たら「飽きないのか?」と思われるかもしれないが、俺は全く飽きない。こんな日がずっと続けばいいのにと思った。


 ――俺は迷いに迷ったが、天才魔道士ブラッドに自身のキャラクターアイテム『詠唱の杖』を手に入れているかどうかについて、本人へ直接確認する事にした。乗り気ではなかったのは、ブラットと親しい仲ではないからである。ブラッドの方だって、直接対峙した俺と顔を合わせるのもイヤだろう。そんな訳で昼休み、ブラッドのクラスへと赴いた。


 ブラッドは意外なくらい簡単に捕まえることが出来た。たまたまクラスの前の廊下で鉢合わせをしたのである。俺を見て「あっ、しまった」という感じで、咄嗟に避けようとしたブラッドの腕を掴み、窓際の方へと連れて行った。まるで連行しているかのように見えたかもしれないが、ただ『詠唱の杖』を持っているかどうかを聞くだけのこと。


「いや・・・・・ 持ってないよ」


「貴賓室で話した時、探すように言ったよな」


 ブラッドらとの決闘の後、貴賓室で設けられた謝罪の席で俺がブラッドに言った『詠唱の杖』を探すようにという話。コルレッツに探さなくてもいいと言われていたのを自分のアイテムだから探すようにと促したのだが、ブラッドは探さなかったようである。俺はその理由について、改めて質す。


「どこにあるのか分からないんだよ」


「え? どうしてなんだ?」


「実は・・・・・」


 バツの悪そうな顔をしながら、ブラッドは『詠唱の杖』がどこにあるのか分からない理由を話し始める。実はブラッド、一度『詠唱の杖』を見つけていたらしい。ところが、なんとそれをコルレッツに渡してしまったというのである。どうしてそんな大事なものを渡してしまうのだ! 俺はブラッドからその話を聞いて、呆れる他はなかった。

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