450 新入生

 学園に生徒達の姿が戻ってきた。とはいっても在校生ではない、新入生だ。トラニアスに通じる道が暴動の影響で一時封鎖された為、サルンアフィア学園の入学式が三日伸びた。その為、新入生が学園にやってきた日にも、大きなバラツキがあった。俺の時には殆どの生徒が入学式の前日にやってきた事を考えれば、全く違う。


 入学式当日。俺がいつものように鍛錬場で打ち込みをしていると、新入生達が入学式の会場である講堂の方へ歩いていく光景が目に入った。歩いている生徒達が俺を奇異の目で見ているのが分かる。これは去年も見た風景だ。まぁ、裸足で奇声を上げて木の棒を振っているんだから、おかしな奴がいると思われても仕方がない。


 去年は俺も新入生だったから、鍛錬を止めて入学式に参加したが、今年は在校生なので参加しなくてもいい。講堂に向かってぞろぞろ歩く、新入生達の列の中から、俺の方に向かって歩いてくる三人組がいる。よく見るとリシャールじゃないか! その左右にいるのは、カシーラにセバスティアン。


 アルフォード商会と共に三商会連合の一角を担うファーナス商会の息子リシャール。三商会連合側に参画するセルモンティ商会の三男カシーラと、マルツーン商会の次男セバスティアン。以前リシャールに『商人秘術大全』を貸した事から、商人剣術に興味を持ち、学園まで鍛錬法を学びに来た三人である。その三人がどうして学園服を・・・・・


「アルフォードさん。サルンアフィア学園に入学しました。よろしくお願いします」

「お願いします!」

「お願いします!」


 若旦那ファーナスの息子リシャール・ファーナスが頭を下げるのに合わせ、カシーラ・セルモンティとセバスティアン・マルツーンが一緒に頭を下げてきたので、俺はビックリしてしまった。


「お前たち・・・・・ どうして学園なんかに・・・・・」


「アルフォードさんと共に、学園で学びたいと思いました」


「アルフォードさんの元で鍛錬したかったので、入学しました」


「アルフォードさんを間近で見て、勉強したいです」


 リシャールが話すと、カシーラとセバスティアンが続いた。いやいやいや、そんな見習うところがあるようなヤツじゃないぞ、俺。第一ここは貴族学園。商人の科目がある学院とは違う。剣を振るう力強さも、攻撃魔法や回復魔法を使いこなせる素養も、全く持ち合わせていない商人の俺達に学べる科目なぞ皆無なのである。


「お前ら、商人が学園で学べることなんか、何もないぞ!」


「アルフォードさんの元で学べるじゃないですか!」


 カシーラが自信ありげに胸を張った。ちょっと待て! 俺から学べるものなんて何もないぞ。第一、俺は他所の人間。こちらの世界の人間じゃない。だから教えられることなんて、何故か日本語で書かれた謎の書、『商人秘術大全』の読み下し程度のものだ。大体そんな風に言われたら、俺が困るじゃないか・・・・・


「アルフォードさん、これからよろしくお願いします!」


 セバスティアンの声に合わせて皆が頭を下げるので、俺は分かったというしかない。すると全員、改めて「お願いします!」と頭を下げてきた。俺は「ここで毎朝鍛錬しているから、前の時のように一緒にやろう」と声を掛けると、三人揃って元気よく返事して足取りも軽やかに、入学式の会場である講堂の方へと歩いていった。


(まるで嵐が過ぎ去ったようだ)


 一人、ホッとしていたら、今度は背中からアルトの声が聞こえてきた。こんな声質の人間は一人しかいない。レティだ。振り返るとミカエルもいる。レティと年子であるミカエルも今年入学だ。実は昨日、ロタスティでレティとミカエルにばったりと会って、個室の中で色々と話をしたのである。


「グレン。いきなりアンドリュース侯爵令嬢のこと、お願いしてごめんなさいね」


 レティは個室に入るなり、開口一番カテリーナの一件を話すと頭を下げてきた。あの日、レティは実家に帰らなければならず、出立の時間が迫っていた状態。正嫡殿下やクリスと共に、カテリーナの事をいきなり頼まれて困惑したのは事実だが、当時三人の置かれた事情を考えると、話を受けるしかなかった。


 それはレティが実家に帰らなければならない事情と同じように、殿下は王宮に帰らねばならず、クリスは公爵邸に戻らなければならなかった。そういった物理的な状況に加え、王子、侯爵令嬢、そして子爵夫人という身分的な立場を考えれば、それぞれがカテリーナのお世話をするような地位にはない。


 また、カテリーナの実家アンドリュース侯爵家が貴族派第一派閥アウストラリス派に属しているのに対し、レティの実家リッチェル子爵家は貴族派第二派閥エルベール派、クリスの実家ノルト=クラウディス公爵家に至っては敵対派閥である宰相派の盟主。加えて殿下は王族で、中立的な立場を求められる立ち位置。


 そういった事を勘案すれば、結局のところ俺が受けなければならなかったし、結果として受けて正解だった。俺はレティが帰ってから後のカテリーナとアンドリュース侯爵家の話をした。ディールやクラートの協力を得ながらカテリーナのお世話をし、カテリーナが無事にサルジニア王国へ留学するため旅立ったことを報告したのである。


「良かったわ。あの二人も協力してくれたのね」


「学園に残ってくれてたからな。同じ派閥だし、随分と助けられたよ」


 俺が事の顛末を話し終えると、レティはホッとした表情になった。一方、レティの話によると実家から王都に出てくるのも、なかなか大変だったようである。というのも道路封鎖の影響で、馬車が二日間も足止めされたというのだ。その間、レティとミカエルは馬車で缶詰状態になってしまったという。


「ホントに大変だったのよ、もう」


「こちらに来るのも一苦労でした」


 レティとミカエル。リッチェル姉弟は、共にゲンナリした顔でそう言った。道路の封鎖が解除されるまでの二日間、車中泊を強いられていたのだという。これには参ったと、レティは事情を説明してくれた。トラニアス祭の暴動に伴って行われた王都封鎖は、俺が想像していたよりもずっと大きな影響を及ぼしたようだ。


「ミカエルが総代になったのよ」


 ミカエルが総代として新入生を代表し、入学式で挨拶する事になったらしい。その事情をミカエルに聞くと、今年の新入生は高位家の生徒がおらず、リッチェル子爵であるミカエルにお鉢が回ってきたらしい。学園に入寮してから知ったことなので、明日の入学式を控え、今は緊張しているのだという。因みに俺達の時の総代は、もちろん正嫡殿下である。


「ミカエルなら役目をやり通せるよ」

 

 俺が言うとミカエルが頷いた。真面目なミカエルは、俺の一言を受けて何としてもやらなければ、という気になったようである。まぁ、ミカエルだったら心配する事はない。ソツなくやるはず。これがレティだったら予想外の事態が発生するだろうが。そんな話を昨日、三人で話したのである。そして今日、姉弟でわざわざ鍛錬場に顔を出してくれた。


「本当に鍛錬が好きねぇ」


「姉上!」


 挑発的にモノを言うレティに、ミカエルが注意した。いいじゃない、本当の事なんだから、と弟に向かって少し拗ねたように言うレティ。別に鍛錬が好きでやっているんじゃないんだけどな。本当の事をいえば鍛錬しないと、すぐに力が落ちて戻すのに大変だから、仕方なしにやっているだけだし。


「しかしどうしたんだ、二人して」


「グレンさんを見かけましたから、挨拶をと」


「ミカエルがそういって聞かないのよ!」


 どうやらミカエルが鍛錬している俺を見て、改めて挨拶しようと思ったようである。対してレティの方は「ほっときゃいい」と言ったらしいが。


「姉上。私はグレンさんのお陰で襲爵が出来たのです」


「そりゃ、そうだけど・・・・・」


「御恩は忘れてはいけないと思うのです」


「・・・・・」


 弟の言葉にレティが沈黙してしまった。毒舌で鳴らすレティを黙らせるなんて、普通の術師ではない。リッチェル子爵家の若き当主は、姉とは違って品行方正である。昨日の話では学園長代行のボルトン伯から新入生総代として挨拶するようにとの命を受けたそうだが、これほどしっかりしているミカエルならば、ソツなくこなすのは間違いない。


「ありがとう、ミカエル。その気持ちで十分だ」


「グレンさん」


「レティとの縁でやったことも忘れないでくれ」


 ミカエルが俺の言葉に大きく頷いてくれた。ミカエルには俺の恩以上に、レティが頑張ったことを念頭に置いて欲しいと思ったのだ。レティがいなければ、ミカエルはこの歳でリッチェル子爵を襲爵できなかった。全てはレティがいたからこそ出来たこと。もしもレティがいなければ、ミカエルがいくら優秀であろうとも、大いに苦しんだだろう。


「グレン・・・・・」


「レティは入学式に立ち会うんだな」


 レティが感傷的になりそうなのが分かったので、俺はつかさず話題をすり替えた。どういう訳か、レティのそれは読みやすい。肌感覚ですぐに分かるのだ。ところが一見読みやすいと思えるアイリの方は、その感情が全く分からないのだが。


「グレンはどう」


「いや、用事があるんだ」


 本当の話である。実はこれから、アンドリュース侯爵の元へ訪問することになっているのだ。暴動のおかげで延び延びになっていたアンドリュース侯爵との会見が、今日行われることになったのである。俺を迎えにディールとクラートという婚約予定の二人がやってくるので、一緒にアンドリュース侯爵邸へと向かう予定。


「それじゃ、仕方がないわ」


 少し残念そうなレティ。そんなレティを見ていると何か申し訳ない気持ちになるが、以前からあった予定なので仕方がない。ミカエルに総代の挨拶を頑張ってくれと激励すると、二人は入学式が行われる講堂へと向かっていく。レティの後ろ姿を見送った俺は、しばらく鍛錬を行った後、アンドリュース侯爵との会見に臨む準備の為に鍛錬を打ち切った。

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