第三十二章 学園親睦会

414 意外な来園者

 学園もいよいよ今週で学年末。だからなのだろうが、いつもよりも賑やかな空気に包まれていた。正確には、四日後に控えた『学園懇親会』を以て学年末となるのだが、まぁ今週で学年末という解釈でいいだろう。しかしテストも終業式もないという、謎のエレノ式学園スタイルには、未だに慣れない。


 その辺りの事情を考えれば当たり前の話だが、学年の終わりを告げる修了式も当然ながら「無い」。一方、五年生は学年を終えるので卒業する筈だと思っていたら、実は卒業式。俺が知らぬうち、勝手に終わっていたらしい。因みにそれを知ったのが今日の朝、リディアとフレディとの話だというのだから、本当にいい加減な世界である。


 そのリディアから父親であるガーベル卿より預かったという封書を受け取った。宮廷騎士を務めるガーベル卿からの便りである。わざわざ娘に託してきた理由として、考えられるのは二つ。一つは月末に行われる『トラニアス祭』に、娘であるリディアと一緒に見て回る約束をした件。そしてもう一つは、ガーベル卿が仕える第一王子ウィリアム殿下の件。


 どちらなのだろうか? そう思って一人廊下に立って封を開けると・・・・・ やはり後者の方だった。ウィリアム王子が俺との面会を希望しているとの事。殿下が何を聞きたいのかは、書いてなくても分かる。小麦高騰の話、一択だろう。日取りは今週末ということだから、おそらく前回と同じく休日に御苑という形になると思われる。


 俺の選択は元より一択。王子相手に拒否できる国があるというのだろうか。すなわち受ける以外の選択肢はない。これは俺の予測だが、学園が学年末になるのを待っての事ではないかと思う。何かと配慮されるウィリアム殿下なら十分に考えられる事。俺は授業中にガーベル卿への返書を書くと、リディアに渡し、早馬を飛ばすように頼んだ。


 学年末だからというのか、俺とアーサーがいつものように昼飯を食べているところに、意外な訪問者が現れた。学園事務局処長のラジェスタである。ラジェスタは俺に、学園長室へ来るようにと告げると、すぐに立ち去ってしまった。嫌な予感しかしないのは、ラジェスタから言われたからなのか、学園長室に呼ばれたからなのか?


「お前、大丈夫なのか?」


 アーサーが心配そうに聞いてくる。嫌な予感がしたのは俺だけじゃ無かったようだ。「親父絡みの話にロクなものはないからな」と真顔で言うアーサー。一体君はボルトン伯を何だと思っているのか、というツッコミは置いておいて、学園長室に呼ばれた以上は行かなければならない。


「俺も一緒に行こうか?」


「アーサーは呼ばれてないだろ。一人で行ってくるよ」


 アーサーが心配してくれるのは有り難いが、アーサーが同行した事でボルトン家がおかしくなっても困る。そんな事を考えていると、何か複雑に絡み合っている糸を見ているような気分になった。現実世界に比べ、エレノ世界は人の繋がりが濃厚、というより特濃である。食事を食べ終わった俺はアーサーに礼を言うと、そのまま学園長室に向かった。


 学園長室に入ると、そこにはグレゴール・フィーゼラーが立っていた。はぁ? と思って顔を見ると心なしか緊張した面持ち。グレゴールが俺に何か言いたそうにしているが、無言のまま立っている。どうしてなのかと思って後ろを見ると、そこにはグレゴールの主でクリスの次兄アルフォンス卿が立っているではないか。


 しかし何か様子が違う。アルフォンス卿の方も、従者と同じく緊張した面持ちなのだ。これはどうしたのだろうか? そういえば学園長室に来るまでの間、衛士が何人も立っていた。もしかしてアルフォンス卿の公式訪問だからか? しかしいくら宰相補佐官であるとはいえ、これまでアルフォンス卿の来園で、このような事は無かったが・・・・・


「アルフォード殿か。こちらに」


 奥から学園長代行であるボルトン伯の声がする。応接セットからだ。俺はアルフォンス卿に一礼すると、ボルトン伯がいる応接セットに向かった。そこで少し困惑気味な表情を浮かべ、下座に座るボルトン伯と対面したのである。俺はギョッとして、上座の方を見ると思わぬ人物が座っていた。


「・・・・・宰相閣下」


 そこにいるはずのない人物。チャールズ・アーチボルド・ジョージ・ノルト=クラウディス。即ちクリスとアルフォンス卿の父、宰相ノルト=クラウディス公が二人の従者、グレゴールの父レナード・フィーゼラーとメアリー・パートリッジを従え、一人上座に構えていたのである。


「アルフォードよ、久しいな」


「・・・・・お、お久しぶりでございます」


 鷹揚に声を掛けてくる宰相閣下に、平静で返すことができなかった。登場が余りにもいきなりだったので、事態が飲み込めなかったのである。しかし、何故宰相閣下が学園に? 大物過ぎる来訪者に、状況を理解するには暫し時間がかかった。学園長代行であるボルトン伯が俺に話しかけてくる。


「アルフォード殿。此度こたびは宰相閣下が学園に足を運ばれた。その理由は分かるな」


「・・・・・ク、公爵令嬢の件でございますか?」


「うむ。その通りだ」


 思わずクリスと言いかけてしまった。流石に宰相閣下の前で言う事などできないので、咄嗟に飲み込んだ。ボルトン伯が事情を話そうとすると、アルフォンス卿がやってきて俺に話し始めた。

 

「クリスティーナが父上の命に従わないのだ」


 屋敷へ戻ってくるようにと再三伝えているにも関わらず、クリスは戻ってこないというのである。


「学業が忙しいと?」


「そうだ! それを口実として戻ってこないのだ!」


 俺が聞くとアルフォンス卿が語気を強めた。俺はこの一年、学園に通っているが、学業って何なんだというくらい授業に内容が無い。にも拘わらず、それを理由にして学園に立て籠もっている時点で、クリスに何らかの意図があるのは明らか。しかし、だからといって宰相閣下が学園に押しかけてくるとは、どういう事なのか?


「父上は記事について聞きたいと申されておる」


 先週の初めに出た『週刊トラニアス』の号外の事か。クリスがラトアン広場に赴いて暴動の後を視察した事を伝えた、あの記事の意味について宰相は質したいようである。アルフォンス卿があれこれ説明する。その話を聞いていると、宰相閣下と言えども子を持つ親。娘のことが気がかりで学園にやってきたのか? そう思っていると閣下が口を開いた。


「既に終わった話を取り上げんとする意味について知りたいと思うてな」


 宰相閣下が腕組みをする。その態度は娘の行動が解せぬ親というものではなかった。どうしてそれが分かるのかといえば、俺が愛羅が分からないニュアンスとは明らかに異なっているからだ。どうやら宰相は、娘が心配な父親として学園に押しかけてきたのではなく、『週刊トラニアス』の号外が与える政治的な影響を危惧して乗り込んできたようである。


「ところが上手くは行かぬ」


「申し訳ございません」


 目を瞑った宰相閣下に対して、アルフォンス卿が頭を下げた。アルフォンス卿によるとクリスを呼び出す為、学園へ昼休み前に到着するやいなや、自らの従者グレゴールをクリスの元に遣わすも、クリスがこれ拒否。それを受けて、事務局処長のラジェスタが赴いたのだが、ラジェスタも追い返されてしまったらしい。アルフォンス卿は悔しそうに言う。


「最初から代行閣下の案に従っておくべきでした」


「いやいや。公爵令嬢の御意志が強固だったのです」


 ソファーに座っているボルトン伯は謙遜しながら話した。ノルト=クラウディス公親子の訪問を受けたボルトン伯は当初、クリスを学園長室に呼びつけるという策を提案したらしい。宰相閣下はそれを了承したが、アルフォンス卿が家の問題に学園長代行であるボルトン伯の手を煩わせる訳にはいかないと、従者グレゴールを遣わしたというのである。


「もし代行閣下の提案通りに最初から事務局の者が呼び出しておれば、クリスティーナも学園長室に来ていたはず」


「しかし公爵令嬢の警戒心を考えると、我が方の案でも同じ結果となっておったでしょう」


 確かにボルトン伯の言う通りだ。ここはアルフォンス卿よりもボルトン伯の読みの方が正しい。クリス本人と直接話をした訳ではないが、先週のトーマスの反応を見るに、かなり頑強に抵抗しているのは間違いない。つまりボルトン伯の言うように意志が固く、警戒心も相当強いということ。


「ここは衛士に指示を出して・・・・・」


「ならぬ!」


 強硬策を口にした息子を宰相は一喝した。


「学園内で衛士がみだりに動けば、多くの貴族子弟が目の当たりとする事になる」


「そうなれば貴族間で、どのような噂が立つのか・・・・・」


 ボルトン伯が宰相の言葉を受けて続くと、宰相は頷いた。打ちひしがれたように肩を落とすアルフォンス卿。これまで見たことがないアルフォンス卿だ。


「申し訳ございません」


「もうよい。終わったことだ」


 アルフォンス卿を宰相は一瞥した。宰相が苛立った声質を聞くに、これは叱責と言った方がいいのかもしれない。親子が同じ職場で主従の立場ならば、親の方が圧倒的に強いのは当然か。その親の立場である宰相閣下が、俺の方を見た。


「そこでだ。クリスティーナを私のもとに連れてきてはくれぬか」


「!!!!!」


 またこれは難しい話を! その為に俺を学園長室に呼び出したというのか。困ったものだ、そう思って宰相を見ると脳裏に一つの案が閃いた。頑ななクリスを呼び出すには、俺が行くよりこちらの方が確実。早速、閃いた策を宰相に提案した。


「閣下。僭越ですが私めよりもメアリー殿を遣わされた方が確実なのではないかと思われます」


 これには宰相も後ろに控えるメアリーと、従者であるフィーゼラー父もハッとした表情になった。そうなのだ。クリスの母セイラの侍女を長らく務め、母とも慕うメアリーが出向いたならば、必ずやクリスは従うはず。自分で言うのもなんだが、この方法に勝る妙手はないだろう。

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