362 要人警護

 『常在戦場』の屯所でグレックナーら幹部らと、ドーベルウィン伯からの依頼である要人警護について協議をしていた。ところが長年鎖国状態にあるノルデンに住む者にとって外交は未知の領域。警護の意味について理解が曖昧であったので、俺が知っている情報を話し、会合に出席していた面々と意識の共有化を図ったのである。


「その話を聞くに、ここトラニアスが交渉の場となれば、警護は必要」


「今の王都警備隊や近衛騎士団では足りないでしょうなぁ」


 事務長のスロベニアルトの言葉に、ルタードエが続く。事務総長のディーキンが腕組みをして言った。


「このような国の大事とならば、我らも軽々な判断をしかねますなぁ」


「しかしそれでは団長閣下、いやドーベルウィン伯閣下にどのような返事をすればいいのか」


 ディーキンの話にフレミングが問いかけた。考えてみればフレミングも近衛騎士団出身。グレックナーと共にドーベルウィン伯の麾下きかに入っていた訳で、無碍な回答を避けたいという心理が働いたのだろう。そのグレックナーの方はといえば、目を瞑って腕組みをしたまま、皆の話を静かに聞いているだけである。


「・・・・・ここは一つ、ドーベルウィン伯と一席を設けられては」


「一席?」


「はい。ドーベルウィン伯とおカシラと団長で。いかがでしょうか」


 スロベニアルトの提案にグレックナーの目が開いた。


「おカシラ。その線、いかがでしょうか」


「俺は構わないよ」


「皆はどうだ」


 グレックナーの声に全員が頷く。誰も異論はないようだ。


「おカシラ。すまねぇが、団長閣下と会って話を決めましょう」


「ああ、そうしようか」


 ドーベルウィン伯からの要人警護の依頼については、俺とグレックナーがドーベルウィン伯と会合を持ち、そこで『常在戦場』の対応を決めることとなった。これで要人警護の話はひとまず終わり。そう思ってホッとしていると、ディーキンが改めて俺の方を見た。


「おカシラ。『常在戦場』の編制も大幅に変わりましたのでご報告を」


 俺は頷く。確かこの前聞いた話では六番、七番、十一番、十二番という四つの警備隊が編成されて、そのうち六番と十二番の二個警備隊がムファスタ支部に組み入れられるとか言っていたな。また色々と変わっているのか。


「新たにムファスタに八番警備隊が編成され、先日ムファスタに派遣されました六番警備隊と十二番警備隊と合わせ、三個警備隊がムファスタ支部の傘下に入りました」


 ムファスタで編成された八番警備隊の隊長には、ルワンダ・アトナイジというムファスタの冒険者ギルド登録者がなったとの事である。以前よりジワードと歩調を合わせ、ムファスタの冒険者ギルドのメンバーを纏めていたらしい。グレックナーがムファスタに赴いた際、その人物を隊長にしようと心に決めていたと話した。


「またコーガンド兵営地に一番警備隊と五番警備隊が移動し、新造の七番警備隊と合して「警備団」を新たに編成。警備団長には一番警備隊長のフレミング殿が就任する事になりました」


 この警備団が駐在するコーガンド兵営地は屯所や営舎に比べ、王宮南にある「ディマリエ門」に最も近い。つまり万が一のことがあれば真っ先に駆けつける事ができる距離にあるということで、その重要な仕事をフレミングに担ってもらう形となったのである。一貫してグレックナーの片腕であったフレミングに相応しい地位と任だろう。


「フレミング。よろしく頼むぞ」


「おカシラの期待にお答えします」


 フレミングは頭を下げた。新たにフレミング麾下となる七番警備隊長のムチャード・カリントンは近衛騎士団の元分隊長。近衛騎士団側が『常在戦場』へ出向する団員を求めた際、真っ先に手を上げた内の一人であるという。その際、カリントンは近衛騎士団を辞して『常在戦場』に身を投じており、その心意気を買ったグレックナーが一隊を任せたとのこと。


 共に近衛騎士団出身ということで息は合うだろう。一方、新たに編成された警備隊の一つ、十一番警備隊は営舎への配属が決まった。隊長のハマール・スターリッジは元冒険者ギルド登録者で、同じく冒険者ギルド登録者出身の五番警備隊長ヤローカ・マキャリングに見出され、五番警備隊副隊長を務めていた人物。鬼軍曹的な手腕を買われての隊長就任となった。


「この度、屯所に十三番、営舎に十四番警備隊を新たに編成する運びとなりました」


「おカシラ。セシメルに十番警備隊が編成されました」


 ディーキンの話にグレックナーが続いた。つまり新たに二つの警備隊が編成されることになる一方、セシメルで編成予定だった警備隊が編成されたというのだな。


「これで残るはモンセルのみです」


 グレックナーに言われて皮肉めいたものを感じた。グレン・アルフォードが創出した自警団『常在戦場』の警備隊が、未だアルフォード商会の本拠で編成できていないという現実についてである。こんな事ならモンセルに戻ったロバートに、『常在戦場』モンセル支部の状況について調べるように頼めば良かった。そうすれば役に立ったかもしれない。


「どうしてモンセルの編成が遅れているのだ?」


「単純に隊士が集まりません」


 あ、そうか! それなら合点がいく。サルジニア公国と王都トラニアスを行き交う事で栄えている街モンセルは、商いが盛んであるが故に冒険者ギルドといった腕に覚えがある的な仕事が流行らない。結果として『常在戦場』が現地編成を行おうとしても、人が集まりにくい土壌がモンセルにはある。俺は一つ提案する事にした。


「ならば、王都で募集した隊士の中でモンセル出身の者を充てがえば良いのではないか」


「その手がありましたな」


「そのように手配しよう」


 俺の案にディーキンとグレックナーが賛同してくれた。これによってモンセルで編成予定の九番警護隊の立ち上げも早まるだろう。しかし『常在戦場』も急ピッチで整備が進んでいる。ゴーガイド兵営地に一番、五番、七番の三つの警備隊を合して新たに編成された警備団が、屯所には二番と編成予定の十三番警備隊がそれぞれ配される。


 そして『常在戦場』最大の拠点であるトラニアス郊外の営舎には、三番、四番という二つの警備隊に新造の十一番警備隊、そして新たに編成される十四番警備隊が配され、四個警備隊が置かれる事になる。つまり王都内には屯所に二個、兵営地に三個、営舎に四個と合わせて九個警備隊が置かれる事となり、従来に比べ倍近い規模となった。


 またムファスタにはジワードが支部長を務める『常在戦場』ムファスタ支部には六番、八番、十二番の三個警備隊が傘下に入り、一団が形成されており、レジドルナで万が一の事が起これば急行できる体制も作り上げられたのである。小麦暴騰のあおりを受け、不穏な空気があると言われる中、これほどの分厚く編成されると心強い。


 ――屯所での会合を終えた俺は、そのままケルメス大聖堂を訪問した。学園の外に出たことだし、冬休み中に来られなかった分、図書館の本を読むチャンスだと捉えたのである。が、先日車椅子ババアとの騒動を起こした俺が、そのまま図書館に入る事ができるはずもない。事務所を通るなりラシーナ枢機卿に捕まってしまい、事務所内の応接室に引きずり込まれた。


「先日は騒動を起こして申し訳ございません」


「いやいや。君の評判は大聖堂内でうなぎ登りだよ」


 はぁ? 意外過ぎる話に俺は一瞬、思考が止まった。どうしてうなぎ登りなのだ?


「以前から立ち振る舞いに皆が困っておってな。そこへ君がガツンとやったものだから、喝采しているのじゃよ」


「いや、そのようなつもりでは・・・・・」


 ラシーナ枢機卿は騒ぎに困惑しているどころか、喜んでいるようにすら見えた。固有名詞こそ出さないが、それほどあの車椅子ババアに手を焼いていたのだろう。


「地位もある御仁なのでな、やりようがなかったのじゃ。それを君は躊躇なくはたいた」


「よろしかったのですか?」


「よろしいも何も、皆歓迎しておるよ。文句を言うものは誰も居らぬ」


「相手方は・・・・・」


「全く。対抗できるだけの背後がある君だから、何も言ってくることができないのだよ」


 ラシーナ枢機卿は首を左右に振った。あの一件以来、俺が大聖堂に来ないので、もう顔を出してもらえないのかと心配していたらしい。これからも気兼ねなく来てくれたまえと上機嫌に立ち去っていった。予想外の反応に戸惑った俺だが、悪い反応ではなかったので良しとしよう。しかし、ラシーナ枢機卿の言葉、中々辛辣である。


 それほど車椅子ババア、イゼーナ伯爵夫人の態度について苦々しく思っていたのだろう。それはラシーナ枢機卿だけに留まらず、このケルメス大聖堂で働く人々や聖職者に至るまで共有されていたような話しぶりだった。だからニベルーテル枢機卿もとりなしてくれたのかもしれない。まぁ、これで良かったのだろう。そう結論付けて、図書館に入った。


 図書館の一番奥にある書架にたった俺は、この前来た時に見つける事ができなかった本、ケルメス宗派の創設者ジョゼッペ・ケルメスの著書を探した。以前見つけた蔵書目録に書かれていた事で、その存在が明らかになったケルメスが書いた本。まず見つかったのは『魔術の源泉』。ようやく見つかったので、期待して開いたのだが、その内容はイマイチ。


 というのもありきたりな現代魔法の分類についてや、魔法の進化過程が多くを占めている為だった。今のご時世、こんな本はいくらでもある。そう思ったのだが、発行された日付を見て、その考え方を改めた。むしろそれは逆で、この本をノルデン語訳した書籍群が後世に伝わったのだろう。つまりはケルメス本が種本という事になる。


 ただこの本には面白いことが書いてあって、魔法の平和利用の例として『転写魔法』を上げていたこと。複写機能は便利であると書かれており、コピー機が念頭にあるのだろう。また魔石を介して遠隔会話ができる『受送魔法』の研究についての記述など、電話からヒントを得たアイディアも記されているのは、ケルメスが転生者である証であろう。

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