312 おじさん談義
会場を見るとダンスが始まっていた。レティはカインと、アイリはドーベルウィンと踊っている。二組とも中々上手い。特に上手いのがアイリ。周りを見ても巧さが際立っている。素人が見ても分かるぐらいだ。アイリにこんな特技があったとは。俺は貴族だし、レティの方が踊れると思っていたのだが、実際は逆だった。
「ほぅ。サマになっているじゃないか」
「ああ。軸がブレていない」
ワイングラスを片手に我が子の姿を見る二人の壮年貴族。自分達の若い頃を思い出したのだろうか、ダンスを見ながら熱心に論評し合った。しかしアイリのダンスを見ていると、何故か心がモヤモヤする。最初から踊るつもりなんか無かったのに、どうしてだろうか。アイリの心が離れる訳でもないのにな。ドーベルウィン伯が小声で囁いてくる。
「こちらの方から十二人を出すことになった」
「もうですか?」
「志願者を募ったら十二人になったそうだ。来週にも向かう事になっているぞ」
早い。動きが本当に速い。それに近衛騎士団から『常在戦場』に移ろうと志願する者が十二人も出てくるなんて・・・・・
「近衛騎士団と『常在戦場』の人員交流の件も了承を貰ったそうだ」
「バッテラーニのヤツが大喜びしたって、内廷の連中から聞いた」
ドーベルウィン伯の話を聞いたスピアリット子爵がそう言った。明らかに見下した感じなのは、ワインが入っているからだろう。しかし二人共、流石は軍人。ボトル二本が瞬時に空となってしまった。グレックナーやフレミングもそうだが、軍人ってヤツは飲兵衛ばかりじゃないか。
「アルフォード殿には感謝しておるぞ。息子を正してもらい、家を正してもらい、今度は近衛騎士団だ。感謝しかない」
ドーベルウィン伯はグラスを置いて頭を下げた。貴族にそんな事をされても困る。俺は感謝の意を伝え、顔を上げてもらうように頼んだ。
「ドレット。我々とアルフォード殿はもう、そのような関係ではないではないか」
「そうです、そうです」
スピアリット子爵の言葉に顔を上げたアルフォード伯。酒が入っているからかもしれないが、嬉しそうである。俺の肩を何度も叩きながら言う。
「最近は実に楽しい。息子もしっかりしてきたし、近衛騎士団にも展望が見えた。こんな気持ちの良い事はない」
「いやはや。聞きしに勝るとはこの事。学生と話している感じがしない。同世代の者と話しているような感覚だ」
「全くだ。同じ世代の良き相談相手みたいだな」
二人はそう言い合うと大いに笑った。スピアリット子爵もドーベルウィン伯もけっこう溜まっていたのだろう。その気持ち俺も分かるぞ。現実世界で働いていたとき、いつもそうだったからな。二人が俺と同世代という感覚はもちろんで、実際の俺はドーベルウィン伯やスピアリット子爵よりも年上だからな。ただ彼らより父親らしくないってだけで。
「父上! 酒量が少し多いのでは!」
俺達三人で飲んでいたところ、低い声が割り込んできた。カインである。ダンスが終わって戻ってきたのだ。スピアリット子爵は大丈夫大丈夫、と言いながら立ち上がった。それに合わせてドーベルウィン伯も席を立つ。
「お嬢様方。我が息子と踊っていただいてありがたい。感謝しますぞ」
「私の方からも礼を申す」
父親としてアイリとレティに礼を述べるドーベルウィン伯とスピアリット子爵。二人はグラスを持つと、それぞれの息子の肩に腕を回して立ち去っていった。恐縮しながらも、その光景に呆気にとられるアイリとレティ。そんな二人に、俺はダンスで疲れているだろうと思い、着座を勧めた。アイリとレティはダンス前と同じ位置に座った。
「こんなに飲んだの!」
空いた三本のワインボトルを見て、レティが驚いている。俺じゃなくてドーベルウィン伯とスピアリット子爵だよと話すと、今度は短い時間にこれだけ飲んだの、と呆れ気味に言ってきた。
「お二方とも物凄くご機嫌だったわね」
「息子達が美人なお嬢様と踊ってくれたのが嬉しかったと仰っていたよ」
「お世辞を言っても何も出てきませんよーだ」
本当に話していた事を言っているだけなのに、どういう訳か悪態をつくレティ。アイリが聞いてくる。
「ダンスはどうでしたか?」
「すごく上手だったよ。でも何かモヤモヤした・・・・・」
「えっ! 妬けているの?」
そ、そうなのか! 妬けているからモヤモヤしているのか。レティからの指摘を受けてビックリした。
「だったら、もっと踊れば良かったぁ」
何故かアイリがそんな事を言い始める。どうした、アイリ?
「踊りたかったのか?」
「だって、踊ればグレンが妬けてくれるもの」
アイリが嬉しそうに言う。いや、すごく嬉しそうだ。理由は分からないが、その笑顔を見ていると妙に焦る。どうしてなんだ? レティが俺の方を見て笑う。
「アイリスが他の男子と踊るのを見るのがイヤなんでしょ」
「・・・・・そう、なるのかな・・・・・」
「そうに決まっているじゃない」
俺の懐疑をレティは決めつけた。確かに言われてみればイヤな気もする。見るまでは何とも思っていなかったが・・・・・ これが嫉妬というやつなのか。実にモヤモヤして、スッキリしない。このままズルズルとこの話になって、レティに弄くられるのはたまらないので、俺は話題を切り替えた。
「レティ、カインと踊ってどうだった?」
「どうだったって、上手だったわよ」
「そうじゃなくて、何かドキッとしたとか、ときめいたとかは無かったか?」
「無いわよ、そんなの」
一笑に付されてしまった。淡い期待は見事に打ち砕かれる。やはり脈はないのか。アイリの方を見ると、クスクスと笑っている。これまで以上に上機嫌だ。しかしアイリがこんなに喜ぶなんて思っても見なかった。
俺がガックリしていると、男女の言い合う声が聞こえてきたので、何事かと思い声が聞こえる方に視線をやる。するとそこには男女が向き合って、何やら言い合っていた。こちらから見えるのはアンドリュース侯爵令嬢カテリーナ。この世界にいる、もう一人の悪役令嬢だ。
クリスとカテリーナ、乙女ゲーム『エレノオーレ!』では二人の悪役令嬢がいる。カテリーナの腕は下ろしてこそいるものの、両手に拳を作っている。対する男の方は顔が見えない。そう言えばこのシチュエーション、確か前にも見たことがあるぞ。
「モーリス様! 私とは踊らずに、そのような者と・・・・・」
カテリーナの声が会場に響く。騒がしかった会場は静まり返った。やはりそうだ。相手の男はカテリーナの婚約者モーリス・アンソニー・ジェームズ・ウェストウィック。ウェストウィック公の嫡嗣。見ると横に女子生徒を帯同している。んんん? これは・・・・・
「そちが知らなくとも良いことではないか!」
「私はモーリス様と婚約しておりますのよ! 貴方、そこから離れなさい!」
「エレーヌには関係の無い事だ。そちに言われる筋合いはない!」
モーリスはエレーヌという女子生徒をギュッと引き寄せる。こ、これは・・・・・
「エレーヌよ、案ずることはない。そちの事は余が守る」
あああああ! これは『エレノオーレ!』での正嫡殿下アルフレッドのセリフまんまじゃないか! エレーヌという女子生徒のポジションは、アイリかレティ。そしてカテリーナの役回りは・・・・・ クリスだ! クリスの役回りをカテリーナが担っている!
婚約イベントそのものが破棄された結果、モブキャラながら高位貴族のモーリスに正嫡殿下アルフレッドの役割が充てがわれ、カテリーナにはクリスの役回りが割り当てられた、という訳だ。
恐るべし『世の
「モーリス様!」
「カテリーナよ。エレーヌの事は構うではない!」
「モーリス様!」
モーリスはカテリーナの制止を振り切り、エレーヌという女子生徒を脇に抱えつつ、従者を従えて会場の外に出ていった。その後をカテリーナが追う。もちろん二人の従者も帯同している。こんなところまで舞踊会イベントを踏襲しているとは・・・・・ 芸の細かさも乙女ゲーム『エレノオーレ!』の仕様なのだろう。
「あの女子生徒は・・・・・」
「エレーヌ・マルクリッド・ポーランジェ。ポーランジェ男爵家の息女よ」
無表情のレティが教えてくれた。そうか、男の方が王族から一つ落ちて公爵家なものだから、子爵家の息女であるレティの代わりに男爵家のエレーヌで格を合わせるという話か。エレノ製作者はどこまでも芸が細かい。わざわざそんなところまで呪縛しなくともいいのにな。
「これが『世の
「グレン・・・・・」
アイリが心配そうな表情を向けてきた。そうだもんな、アイリには何回もこの『世の
「『世の
俺がそう言うとアイリは微妙な表情となった。定めは決して変わらない。そして異物である俺は物語から立ち去るべきである。もしかすると俺がこれまで言ってきた事が頭によぎっているのかもしれない。一方、レティの方は無表情を貫いている。俺達のテーブルも会場も微妙な空気となる中、聞き覚えのある男子の声が会場に響いた。
「アルフォード、アルフォードよ。こちらに来てくれ」
ん、と思って聞き覚えのある声の発信元を見ると・・・・・ やっぱり殿下だった。正嫡殿下アルフレッドが俺を呼んだのだ。アイリやクリスと顔を合わせたが、殿下に呼ばれた以上、出ていくしかない。俺は殿下の元へと向かった。すると殿下の近くにピアノがある。え、これは・・・・・ 突然の展開に俺は固まった。
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