311 学園舞踊会

 学園舞踊会に参加する俺の服が学園服だったので、フレディと一緒にいたリディアが「踊らない」のかと不満げに言ってきた。俺はダンスの授業を受けたことがないので、踊ろうにも踊りようがない。だからリディアにはありのままに伝えた。


「踊らないよ。授業に出ていないからな」


「そうなんだ・・・・・」


 何故か残念そうなリディア。今日のリディアは白と淡いピンクの配色がキレイなドレス姿。リディアの赤毛の髪とよく似合う。


「今日はフレディと踊る日なんだから、目一杯踊らなきゃ」


 そう言うと、リディアは少し恥ずかしそうに頷く。フレディの方を見ると、照れているのか顔が真っ赤だ。なんだか新米夫婦のような感じだ。俺と佳奈もこうだったのかな。学園事務局処長ラジェスタが宣言する。


「これより学園舞踊会を始めます。学園長代行閣下より御言葉を賜ります」


 その声を受け、学園長代行のボルトン伯が壇上に上がる。ボルトン伯は明日から冬休みに入ることを告げた上、一年の締めとしてこの学園舞踊会を楽しんで欲しいという、非常に簡潔なメッセージを述べると、すぐさま引き下がった。この間三十秒程度か。少しでも舞踊会を楽しんで欲しいというボルトン伯なりの配慮だろう。


「続いて、王立アカデミーより学園生徒へ「学術恩賜賞」が授与されます」


 「学術恩賜賞」ってなんだ? そう思っていたら、ラジェスタがアーサーとスクロードの名前をフルネームで呼んだ。名を呼ばれて壇上に上がる二人。


「アーサー・レジエール・ボルトン。マーロン・デルーサ・スクロード。貴殿らは「商人剣術の研究」を行い、我が国の智に貢献した。よって王立アカデミーは貴殿らに「学術恩賜賞」を授与する」


 夏休みの前後にやっていた商人剣術の研究か! あれがまさか王立アカデミーのようなところで評価されるなんて。これでアーサーやスクロードが熱心に取り組んでいた労も報われたな。アカデミーの代表者から賞状と勲章を受け取った二人に対し、会場からは大きな拍手が送られた。


 学園舞踊会。ダンスとは言うものの、音楽がない状態での踊り。全く信じがたい話だが、皆それで踊っている。現実世界で言ったら、手拍子だけで盆踊りを踊るようなものか。音楽がなければ踊れない、ということはないのだろうが、限りなく味気がない。


 踊り方としては泊者はくしゃという泊を取る者が杖をついて泊を打ち、それに合わせて皆が踊るという形。踊りは普通の社交ダンス。それでも皆楽しそうに踊っている。まぁ、楽しければそれでいいんじゃないか。会場の端にあるテーブルに陣取り、一人ワインをチビチビとやっていた。そこにやってきたのはドレス姿のアイリとレティの二人。


「二人共、綺麗じゃないか」


 アイリロイヤルブルーに白のアクセントのドレス。さすがはアイリ。輝くようなプラチナブロンドの髪と、ドレスのコーティネートは抜群だ。対するレティは淡いアップルグリーンのドレス。エメラルドの瞳を持つ長身のレティとよく似合っている。俺の言葉に、アイリは嬉しそうに笑ってくれたが、レティは違う。


「お世辞を言っても何も出てこないわよ。いきなり一人でワインなんか飲んで。で、どうして学園服なの?」


 どうして君はそうなんだ。俺はレティに向かって、ワイン片手に理由を話した。


「だってダンス踊ったことないからさ」


「授業あったでしょ」


「全部パスだ」


「まぁ!」


 俺の返答にレティが呆れてしまったようだ。隣にいるアイリも同じのようである。俺は二人に着座を勧めた。


「グレンと踊りたかったなぁ」


「ごめんな、アイリ。最初から踊るつもりがなくて」


 アイリは首を横に振ったが、少し寂しそうだ。これは申し訳ない事をしてしまったな。アイリが実家に帰る前に一曲二曲伴奏し、歌の付き合いをして、この埋め合わせをしておこう。


「もう踊ったのか?」


「ええ、三回ほど」


「私は二回です」


 レティとアイリは踊ったので、休むもうとこちらの方にやってきてくれたようである。三人でテーブルを囲み、いつものようにあれこれ話していると、レティが言ってきた。


「雑誌の話を聞いたわ」


 アイリが話したのか。まぁ、襲爵式を利用したと書いてあったらから、レティも当該といえば当該。しかし、明日には子爵領へと帰るというのに、この話。あまりいい気分ではないだろう。


「リサさんから話があったの。こんなデマを流されているから、協力してって」


 リサか! まぁ、アイリが話す訳もないか。嫌な話を進んで言うような子じゃないからな、アイリは。しかし協力って。


「独占取材に答えて欲しいって。分かったわ、と言ったから」


「いいのか?」


「ええ。あれだけ協力してもらっているのよ。当然じゃない」


 淡々と言うレティを見て、なんだか申し訳ない気持ちになった。しかしリサはもう手立てを打っているのか。年明けに話をすることになっているらしい。既にリサにはスケジューリングが出来ているのだろう。全く恐ろしいヤツだな、リサは。


「デマに対抗する為に雑誌を作るなんて、流石はアルフォードよね」


「私もビックリしました」


 二人が話しているのを聞いていると視線を感じた。その方向を見るとクリスだった。二人の従者トーマスとシャロンもいる。クリスが赤、シャロンは群青のドレスだ。一方のトーマスは騎士服。トーマスとシャロンはもう踊ったのかな。皆こちらからは遠いところにいるのだが、何故かクリスの視線が矢のように俺の顔に刺さっているのが分かる。


 もしかして嫉妬しているのか、クリスは。いやいや、こんな場所で俺とクリスが一緒のテーブルに座って、仲良く歓談なんかしていたらマズイだろ。それでなくても襲爵式や臣従儀礼でその近さが知られつつあるんだ。


 そんな状況で一緒にいたら、一体何を言われるか分からないじゃないか。しかし、そのような状況になったとして、周りの視線に困りはするだろうが嫌な気分じゃない。それどころか、仮になったと考えると、何故か嬉しい部分がある。今までにない不思議な気持ちだ。


「ねぇねぇ。リサさんは何をするつもり?」


「挟み撃ちにするそうですよ」


「挟み撃ちぃ?」


 アイリから聞いた話が以外だったのか、神経の図太いレティが珍しく拍子が抜けた声を上げた。


「潰れかけの出版社を買って、それとは別にリサ達が出版社を作る」


「つまり、二つの出版社で挟み撃ちって訳ね。やっぱり考えることが違うわ」


 俺が話すとレティが感心している。まぁ、一社じゃなくて、二社を使うというのが以外なところなのだろう。


「でも、それでどうやってデマをひっくり返すつもりなの?」


「それは俺にも分からない。リサが考えている事だからな。ただ、明らかなデマだってことは示しておかないと」


 アイリもレティも頷いた。まずは『翻訳蒟蒻こんにゃく』の記事がデマであることを示すことが大切。その為の第一歩が第三民明社の買収であり、タウン誌出版社の設立なのである。二人とあれこれ話していると、二人の壮年貴族が俺達に近づいてきた。ドーベルウィン伯とスピアリット子爵だ。俺達は椅子から立ち上がって挨拶をする。


「アルフォード殿。お楽しみのところ済まないな」


「お嬢様方も申し訳ない」


 ドーベルウィン伯とスピアリット子爵が頭を下げた。が、スピアリット子爵の方を見るに、どこか口説いているような雰囲気がある。硬骨漢なドーベルウィン伯と、軟派な優男といった感じのスピアリット子爵とのコントラストがよく出ている光景。スピアリット子爵が先程と同じ調子で、アイリとレティに声をかける。


「お嬢様方。もし宜しければ、我々の息子達と踊っては頂けませぬか」


「是非とも、お願いしたい」


 スピアリット子爵が甘く囁くように言うのとは対照的に、直線的な物言いで頼み込むドーベルウィン伯。この二人、同級生なんだよなぁ。もしかして学生だった時からこうだったのか。ドーベルウィン伯とスピアリット子爵という二人の貴族に押される形となったアイリとレティは、ただただ承諾するしかなかった。


 二人が了解すると、ドーベルウィン伯とスピアリット子爵はそれぞれ息子を呼んだ。カインとドーベルウィンが気恥ずかしそうにテーブルに近づいてくる。


「カイン。お嬢様方が踊っていただけるそうだ。しっかり踊れよ」


「ジェムズ。これも貴族の嗜みだ。お嬢様方に失礼のないようにな」


 尻込みしている息子らの背中を強力に押す二人の父親。俺、祐介にこんな事したことないぞ。親だったらこれぐらいの事まで、やってやらなきゃいけないのか。やはり俺は親失格だ。しかし、レティをカインにくっつけようと考えていたところだったので、これは天佑かもしれない。確かゲームでも攻略対象者と踊れば親密度が上がるはず。


 ドーベルウィンはモブだが、カインはれっきとした攻略対象者。レティとカインが踊ればそこから二人の間に進展がある可能性がある。アイリは完全否定していたが、諦めたらそれで終わってしまう。ここは一つ期待してみよう。ドーベルウィン伯とスピアリット子爵は自分達の息子とアイリ、レティを送り出すと、二人が座っていた席にどっかと座った。


「アルフォード殿。綺麗なお嬢様を二人も抱えてしまわれたら、他の生徒が困るじゃないか」


 いやいやいや。俺は二人を抱え込んだ覚えはないぞ。アイリとはお付き合いしている形だが、レティとは何の関係もない。スピアリット子爵は何か羨ましそうに言ったが、それはすごい勘違いである。


「『サヴォーレ・デハズ・ディブローシャー』か。これは学生が飲む酒じゃないな」


 ドーベルウィン伯は銘柄を見て、呆れ気味に言った。おいおい、おじさん二人で学生に絡んでどうするんだよ。その姿を見た給仕が慌てて駆けつけ、ワイングラスを持ってきた。そして給仕は、グラスに『サヴォーレ・デハズ・ディブローシャー』を注いで、二人の貴族に回す。共にゆっくりと、そして一気に飲み干した。スピアリット子爵はごきげんだ。


「いやぁ、旨いなぁ。こんな上物、学生の時には呑めなかったぞ」


「私が仕入れていますので」


「どこまでも驚かせるな、アルフォード殿は。こんなところで、こんなモノワインを普通に飲むなんて」


 ボトルの銘柄を見て呟くドーベルウィン伯。やはりこの人は、スピアリット子爵と違って慇懃実直、真面目である。俺もおじさんなので二人とは話が合う。酒呑みのおじさん三人がワインを飲みながらあれこれと話していたら、既にダンスが始まっていた。

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