310 ペンにはペンで
月刊誌『翻訳
「失礼ですが、すぐに浸透する根拠を」
『常在戦場』の調査本部長であるトマールは、リサに疑問を呈した。トマール自身情報屋であり、情報の広がり具合であるとか、広がり方については職業柄よく知る立場にいる。そのトマールから見て、リサの話は楽観的に見えたのだろう。
「だって皆が欲しい情報をタダで配るのですもの。それも毎週ね。だからあっという間に広がるわ」
「!!!!!」
リサのプランに皆がビックリしてしまっている。雑誌をタダで配る。しかも毎週発行。いずれも今のエレノ世界にない発想。有料の月刊誌しかないこの世界にとっては、まさに常識を覆す破天荒な案だった。しかし現実世界では、かつて駅前などに置かれていた求人情報誌やクーポン雑誌ように、その手の雑誌はいくらでもある。
「王都のお店や、流行。新製品を紹介するの。その雑誌に時事ネタのコラムを作っておくのよ」
「そこで反論記事を書く!」
カラクリに気付いたディーキンが声を上げた。感情の起伏を表に出すことが少ないディーキンがリサの発想に唸っている。余程インパクトがあったのだろう。アイリがリサに尋ねる。
「その雑誌はどこで手に入るのですか?」
「繁華街のお店の中よ。お店で配ってもらうの」
「学園や学院ではいけませんか?」
その言葉にリサがハッとした。
「アイリスさん、その考え凄くいいと思う。大切なのは一人でも多くの人が情報を知ることなの。学園や学院だったら、一箇所に置くだけで一気に広まるわ。情報の伝搬が早ければ早いほどいいから」
「でしたら馬車の中や、飲み屋の中でもいいのですよね」
「そうそう。大正解よ。置くところが増えれば増えるほど、皆が知る機会が増えるから」
リサとアイリのやり取りを聞いていたルタードエの提案に、リサは大きく頷いた。情報は伝搬力。伝搬力が強ければ強いほど、発信元の力は増す。力が増せばデマを潰す力も増すということだ。リサは最短距離でデマを討とうとしている。話が盛り上がっている中、トマールが不安そうな表情をして聞いてきた。
「しかし、それだけの情報を毎週、しかも無料で配布するなんて・・・・・ 工作費用はどこから・・・・・」
「お店から貰えばいいのよ。今までとは比べ物にならない宣伝力だから、店側はいくらでもお金を出すわ」
「おおおおお!!!!!」
タウン誌か。リサからの回答に我が意を得たのか、トマールが興奮している。街中にタダで配布して、雑誌内の広告収入で稼ぐ。そこにゴシップネタを載せて大衆の興味を引いて部数を伸ばし、雑誌媒体の価値自体を高めて更なる収入増を目指すという戦力だな、リサは。
幸い繁華街の店の多数はジェドラ商会と取引関係にある。雑誌に載せるべき情報やコンテンツなどは、こちら側にいくらでもあるではないか。ウィルゴットとリサが組めば、宣伝したいお店などいくらでも見つけられるだろう。
「それならいけます。絶対に上手くいきますよ」
話を聞いて確信したのだろう。これまで一貫して慎重だったトマールが、俄然元気になってきた。ルカナンスがリサに対して、遠慮がちに聞いてくる。
「失礼ですが、ネタが無くなった場合には・・・・・」
「皆さんの事を一人ひとり紹介すればいいじゃないですか。五百人紹介すれば、十年は戦えます」
「えええええ!!!!!」
これには皆が仰け反ってしまった。要はタダだから何でもネタにしておけばいい、というのがリサの考えなのだろう。
「なんだったら、毎週『翻訳蒟蒻』の記事を検証しておけばいいのです。ネタは相手がいくらでも提供してくれます」
それで足りなければ都度都度「号外」を出していけばいい。リサは涼しげに言ってのけた。要は相手のエネルギーをどんどん取り込み、こちらのものにしていく。そうしながら大衆をこちら側に惹きつけて『翻訳蒟蒻』と対抗しようと考えているのだ。ペンにはペンで、言論には言論で対抗する。リサにはキッチリとした闘いのデザインがあったのである。
「しかし、それだけで相手が折れてくるでしょうか?」
「そうねぇ」
リンドの素朴な質問に、リサはため息をついた。
「もう一つ出版社があれば楽しいのだけれど・・・・・」
「ありますよ」
「あるの!?」
これにはリサがギョッとした。ディーキンが言うには潰れかけの出版社があるとの事。しかし街の情報屋、色々な事を知っているなぁ。トラニアスには『翻訳蒟蒻』のような大衆向け月刊誌を出しているところが三つあり、そのうちの一つだそうだ。
「ウチには関係がない話と思っていましたが・・・・・」
「どんな出版社なんだ?」
「第三民明社といいまして老舗なんですが、最近はノルデン報知結社に押されてしまって」
第三民明社? もしかして、かの『商人秘術大全』を出版した民明書房と関係があるのか? 話によると第三民明社は専門書と月刊誌を発刊する出版社なのだが、最近は『翻訳蒟蒻』などといった他社に押されて、主力事業である月刊誌の『
会社がダメになると売りに出されるのは現実世界もエレノ世界も同じか。俺は自分の会社、マックストレードネオの事を思い出す。元々、三東商行という会社だったのだが、買収されて独立商社系子会社となって、親会社からの出向者、すなわち落武者収容所として機能しているのが現状である。
「その出版社、買えますか?」
リサは目を輝かせた。どうしてそこまでとルカナンスに問われたので、リサは解説する。まずA社が『翻訳蒟蒻』の記事を書く。それをもってB社が『翻訳蒟蒻』に取材をしにいって、記事を書き、それを見てA社が反論。A社とB社が当事者を放置した上で『翻訳蒟蒻』の事について、あれこれと揶揄し続ける事ができると説明した。それって・・・・・
「マッチポンプじゃん」
「失礼ね。相手も文句があるなら紙面で書けばいいのよ。ペンにはペンで応じればいいだけなのだから。まぁ、できればだけどね」
俺の指摘に、あっけらかんとして答えるリサ。全ての情報を持った上、二つの出版社を使ったやり取りで主導権を完全に握り、相手の手足を縛りながら自由にすればいいなんて・・・・・ 絶対に敵に回したくないな、リサは。
「そんな手を! でしたらその出版社を・・・・・」
「直ぐに押さえてくれないか」
ディーキンに事を頼むと、リサが言う。
「働いている人は全員残ってもらって。ノウハウがあるのだから、即戦力よ」
既にあるものを活用する術。新たに作るよりも早いという訳だ。リサはその上で第三民明社に一つの提案をするように求めた。月刊誌『
「どうしても誌面を埋められないなら、既にある書籍を小出しに載せて水増しすればいいの。人も増やさず、ネタも増やさず発行のペースを上げることができるわ」
発行のペースを上げる事が何よりも重要だとリサは力説した。相手が一つの月刊誌を出している間に、こちらは週刊誌四冊、隔週誌二冊の合計六冊が出せる。一対六なら数の上ではこちらが圧勝だ、と。
また隔週誌とすることで収入を増やす見込みが立つので、第三民明社の経営危機を脱出できるだろうとの見通しを示した。これには皆言葉も出なかったが、アルフォードが最も得意とする分野だから当たり前の話である。
話の大枠が決まると話は一気に進む。無料で発刊する週刊誌はリサの指導の元、トマールが中心にとなり出版社を設立すること。第三民明社はディーキンの主導で買収し、俺が面倒を見ることが決まった。暮れも半月を切っているのだが、本年中に週刊誌を発刊することを目指すと、リサは軒昂だ。俺達は『翻訳蒟蒻』のデマに対抗すべく、動き始めた。
――今日は学園最終日、学園舞踊会の日である。舞踊会ということだからだろう。男子生徒も女子生徒も皆着飾っている。この舞踊会では身分によるドレスコードがないため、女子生徒は総じてドレスだ。先日クリスが学園で主宰した学園試着会で多くの生徒がドレスを買ったということなので、この日の為に用意をしたのであろう。
対する男子生徒は貴族服か騎士服、あるい準礼装とバラバラだ。準礼装とは地主階級や神官階級の者が一般的な式典に参加する際に着る服のこと。ドレスコードこそないものの、女子生徒のように試着会などがなかったことや、男子生徒の服への興味が女子のようにない事が原因だろう。
「グレン。どうして学園服なんだ?」
準礼装を着たフレディが声を掛けてきた。そうなのである。皆がキチンとした服を着る中、俺は学園服を着ている。
「踊らないの?」
フレディの横にいるリディアが不満そうに聞いてくる。踊るつもりがないからこの服なんだよ。まぁ、学園舞踊会の会場を見渡しても、学園服姿なのは俺だけなので、当然ながら一人だけ浮いている。まぁ本来、商人が入ってくる学園じゃないんだから仕方がない。
好奇の視線に晒されるのも定めだと思って受け入れるしかないだろう。今更、この芸風は変えられないし変えようとも思わない。ダンスは貴族の嗜みの一つということで、学園の生徒は皆ダンスの授業を受けている。が、俺は全く受けていない。
というのも俺は貴族じゃないし、ハナから踊るつもりもなかったので、ダンスの授業を受けなかったのだ。どうせ帰る身なのだから、必要最小限の事しか学ばないようにしている訳で、今日は学園服を着ているというのがその結論。踊らない事を外に示しているのだ。
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