209 打つべき手立て

 フェレット=トゥーリッド枢軸を中心とする商会と、アウストラリス公ら有力貴族が手を結び立ち上げようとする『貴族ファンド』。こちら側に対抗すべく『金融ギルド』の出資金を越える規模で立ち上げてくるだろうとザルツは言う。ザルツの見立てでは、その額三〇〇〇億ラント。この『貴族ファンド』に対し、我が方はどう出るべきか。


「ここはやはりカネを積むしかないか」


「『金融ギルド』にどれくらい積み上げるべきかですね」


 ジェドラ父と若旦那ファーナスが顔を突き合わせている。当然だ。相手が三〇〇〇億ラントを積むという事ならば、こちらはそれ以上のカネを積むべきである。


「相手が三〇〇〇億ならば、こちらは三五〇〇億か」


「しかし相手がそれを予見して、更に上積みしてくる可能性も」


「ならば突き放すなら・・・・・ 四〇〇〇億・・・・・」


 ジェドラ父とファーナスが『金融ギルド』の出資金の増額についての話。相手がこちらが増額してくるのを見越して来るのは間違いないだろう。こちらは最低限、その上を行かねばならない。だから四〇〇〇億ではなくて、五〇〇〇億ラントだ。一、三の次は「五」。その次は「十」。これは数字の基本中の基本。だから「五」〇〇〇億、一択。


 だが『金融ギルド』の出資金を五〇〇〇億にするためには、ほぼ半分、二四〇〇億ラントの出資をしなければならない。いよいよ俺が持っている虎の子の資金を出すべき時が来たようだ。よし、腹を括ろう。ここは力ずくで『金融ギルド』の出資金を五〇〇〇億ラントとし、フェレットにマウントしてやる。そう思っていると、ザルツがシアーズに何かを聞いている。


「シアーズさん。『金融ギルド』の預貸よたい率は?」


 なに? その預貸よたい率って?


「今現在八五%程度ですな」


「ならば出資金が積み増しされたら」


「預貸率が落ちるでしょうなぁ」


「どうしてですか?」


「今、賃借需要が急拡大する訳でもないので、出資金を積んだだけではカネがダブつくだけの話・・・・・」


 ・・・・・ザルツとシアーズのやり取りに皆沈黙してしまった。もちろん俺もだ。預貸率とは貸出額を出資額で割ったもの。この率が高ければ『金融ギルド』の資金の回転が良く、低ければ効率が落ちるとシアーズから説明があった。効率が落ちれば配当も減る。そうすると出資している商会やギルドのモチベーションにも影響を及ぼすとシアーズは言う。


「カネを積んでも相応の貸出額の目星をつけていないと足元がグラつくという事だ」


「貸出先のアテがないのに特定の業者が出資金を積んだら、配当がガクッと落ちますからね」


 ワロスは配当が減る仕組みを説明してくれた。二〇〇〇億の出資金のうち八割を貸し出せば一六〇〇億。利率一割ならば一六〇億の利子が払われる。これを出資比率に応じて配当しているのが今のやり方。一割の出資ならば一六億受け取るという計算。


 ところが我々が出資金を一〇〇〇億積み増して三〇〇〇億とした場合、従来一割の出資していた者は六分六厘の出資率に落ち、貸出額が同じ一六〇〇億ならば、受け取る配当は一〇七億と半減してしまうというのである。ワロスの話を受け、ザルツは言った。


「減った配当は、出資した我々に戻ってくる。これは出資比率で配当するという基本原則に沿った結果。しかし出資していない者から見たとき、配当が急に半分となれば不満や不信が渦巻く事になるだろう」


 『金融ギルド』の設立時、配当は月単位で行う事や出資金比率に応じて配当する事が定められた。また、このときに配当原資はその月に支払われた利子分に基づく事も決められており、先程の預貸率が上がらなければ、配当が増えない仕組みだ。『金融ギルド』の出資金は銀行への貯金とは異なり、預ければ決まった利息が付くというものではない。


「逆に言ったら、配当額を維持するには預貸率を維持しなければいけないって事ですわ。一〇〇〇億ラントの出資額を新たに積むなら、八五〇億ラントの貸出先を確保しておかないと、今の預貸率が維持できず配当額が維持できないって計算になりますんでね」


 ワロスはそう話した。個室は静まり返る。誰も何も言えなかった。正直、俺も言葉が出ない。相手より多くのカネを積めばいいと単純に思っていたが、そんな生易しいものではないという事実を突きつけられた。実に厳しい。やはり俺は社畜。単眼でしか物が見られていない。ザルツのような視点に欠けているのだ。やはり俺は経営者向きじゃないよな。


「カネを積んで、相手のハナをへし折るという手は使えないのか」


 ジェドラ父が悔しそうだ。前回の『金融ギルド』創設の時には二〇〇〇億ラント以上のカネを積んで、フェレットの戦意を挫いた。ところが今回は相手の動きを把握できているのにその手が使えない。その悔しさ、俺にはよく分かる。


「今は出資金を積む時ではない、という話だ」


「そういう事ですな」


 ザルツの言葉にシアーズが同調した。ある面、ジェドラ父よりフェレットに対抗心を燃やすシアーズが同意したということは、巨額出資金の貸出先をすぐに見つけることが難しいということか。


「今現在『投資ギルド』に三〇〇億ラントを引き受けてもらっている状況。新たな需要が起こらぬ限り、貸出が増えぬでしょうなぁ」


 シアーズが『金融ギルド』の内情を話してくれた。貸出先の一割強が身内の『投資ギルド』では、新たな出資金を消費する先がない、というのはよく分かる。これでは増資する事なんて出来ない。こういった話を聞くと納得できる反面、自分の無知さ加減を痛感させられる。


「では出資金を積む必要はもうないと」


「いや。それとこれとは話は別。近い将来、必ず出資金を積まなければならぬ状況が生まれるはず」


 ウィルゴットの言葉をザルツは否定した。逆に出資金を新たに積む機会が訪れるという。つまり出資金は積まなければならないが、今はその時ではない、ということか?


「小麦相場の上昇に伴い、小麦を手に入れる為、多くの人がカネを借りる状況が生まれてくると・・・・・」


 皆、発言したワロスを見た。全くその通り。小麦価格が上がれば買えぬ者も出てくる。その時、買えぬ者は・・・・・ カネを借りに来る。


「その時には金貸し屋が『金融ギルド』のカネを借りに来るはず。金貸し屋だって需要の急増には対応できないですから」


「ここは『貴族ファンド』では対応できない部分。あれはあくまで貴族向けであって、平民向けではない。こちらはどちらかと言えば平民に繋がる者に向けて融資している」


 ワロスとシアーズ。二人の元金貸し屋は本業ということもあって、金貸しというものの特性をよく理解している。つまり出資金を積む時というのは、その時だと。逆に言えば、今はその時ではない、と言うことか。ザルツは口を開いた。


「だから土俵の違う『貴族ファンド』と、出資金の額で張り合う意味がないと思ったのだよ、私は」


「・・・・・では、『貴族ファンド』の動きを黙って見ろと・・・・・」


 若旦那ファーナスが問う。ザルツは首を横に振った。


「嫌がらせくらいはしてもいいだろう。足止めにはなる」


 嫌がらせ? 足止め? 一体何を考えている、ザルツ。


「ほぅ。アルファードさん、それはどのような?」


「私がフェレットだとして、用意した巨額資金の運用利益が二十八%という額面利率のみという状況に納得できるのかと」


 ジェドラ父からの問いかけに、答えになっているのかいないのか、よく分からない話をするザルツ。しかしザルツの言うように、あの強欲ガリバーが額面利率で納得できるとは、とてもではないが思えない。


「できませんな、絶対に」


「カジノで五割以上をハネなきゃ満足できない連中が我慢なんて無理ですって」


 シアーズとワロスが声を上げた。そうなのだ。シアーズやワロスはフェレット独占の為に歓楽街から事実上締め出されてきた訳で、フェレットの本質をこの中では一番理解できている部類の人間。その二人が言うのだから間違いはない。


「モンセルからの馬車に乗って考えたのですが・・・・・ フェレットの狙いは担保を取ることではないかと」


「担保ぉ!」


 真っ先にシアーズが反応する。ザルツは続けた。


「貴族向けの融資で担保を取らないのは不文律。ところがそれを禁ずる法はない。ですから貴族に巨額の融資を行う代わりに担保、例えば農地、例えば徴税権、例えば商取引、例えば森林・・・・・ 例えば鉱山であるとか」


「鉱山!」


 ワロスが叫んだ。


「採掘権も何も、土地から根こそぎ行くって寸法か。フェレットなら・・・・・ やりかねない」


 ワロスは危機感を露わにした。鉱山はワロス、いや『投資ギルド』の生命線。ここを根こそぎ奪われては『投資ギルド』の入る余地は一ミリもなくなってしまう。危機感を持つのは当たり前だ。


「商取引自体を担保にされた場合、貴族がカネを払えなければ、領内における商取引の裁量権は全てフェレットに委ねられますな」


「それではフェレットに尻尾を振っていない商会は根こそぎ締め出されてしまう」


 ジェドラ父の分析から結論を導き出す若旦那ファーナス。我々は商いをする業者に卸す仕事を生業にしている者。それが卸先と手を切る事を条件に商いを認めると、フェレットから迫られたらどうなるか? 間違いなくフェレットの条件を飲み、我々を切るだろう。生きていくためには、そうする以外に途はないのだから。シアーズはザルツに聞いた。


「それでアルフォード殿の手は」


「フェレットが担保を取ることを阻止する」


「どのように?」


「法律で禁止する。「貴族の権利を守る法」を作って」


「なんと! 不文律を明文化すると言うのか!」


 シアーズが驚いている。確かにそうだ。ボルトン伯の債務だって、抵当に入っていたものなんか全く無かった。貴族にカネを貸す際に担保を取らない。これは貴族優位のエレノ世界では常識。その常識をザルツは明文化しようというのである。


「十分あり得る事だ。「王都ギルドに他都市の商会を加入させてはならないという規約はない」と言ってトゥーリッドを加入させたフェレットだ。フェレットは明文化されていなかったら、何だってする」


 ジェドラ父は言いきった。慣習や慣例を無視してグレーゾーンのキワを狙ってくる。それがフェレットだと。ザルツは声のトーンを下げる。


「『貴族ファンド』には多くの有力貴族が名を連ねているという。その彼らと融資に際して担保を取るという交換条件を結んでいたとしても驚くことではない」


 思い出した。ハンナの実家ブラント子爵家が所属派閥ランドレス派によって食い物にされていた事を。大貴族の思惑と大商会の思惑が一致し、その見返りに他の貴族が売り飛ばされる。本質的にはブラント子爵の件と同じだ。問題は大貴族、おそらくはアウストラリス公だろうが、その思惑とは何か、他の貴族を売り飛ばしてでも得る利益とは何か、という事だが。


「つまりは大貴族が小貴族を売る、と」


 ファーナスの言葉に反論するものは誰もいなかった。そんな貴族を擁護する人種なぞここにはいない。シアーズが尋ねる。


「で、その法律を作る者は・・・・・」


「もちろん、グレン・アルフォードだ」


 えええええ! 俺? なんで俺なんだ? ザルツの回答にそれまでの緊張感が途切れ、ドッと笑いが起こった。


「『金利上限勅令』を実現させたグレン。一番の適任者だ!」


「この任にもっとも相応しい人物ですな。宰相家とのパイプも太い」


 ジェドラ父と若旦那ファーナスが笑いながら言う。ウィルゴットに至っては「本業みたいなものだからな」と喜んでいる。いやぁ、皆、俺を何だと思っているのか。


「貴族学園の生徒としての本領発揮という所ですな」


 シアーズは満面の笑みを浮かべて俺に言う。


「全てはグレン・アルフォードにお任せを。皆様の期待に添う働き、グレンは必ず果たしますから」


 実現できた訳でもないのに無責任に話すザルツ。だがそれを疑う声は皆無。みんなもっと疑えよ。しかし俺が期待した異論が出ることもなく『貴族ファンド』対策はザルツの案が採用され、会合は散会した。

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