167 貴族ファンド

 高級ホテル『グラバーラス・ノルデン』にあるレストラン『レスティア・ザドレ』で行われたグレックナー夫妻と俺との会合。グレックナーの妻室ハンナは去り際、貴族内で流れる噂を教えてくれた。


(『貴族ファンド』・・・・・)


 名前から感じるに、貴族向け貸金組合。そう言ったところか。だが、何故今更という疑問が生じる。貴族がカネを借りまくっているのは今に始まった話ではない。エレノ世界では昔から行われている訳で、踏み倒しとセットの立派な貴族伝統芸能。


 だが今は『踏み倒し禁止政令』で踏み倒しが規制されている。この事で貴族に対する貸し渋りが発生したり、ボルトン家のように債務超過に陥る家が出たりしているのは事実。だから貴族専用の貸金組合が必要という論理なのか? しかし、ファンドというからには誰かが出資しなければ、貸すカネがない。払いが良いとは言えない貴族に誰が出すのか?


(謎だ・・・・・)


 考えれば考えるほど『貴族ファンド』に出資するメリットが見つからない。しかし『貴族ファンド』ができるという噂はある。ファンドと言うからには相応の規模のはず。だが、それを一体、誰が出すのか・・・・


「グレン。『貴族ファンド』のお金を誰が出すのか、考えているの?」


「ああ。皆目見当がつかなくてな」


 リサは相変わらず察しがいい。姉弟だからなのか、リサが鋭いのか。おそらくどちらも該当するのだろう。


「グレンでも分からないのですか?」


 黒髪の従者シャロンが問いかけてきた。いや、シャロン。君は買い被りすぎだよ。俺はそんなにできる人間じゃない。


「出すメリットがないからな」


「どうして、メリットがないのだ?」


「いつ焦げ付くか分からないし、いつ踏み倒すか分からないから。そんな連中に嬉々として貸すヤツなんているのかって」


「・・・・・」


 俺が説明すると従者トーマスが黙ってしまった。リスクを負ってでも出す理由、出すメリットが分からないと、正直言って考えようがない。しかしハンナの耳に『貴族ファンド』という話が届いている。ということは単なる与太話とは考えにくい。誰かがカネを出して作ろうとしている。そう考えるのが自然。だが、その意図が全く読めない。


「フェレット商会が出すんじゃないの?」


 レティが王都ギルド一位、ガリバーフェレットの名前を出してきた。それは正しい。貴族らの貪欲な要望を満たせるだけのカネを出せるところはそこしかない。


「出すメリット、出す動機が不明だ」


「・・・・・」


 俺の答えにレティは沈黙した。レティの言う通りフェレットなのは明らかなのに、その理由が分からない。このモヤモヤ感、あまり気持ちいいものではない。


「私たちに対抗する為じゃないの?」


「カネをドブに捨てる覚悟でか?」


「・・・・・」


 リサは俺の返しに轟沈した。ジェドラ・ファーナス・アルフォードの三商会に対抗するため。それ自体は十分な動機だ。だが、フェレットの規模はこの三商会以上。俺が加わって初めて逆転する。逆に言えば俺が加わらなければフェレットの優位は変わらないということだ。ところが商人界全体、そして『金融ギルド』で見たとき、少し状況が異なる。


 まず王都ギルド。八割以上が『金融ギルド』に加盟している。産別団体である職業ギルドも多くが『金融ギルド』に加盟済み。地方に目を向ければ第三の都市モンセル、第四の都市セシメル、第五の都市ムファスタの各商人ギルドも『金融ギルド』に入った。過半が三商会陣営に属していることになる訳で、フェレットにとっては分が悪い。


 だからフェレットは『金融ギルド』が設立された際、対抗するファンドを立ち上げようと画策したのだ。それをザルツが機先を制して挫いた。同時に『金利上限勅令』によって、フェレットの主要な収入源の一つ、カジノでの客向け高利貸付が大きな打撃を受けている。


 王都の貸金業者も多くは『金融ギルド』の責任者となったシアーズの元に集まり、貸金ギルドを作っている。それは王都の業者の九割に達するという。つまりフェレット側に付く業者は一割ということ。ただ業界上位五業者中、フェレットの衛星業者を含め三業者が貸金ギルド未加入であり、業者数と力がイコールではない点は考えておかないといけない。


「そのフェレット商会と有力貴族が手を結んだとしたら、どうなのですか?」


 クリスが発した言葉に俺はギョっとした。あり得る。十分にあり得る。何故か? 相手側から見たとき、俺達がやった事自体、そう見える筈だからだ。『金利上限勅令』なぞ、フェレットから見れば、三商会が政治を動かして仕掛けてきたと見えてもおかしくない。


「アウストラリス公・・・・・」


 リサが呟く。アウストラリス公。貴族派最大派閥を主宰し、反宰相の急先鋒と言われる人物。確か・・・・・


「アウストラリス公の陪臣がトゥーリッド商会に出入りしていたわね。モーガン伯・・・・・」


 俺が言う前にレティが口に出した。そうだ。レジドルナの商人レッドフィールド・ドラフィルが書いていた人物、モーガン伯。陪臣なのに二つの男爵家を臣下に置いている珍しい貴族家。こうしてアウストラリス公とトゥーリッド商会、そしてフェレット商会を繋ぐ一本の線が浮かび上がった。


「我が家を快く思っていない家と、グレンと反りの合わない商会が手を結ぶ。似た者同士、ごく自然な事ではありませんか」


 そのような解釈で結論を導き出すか、クリスよ。やはり脳の構造が全く違う。俺のように同じ思考がグルグル回って答えが出せないチープな頭とは全く異なる。


「お金と権力が結婚式を挙げました。そんな感じなのかな」


 リサの言葉にみんなが一斉に笑い出した。いやぁ、リサよ。上手いことを言うなぁ。


「みんな、今日はつまらない話に付き合わせた形になってしまったな。少し早いが食事にしよう」


 俺は店員を呼ぶと『レスティア・ザドレ』自慢のノルデン料理のフルコースとワインを頼んだ。しばらくすると料理が運ばれてくる。俺たちは出てきた料理をゆっくりと食べる。特に誰かが話しているという訳ではないが、雰囲気は非常にいい。今日、最初にここに入ったときはどうなるかと思ったが、何とかなったようだ。


「どうしてブラント子爵は買い叩かれているのにランドレス派に入ったのかしら」


「そうですよね。私は貴族じゃないから分かりませんわ」


「貴族だけれど、分からないのよ」


 レティがリサとブラント子爵がランドレス派に入って互助会に卸していた点について話をしている。俺は言った。


「いや、簡単だよ。派閥に入る際には卸す条件が良かったんだ。それを入ってからああじゃこうじゃと言って、じわじわ値を下げていった。人間関係を作ることで切れなくなるようにしてね」


「強く言ったら、逆に脅すのですね。嫌なやり方」


 流石はクリス。よく分かっている。目を伏せて言っているのを見ると、やはりそういう手法がお気に召さない。クリスの性格を考えれば当たり前の話だが。


「ああそうだ。そうすることでブラント子爵の選択肢を奪う。そして現在に至るだ」


「ひどーい!」


「だから、逆に仕掛けてやろうという気になったんだよ」


 俺はレティにランドレス伯に対する意趣返しを考えた動機を説明した。手口が分かるだけに腹が立つじゃないか。だから考えたのだ。しかしだ。


「本当に良かったのか? 今日の話」


 クリスは後学のために俺とエレナとの会合を見たいと言った。だが、こんな話を見るために休みの半日を潰すなんて実にくだらない・・・・・事ではないか。


「私は勉強になりました」


 クリスはキッパリと言い切った。俺を見る目が真剣なので間違いない。


「私はグレンが仕事をする姿が見られたので満足です」


 アイリはニッコリと微笑んで俺に言う。そこに嘘偽りがある訳がない。対して歯切れが悪いのはレティだった。


「どんな話なのか聞いてみようと思っただけよ」


「どうでしたか?」


「まぁ、悪くはないわね」


 ワインが入っていることもあって、リサの質問に対してぶっきらぼうに答えた。まぁ、レティはこんなもんだ。平常運転のレティを見て一安心する。二人の従者シャロンとトーマスはいつものように、傍目から見ていて楽しいと言った。二人にとっては二十四時間お付きの仕事みたいなもの。俺の雑事を見るのは、逆に休息時間なのかもしれない。


「私、今までこのような形で外に出て食事をいただくような事がなかったですから」


 クリスがポツリと言った。ああ、そうか。よく考えれば学園でも個室で一緒に食べる機会があるのは俺だけだな。俺はあちこちに飛び回っているような格好だが、クリスは同じルーチンを繰り返す暮らし。本来ならば逆でもいいくらいだ。


「でしたら、今度パフェを食べに行きましょう」


「アイリス・・・・・」


 レティが流石にマズイと思ったのか、やんわりとアイリを静止しようとする。だが、パフェ話を始めたアイリが止まるわけがない。


「グレン! 今度みんなでパフェを食べに行きましょう!」


「・・・・・パ、パフェ?」


「美味しいですよ~♪」


 パフェを知らないのか、戸惑うクリスにアイリが猛烈にアピールする。結局、みんながアイリの勢いに呑まれてしまって、パフェを食べに行く事が決まってしまった。恐るべきヒロインパワー。


「グレン、お願いね」


 予定が空いたらという条件付きながら、アイリからみんなでパフェを食べに行く段取りを任されてしまった俺。こうして『レスティア・ザドレ』での食事会はお開きとなった。


 ――平日初日。教室に入ると、フレディとリディアがいた。いつ帰ってきたんだと尋ねたら、昨日の朝だったのだという。そこからケルメス大聖堂で手続きをして、学園に戻ってきたそうだ。


「二人共、無理をしてもらってすまなかった」


「ううん。私すごく楽しかったよ!」


 リディアはチャーイル教会で三日間過ごし、その間デビッドソン家の人々と打ち解けたことが嬉しかったらしい。フレディの嫁、一直線やがな。フレディはリディアの話に照れまくって話もしない。コルレッツの話は結果として、二人にとってはお互いの関係を深めあう呼び水に過ぎなかったようである。


「グレンも勝ったんでしょ」


「ああ」


 リディアの問いかけに頷くと、フレディが概要を説明してくれた。


「僕の方で学園に提出すべきものは、昨日全て出した。大聖堂からの書類は今日届くはずだよ」


 教会関係の書類作成で手間取ったらしい。何しろナニキッシュ教会の不正という事案。権限者がその不正を手掛けたサルモン司祭な訳で、自身が手掛けた不正を自身の手で告発する文書を作らせるという、何ともシュールな作業を行わせるのだから、手間と時間がかかるのは当たり前だろう。話を一通り聞くと、俺はフレディに尋ねた。


「ところで・・・・・ サルモン司祭はどうなるんだ?」


「ザビエルカットで僧院送りになると思うよ」


 ・・・・・そうなのか。俺はザビエルカットになるサルモン司祭を想像して笑ってしまった。それにつられてフレディも笑い出した。多分、想像している事は同じなのだろう。コルレッツの教会推薦枠取得に関する不正問題は、どうやら一区切りが付きそうだ。

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