156 アイリ立つ

「ですから私、アイリス・エレノオーレ・ローランは、サルンアフィア学園の規則に則り、貴方ジャンヌ・コルレッツさんに決闘を申し込みます!」


(えええええええ!!!!!)


 俺は心の中で仰け反った。ヒロインが決闘を申し込むなんて展開なんかゲームで無かったぞ、おい! アイリの放ったソプラノの声に、場は静寂に包まれた。横にいるレティは硬直して動けないようだ。それはコルレッツ一派も同じ。いや、アイリらを取り囲むギャラリーも同じだ。


「貴方には私の挑戦を受ける義務があります! 受けなさいコルレッツさん!」


 場にはアイリの声だけが通り抜ける。響くのではない、人の身体を貫き通しているのだ。だから誰も動けないし、俺も動けない。みんなそれがアイリの力だなんて思ってもみないだろう。ヒロインパワー、フルスロットルだ!


「「はい受けます」と言いなさい! コルレッツさん」


 モブ以下の厚化粧に決闘を受諾するように迫るヒロイン。それは限りなく脅迫に近いものだ。こんなのありなのか。だが、コルレッツは動くどころか声すら発せない状態。おそらくアイリの放つヒロインパワーが強すぎて、何も言えない状態なのだろう。これがアイリの力。普段の可愛らしいボケボケモードからは想像もできないパワーなのである。


「ア、アイリ・・・・・」


 アイリの放出するエネルギーのムラ・・を突いて、ギャラリーの前に出た。するとアイリのヒロインパワーが一気に弱まる。俺の登場でアイリの集中力が途切れたのだ。


「私のせいで決闘になってしまったのに、グレン一人を退学させる訳にはいきません・・・・・」


 アイリは悲しそうな表情で俺を見る。俺は頭を振った。


「アイリのせいじゃない。俺とコルレッツは元から戦う定めだったんだ」


「でも・・・・・ 私の意志は変わりません。止めないで下さい」


 青い瞳でこちらを見た後、コルレッツに視線を戻した。普通であれば、ここで止めるのだろう。常識があるなら止めるのだろう。男性攻略者ならば止めるのだろう。製作者も俺が止めたほうがシナリオが描けるはずだ。だが、俺は違う。俺はモブ以下、余所者だ。だからそんな野暮なマネはしない。


「よし、アイリ。分かったぞ! その決闘、俺も乗った!」


 俺の言葉に周りが大きくどよめいた。止めるどころか乗るなんて、まずあり得ないからだろう。


「グレン・アルフォードはアイリス・エレノオーレ・ローランの代理人となることを宣誓する! コルレッツ! アイリス・エレノオーレ・ローランの挑戦を堂々と受けよ!」


「グレン!」


 青い瞳を輝かすアイリに対し、「・・・・・グレン」と半ば呆れているかのような感じで呟くレティ。全く対照的なヒロインだ。


「・・・・・お。おかしい・・・・・ おかしいじゃない。もう私とアンタとの間には決闘が成立しているでしょう!」


「しかし、アイリとの間には決闘が成立していないだろ。黙って受けろ!」


 コルレッツは混乱している。しかしそんなものは無視して、俺はアイリの要求を呑むように迫った。しかしコルレッツは腰が引けている。おそらくアイリが怖いのだ。全開のヒロインパワーを見せつけられて、心が怯えているのであろう。逃げようとするコルレッツ。だが、それをメゾソプラノの声が制した。


「相手が堂々と言っているのですから堂々と受けなさい! 何人も代理人がいるのでしょう!」


 クリスは二人の従者トーマスとシャロンを従え、コルレッツに近付いてアイリスが突きつけた決闘を受けるように迫った。怯むコルレッツはクリスから逃れようと、俺たちやクリスが立つ位置とは違う方向に身体を向ける。だが、その先にはとんでもない大物が立っていた。


「貴方には、女子生徒からの申し込みを受ける義務があると思う」


 男女二人の生徒を従えた、群青色の髪の毛を持つ男子生徒が言葉を発した。正嫡殿下アルフレッド。学園カーストトップに位置する男子生徒。その後ろには正嫡従者フリック、そして女従者のエディスが付いていた。コルレッツの方を見るとガタガタと震えている。周りにいる『ソンタクズ』に至っては凍りついてしまって身じろぎ一つしていない。


「女子生徒は七対一での対決という理不尽を見ての申し込み。人として真っ当なものだと感じるがいかがか?」


「私も殿下の仰る通りだと思いますわ。ご自身の事ならば知らぬ存ぜぬでは通りませぬ」


 正嫡殿下の発言に同意する悪役令嬢。夢のコラボレーション、今ここに誕生する。コルレッツは周囲をキョロキョロしている。おそらく逃げ出すことで頭がいっぱいなのだろう。だが、正面には俺とアイリとレティ。俺から右手にはクリスとトーマス、シャロンの二人の従者。俺の左手には正嫡殿下とフリック、エディス。


 俺以外は全員、全てゲーム上、名のある登場人物だ。二人のヒロイン、男性攻略者の筆頭、メインの悪役令嬢。この世界を構成する者が一堂に会している。その中心にいる俺とコルレッツというモブ外。正直役者が違いすぎる。これには俺たちの周りを取り囲むギャラリーも、ただただ固唾を飲んで見守るしかない状況だ。


「すまない、どいてくれ!」


 俺の反対側のギャラリーが騒がしくなっていた。どうしたのかなと思ったらアーサーとスクロード、カイン、そしてなんとドーベルウィンがギャラリーをかき分けて出てきたのである。久しぶりに見るドーベルウィンに俺は自分が置かれている状況を忘れて、思わず声を掛けた。


「ドーベルウィン。戻ってきていたのか」


「ああ、今日からだ。いや、それどころじゃねえよ! 大変な事になってるじゃねえか!」


「いやぁ、決闘の話から決闘の話になってるんだよ」


 俺が軽いノリで返すと、ドーベルウィンも軽いノリで返してきた。


「だったら、俺も決闘を申し出ようか、コルレッツさんとやらに!」


(ええええええええ!)


 なんでそうなるんだ? と思っていたらアーサーが口を開いた。


「コルレッツがローランさんの申し出を受けなかったら、俺がコルレッツに決闘を申し込む!」


 アーサーがコルレッツの方を見やると、続いて剣豪騎士カインが声を上げる。


「なるほど、だったら俺も加勢させてもらおうか!」


「マローン! お前も当然、決闘を申し込むよな!」


 ドーベルウィンがスクロードに絡んでいる。もはやコルレッツをすっ飛ばしてカオスになってしまっているではないか。ギャラリーもあまりのことに異世界にすっ飛ばされているような感じだ。俺は収拾をつけるため、コルレッツに言った。


「おい、コルレッツ。黙って受けろよ」


「・・・・・分かったわよ! 受ければいいんでしょ、受ければ! 決闘一つが二つになっても変わらないわよ。バカじゃない!」


「決闘を受ける」と宣言したコルレッツは、俺めがけて走り込んできた。そして俺とアイリの間をすり抜け、俺たちの後ろにいたレティの前を横切っていく。


「何だったら、私が勝負してあげてもいいわよ!」


 レティは逃げ去るコルレッツに向かって、腕組みしながら冷ややかに言い放つ。しかしコルレッツの方は受けるどころではないようで、一目散に走り去っていった。


「ここにいる諸君は、決闘の申し込みを受け入れた事を確認した保証人である。そのことを覚えておいていて欲しい」


 群青色の髪の毛を持つ男子生徒、正嫡殿下はそう言うと、従者を伴い場から去って行く。俺とアイリは去る殿下に一礼した。一方、クリスらやアーサー達は、俺達の方に向かってくる。


「これからどうするおつもり?」


「戦うだけだ」


 クリスからの問いかけに俺は答えた。そう言うしかないじゃないか。


「しかし、条件が悪い。いや、条件にもなってないぞ!」


「どうしてあんな条件を受けたんだ?」


 アーサーとカインが詰め寄ってくる。詰め寄られたって相手、いやオルスワードが勝手に決めたこと。俺が何かできるような状態じゃない。決闘時からの状況を説明すると、後ろにいたレティが怒りだした。


「全てオルスワードの企みじゃない! コルレッツはそれに乗っかった。教官達は、黙認してグレンの追い出しを期待している。みんな最低じゃない!」


「前々からどうしようもないとは思っていましたが、何処までも恥知らずな学園のようですわね」


 クリスは冷たく言い放つ。いやクリス、ここは『王室付属』学園だ! 場合によっては不敬になるぞ! そう思いながらもレティ同様、クリスが俺と同じ価値観を持つことが確認できて内心嬉しかった。


「ローランさんとの決闘が新たに加わるのだから、自ずと条件は変わるはず。いや変えないといけない。そうだろ!」


「だったら学園側にこの件を問いただせばいい。我々がな・・・・


 アーサーの言葉にドーベルウィンが意見を述べる。しばらく見ない間に随分とたくましくなったものだ。


「よし、ここは一つやってみようじゃないか」


 カインの言葉にアーサーらは頷く。すると皆「よし、やるぞ!」「俺たちでやってみる」と言いながら、この場から立ち去っていった。


「皆さん、元気のいい方ですね」


「まぁ、それが取り柄みたいなところがあるからな」


 トーマスの呟きに俺が答えると、何故かみんなが笑い出す。なんで、なんで、と思っていると、シャロンが俺に言ってきた。


「嵐の渦中にいますのに、よくそんな醒めたことを・・・・・」


 あ、そうなんだ。今、俺は渦中にいるのだと、シャロンに言われて何となく実感ができた。この世界は俺の世界ではないと日頃から思っているものだから、そういった部分が非常に鈍感になってしまっている。このオルスワードによって仕掛けられた、人を馬鹿にしきった決闘内容に怒りよりも、呆れというか、安定のエレノだなくらいしか感じないのだ。


 しかし今は違う。決闘内容を見たアイリはコルレッツに決闘を申し込み、アーサーやカイン達は俺のために何かをしようとしてくれている。レティは怒り、クリス達は心配して駆けつけてくれている。フレディやリディアもそうだ。それどころか正嫡殿下までもが加勢してくれた。


 今、このエレノ世界で俺は一人ではなくなってしまっている。何らかの友誼を結んだ者達と繋がりを持った人間として、その役割を果たす立場にいつの間にかなってしまっていた。だからこの戦い。限りなく不利であろうと、絶対に勝たねばならない。

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