142 借金の構造

 苦しいから売れるものを売るだけ売って、その場をしのぐことに汲々とし、より収入を減らして更に苦しむ。この借金の蟻地獄から脱する方法は究極一つしかない。収入を増やすこと、この一点だ。


 しかし言うは易く行うは難し。かく言う俺も現実世界では家のローンと子供の学費に追われ、佳奈との共働きでしのぐ日々だった。今なら分かる。俺の収入に合わぬローンと教育費が原因でそうなったのだと。だが人間というもの、その渦中にいてはそれが分からない。いや頭では分かっていたとしても、切迫感から考えられなくなるのだ。


 今のボルトン家がまさにその状態にある。長年の借金体質によって首が回らなくなり、収入を増やす策を立てようにも肝心のカネがなく、座して死を待つのみという状況。誰もその状況に気付くことなく、今日に至っているのだ。ここから脱出するには相当な発想の転換が必要なのである。


「しかし一部であろうとも権利を売れば、相手側が権利分の収益を取るはず。ならばこちらの収入が減ってしまうではないか」


 キコインが権利売却の問題点を指摘する。全くその通りだ。だから言っているではないか。


「相手に収益を渡しても、利を出せるだけの設備投資にどれほど要るかと聞いたのだ」


「!!!!!」


 キコインは俺の意図をようやく気付いたようである。


「アルフォード殿は我が家が一切の資金を出さずして、今より収入を増やそうと考えておるのか?」


「使えるお金がありませんから」


 ボルトン伯に対する俺の回答は明確だった。これ以上ない事実を提示したのであるから反論のしようもない。


「ですが鉱山設備の更新や拡張だけでは、大幅な収入増とはならないのでは?」


 キコインの口調が変わった。俺に対する見方が少し変わったからか。指摘は全く正しい。だから俺は確認することにした。


「現在、採掘したものは何処に卸しておられるのか」


「貴族組合に出しております」


 貴族組合。鉱山を持つノルデン貴族らが集まって作った組合の通称。正式名称は確か鉱山所有者相互組合だったはず。


「そこを辞め、出資者を介して直接卸す。これだけで黙っていても収入は三割増」


「そんなことが可能なのですか!」


 キコインが形相を変えて詰め寄ってきた。


「ああ可能だ」


 俺は説明した。王都にある『投資ギルド』に鉱山投資を持ち込む。この『投資ギルド』は他のギルドとも密接な関係を持っており、ルビーならば『宝飾ギルド』、銀やミスリルならば『金属ギルド』へ優先的に卸す裁量を持っている。これを介せば、従来より高値で売ることが可能となる。つまりカネと有利な売り先を同時に確保するということだ。


「そのような方法があろうとは・・・・・」


 俺の説明を聞いたボルトン伯は感嘆した。キコインは呆気にとられている。アーサーの方は元々空気と化しているので変化はない。門外漢のアーサーにとっては異次元の話。まして普段、領国経営から逃避しているのに、いきなりぶっつけ本番みたいな状況では固まる他はないだろう。


「どうして卸値が違うのか」


「貴族だからだ」


「えっ!」


 キコインの質問に答えると、三人とも戸惑っている。しかし、このエレノ世界、商品売買の価格値は全て商人優位に働くような仕組みになっているのだからしょうがない。


「貴族だから安いのだ」


「なにゆえに?」


「貴族はふっかけることも、値切ることもできない。相手の言い値でしか売買できない」


 エレノ世界では、商いの主導権は全て商人が握っているのだ。つまり貴族は利が多かろうと少なからろうと、商人が提示した「言い値」でしか卸せない。


「だから貴族組合に卸した場合、貴族組合が商人に買い叩かれる訳で、組合が売った価格より安い卸値しか付けられない。売値五〇ラントのものが四二ラントに買い叩かれた場合、貴族から組合への卸価格は三八ラント程度にまで下がる。組合が取り分を確保するのは当然だからな」


 ボルトン伯もキコインも言葉が出ない。


「ところが『投資ギルド』を介した場合、商人と商人の取引となる。その場合、商人間の力関係がモノを言う。『投資ギルド』は他のギルドよりも力関係は上、つまり売値五〇ラントのものは、額面通り五〇ラントで売れる。片や五〇ラント、片や三八ラント、その差一二ラント。ただ売るだけで三割の差が出るのだ。どちらが利が出るのかは自明だろう」


「ということは、『投資ギルド』を介すれば、黙っていても収益が増えるということか」


「普通に考えればそうなる。さっきの話であれば出資比率に応じて一二ラントのいくらかを渡さなければならないが、すべて渡すことはまずない。必ず残る」


 キコインの解釈を俺は補足した。収益の出るカラクリ・・・・を理解することが重要な訳で、大掴みであっても理解できれば、話の見え方そのものが変わってくる。


「ならば権利の一部を譲渡しても、それ以上の益があるということではないか」


「まさしくその通り。出したカネに対して安定した見返りと取引物資が欲しい『投資ギル

ド』と、開発資金が欲しい鉱山所有者。組めば双方得をするということですな」


 ボルトン伯は俺の説明に大きく頷くと、視線をキコインに移した。


「どうだキコイン男爵。この際『投資ギルド』からの出資を受け入れ、鉱山設備の投資資金に当てるというのは」


主様あるじさまにお覚悟がございますならば、私めが阻む理由は何もございませぬ」


「納得がいったのか?」


「はい。鉱山経営の考え方そのものが変わったと感じました」


 キコインは主の問いかけに対し従順に答えた。嫌々ではなく考え方の違いを受け入れたという感じだ。特に鉱山の権利を一部とはいえ、譲渡すること自体を拒絶していたキコインがそれを受け入れたのは、ボルトン伯爵家が借金で存亡の淵に立たされていることを知ったことと、権利を譲渡した以上の返りがあることが分かったからだろう。


 権利を譲渡して得た資金で鉱山投資を行って産出量を増やし、『投資ギルド』を介して卸すことで収入を増やす。俺のこのプランについて、ボルトン伯もキコインも了承したようだ。後は『投資ギルド』のワロスと交渉である。これは当事者ではない俺ができる仕事ではないので、その任に相応しい人物が行わなければならない。


「問題は誰が『投資ギルド』と交渉するかですな」


 俺がそう言うと、ボルトン伯が口を開いた。


「私の代理人になり得るのは嫡嗣アーサーしかおらぬ」


「え、俺!」


「サイモン。交渉を担う嫡嗣に我が家の鉱山について、しっかりと教授してやってくれ」


「主様、承知つかまつりました」


 ボルトン伯とキコインの主従は、アーサーそっちのけで話を取り決めている。その二人を見ると言葉とは裏腹に表情がニヤけているので、これはアーサーへの罰ゲームの予感しかしない。


「アーサーよ。これよりサイモンに付き、領内の鉱山事情を把握してくれ」


「い、今から・・・・・」


「そうだ。今すぐにだ。アルフォード殿は明日出立されるという。それまでに把握し、共に王都に戻るがよい」


 あまりに突然のことでアーサーは呆然としている。多分、頭の中が真っ白になっているのだろう。


「王都に帰り次第『投資ギルド』と交渉するように。我が家の浮沈はお前の双肩にかかっておる」


 アーサーは父親から促され、キコインと共に応接室から退出していった。その姿はまるでキコインに連行されているようで気の毒だったが、それも嫡嗣としての仕事なので致し方がないだろう。しかしボルトン伯、物腰は軟らかいのに、やるときには畳み掛けるように動く。ゲーム終盤の宰相失脚時にもこのような感じで動いたのだろうか。


「アルフォード殿、お見苦しいところをお見せして申し訳ない。気分を害しただろうがお許し下され」


 誰もいなくなった応接室でボルトン伯は俺に頭を下げた。おそらくはキコインの非礼についての侘びだろう。自然に人を払って詫びる場を作る。ボルトン伯、中々できる人物だ。


「私こそ、身分をわきまえぬ物言い。お許し下さい」


 俺も非礼を詫びた。身分に拘り、ヘソを曲げたキコインが使えるかどうかを試すために使ったとはいえ、ボルトン伯の陪臣。陪臣に対する非礼は主筋への非礼に繋がるのがエレノ世界の常識である訳で、最低でも一言は侘びておかねばならない。


「いや、これは主たるワシの責任。そもそも借金で身動きが取れなくなっている事に因がある。それは当主たるワシの責任」


 しかし不思議だ。これだけできる人物であるボルトン伯が借金に対して鈍感だとはいえ、あれだけの累積債務を抱えるのだろうか。資産目録を見ると名門だと言うのに目ぼしいものがあまりない。同じ伯爵家のドーベルウィン家では王都の屋敷だけでも、二億ラント以上の装備、貴金属等を所持していた。そういったものがボルトン家では全く無いのである。


 確かにドーベルウィン家の歳入は、三億ラント足らずとボルトン家に及ばない。ところが屋敷内で保持している財産はドーベルウィン家の方が多い。これは既にボルトン家が目ぼしいものを売り払い、返済に充てている事を示している。更に当主ら家族は倹約に努めているにも関わらず、この借金額。一体どういう事なのか? 俺は思い切って聞いてみた。


「失礼ですがボルトン伯。これまで書類を通読しただけですが、あれだけの額の借金を抱える理由がよく分かりません」


「アルフォード殿はあれだけの書類、全て目を通されたのか」


 驚くボルトン伯に俺は質問を続ける。


「はい。財産目録を見る限り、散財や放漫が行われた形跡がないにも関わらず、あの借金額というのはどうにも繋がりません」


「うむ。そうか・・・・・ アルフォード殿はそう見るか」


「普通、浪費家が現れた場合、何らかの財産が残りますので」


「確かにな」


 ボルトン伯は逡巡している。何か思い当たるフシがあるようだ。


「心当たりが・・・・・」


「ある。この借金はな、百三十年前に起こった「ソントの戦い」に、我が家が関わったことが因となっている」


 「ソントの戦い」。ノルデン王国最後の内戦と言われる戦い。その戦いがどうしてボルトン家と深い関わりがあるというのか。どうして伯爵家が慢性的とも言える借金財政となってしまったのか。ボルトン伯は俺に語り始めた。

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