141 鉱山代官キコイン

 昼を過ぎた頃、ボルトン伯爵家の鉱山代官キコイン男爵がボルトン城に登城してきた。俺とアーサーとの話し合いに臨むためだが、朝のルナールド男爵と同様、ボルトン伯が立ち会いに加わるとの事。朝方の話し合いでは結構凹んでいたので、午後は難しいのではないかと思っていたが、ボルトン伯は俺が思っていた以上に律儀な人物だ。


 俺の目の前に現れたキコイン男爵は、短身痩躯の神経質そうな壮年の男だった。どういう訳か髪を伸ばし、後ろで束ねている。挨拶を交わしたが、ぶっきらぼうで不機嫌そうだった。だが、今の俺にとってはどうでもいい事なので、儀礼抜きでそのまま本題に入る。


「ボルトン伯爵領内にある各鉱山の産出比と、鉱山収入比はをお教え願いたい」


「ミスリル鉱石九割強、後は銀鉱、ルビー鉱。金額は銀三割強、ルビー三割、ミスリル三割弱」


「採掘量の推移は?」


「ルビー鉱とミスリル鉱が減少傾向」


「なにゆえか?」


「設備の老朽化が事由」


「資本投下すれば増産可能か?」


 キコインの言葉が止まった。ふと見ると答えあぐねているような感じである。俺はもう一度尋ねた。


「資本投下すれば増産可能か?」


「正直、分かりかねます!」


 キコインの甲高い声で場に緊張感が走った。ボルトン親子は共に沈黙しているが、アーサーの気配が少し違う。苛立っているようだ。だが、俺は平静を装い、質問する。


「鉱山代官が分からぬとは、此れ如何に?」


「そのようなことは想定しておりませぬ!」


「どうして想定しないのだ?」


「・・・・・」


 キコインは答えない。俺は語気を強めた。


「どうして想定しないのだ!」


「部外にそこまで答える筋合いのものではない!」


「キコイン!」


 キコインの怒声に、アーサーが声を張り上げて立ち上がった。普段から剣の鍛錬を積んでいるアーサーは声の通りも大変いい。


「グレン・・・・・ いやアルフォード殿は我が家の危機に際し、俺との誼でわざわざ王都から足を運んで策を練っておるのだぞ! それをなんだその態度は! 失礼だとは思わぬのか!」


「アーサー。今は座りなさい」

 

 怒りをぶちまけるアーサーを、ボルトン伯は静かにたしなめた。


「アーサー。まぁ、座ろうや」


 俺はアーサーを座るよう促す。しばらくしてアーサーが「フンッ!」とばかりに座ると、俺はキコインに向けて言い放った。


「ボルトン家にはカネが無いから考えるだけ無駄と言いたいのか!」


「なにぃ」


「カネが無いから、増産への投資など考えなくても良いと考えるのが、貴様の仕事に対する姿勢なのかと言っておるのだ!」


「そんなことは・・・・・」


「あるんだろうが!」


 俺に怯んで言葉が続かなかったところに、俺が文言をねじ込んでやった。キコインの顔が引きつっている。大体キコインが考えていることは分かってきた。問題はそれを吐かせるかどうか、もっと言えばキコインを使うかどうか。言わせることにこだわるのか、使うことにこだわるのかである。


「やる気が無いんだったら、鉱山代官なんざ辞めて、爵位なんぞ返上しろ!」


 キコインはワナワナと震えている。おっとりしている筈のボルトン伯は驚いているようだが、声は上げていない。ただアーサーはなぜか勝ち誇った顔をしていた。


「・・・・・やる気は・・・・・ ある」


 ほぅ。やる気があるのか。見せてもらおうではないか、そのやる気を!


「ただ、なぜ貴様に言わなければならぬのか・・・・・ 納得ができん!」


「商人、年端も行かぬ商人の如きに、なぜ貴族の俺が膝を屈しなければならぬのか? だろ」


 俺はキコインの心の叫びを代弁した後、敢えて一呼吸置いた。


「理由は簡単だ。くだらん貴族だからだ!」


「なにぃ!」


「もし貴様が真に誇り高き貴族というのなら、主筋ボルトン伯爵家の為に屈っしてみろ!」


 俺の無茶理論に皆、唖然としている。無茶でいいのだ。誇りの持ち方、使い方が間違っているのを極端な形で話しているのだから。俺は立ち上がって、キコインを見下ろした。


「どうだ! 主家の為に屈するや否や!」


「・・・・・」


 応接室に沈黙が漂う。誰も動かない。一番初めに動いたのはキコインだった。キコインは座っていたソファーから滑り落ちるように崩れ、そのまま片膝をついたのである。俺は瞬時にボルトン伯へアイコンタクトを送った。


「キコイン男爵。いやサイモンよ。我の家への忠義、とくと見せてもらったぞ」


「あ、主様あるじさま・・・・・」


 キコインは下を向いたままである。ボルトン伯への敬愛の念はかなり強いようだ。


「サイモンよ。ワシはアーサーが連れてきた、このアルフォード殿に家運を賭ける覚悟でおる。その忠義の心、今一度ワシに託してくれ」


「主様・・・・・」


 キコインは片膝をついたまま、深々と礼をした。主人の意向を受け入れるという合図である。立っていた俺は椅子に座り、キコインに着席を求めた。


「サイモンよ。椅子に座るように」


 ボルトン伯に促されると、キコインは身を起こして着席した。キコインもまさか年端も行かぬ俺、身分低き商人の倅である俺が、伯爵親子より伯爵家の未来を本当に一任されている状態だとは信じられなかったのだろう。いや信じたくないから、俺に傲慢無礼な振る舞いに走ったのである。そんなバカ貴族の習性など直ぐに見通せる。だから恫喝したのだ。


「で、どれほどの資本投下が必要だと踏んでおるのか」


「・・・・・ルビー鉱に七〇〇万ラント。ミスリル鉱に一二〇〇万ラント・・・・・」


 キコインが話した金額にボルトン親子は引きつっている。そんなカネは何処にもないのだから当然か。


「ならば利を出すには更に投下をしなければならんな。ルビー鉱に一五〇〇万ラント、ミスリル鉱に二五〇〇万ラント程度。合わせて四〇〇〇万ラントか」


「何故それを!」


 俺の言葉にすぐさまキコインが反応する。やはり図星だったようだな。


「貴殿の数字は鉱山を維持する為の最低限の金額。伯爵家の財政状況に気兼ねして控えめな数字を出した。違うか?」


「・・・・・」


「だがそれは要らぬもの」


「どうしてだ!」


「少ない額だろうと多い額だろうと、出せる状況にないからだ。ハッキリ言えば、もう破綻しているのだから」


 キコインは俺の言葉に絶句した。ボルトン親子も硬直している。俺は今まで、直接的な表現を使って言った訳ではなかった。しかし実際、他人から言葉に出されると、その衝撃は大きいのだろう。


「だから利益を上げるに必要な金額を知らなければならないのだ」


「・・・・・カネがないのに、かかるカネの額が必要とは一体・・・・・」


 俺の話を聞いて疑問に思ったのか、アーサーが戸惑いながら聞いてきた。


「だから利益を上げるのに必要な金額を知れば、そのカネが調達さえできれば投下できるということだ」


「しかしカネを貸してくれるところなんか・・・・・」


「ないよ。しかし買ってくれるところはある」


「・・・・・なにを?」


「権利をだ」


「それは鉱山の権利を売るということか!」


 俺とアーサーとのやり取りを聞いたキコインが、慌てた感じで首を突っ込んできた。自分の領域を侵される、そんな感覚なのだろう。


「ああ、その通りだ」


「ボルトン家代々の鉱山だぞ!」


「でも家が潰れたら意味ないだろ」


 キコインは沈黙してしまった。


「売るのは権利の何割かだ。銀鉱とミスリル鉱は五%程度、ルビー鉱は二割から三割程度でいいだろう」


「どうしてそんな中途半端な権利売却なのだ」


「六〇〇〇万から七〇〇〇万ラントを調達するには、それで十分だからだ」


「なんと!」


 キコインの問いに答えた俺が出した額に、ボルトン伯が身を乗り出してきた。そんな権利割合でそれほどの金額になるのかと驚いている。


「だからみんな売るのです。簡単にカネを調達できますから。しかし売った人の多数はやらないのですよ、投資を。本来、カネを調達するのは設備投資の為。産出量を増やし、より収益を上がるために為すべきところを、借金払いに当てて終わるのです」


「その時はいい。借金は減る。だが設備はいつまでも新品じゃないし、掘り出し続ければ、より費用がかさむようになる。それを解決するために資本投下を行わなければならないのに、それはやらない。やらないから収入が減る。減るから借金する。借金が増えても払うアテがない。後は言うまでもないだろう」


 皆一言も発しない。どうなるのか、想像するまでもないからだ。誰にでも分かる未来予想図、破綻しかないのだから。それが嫌なら、違う道を選択する他ないのである。

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