133 救済計画

 ボルトン家が『債務超過』に陥っている。この話はアーサーとリサの二人にとって、俺とクリスのクラウディス地方への出張話よりも興味を引く話だったらしい。アーサーには気の毒だが、どうやら話題の変更は成功したようだ。いや、走っているレールの位置を元に戻しただけなのだが。


「しかしそれだったらもっと前からお金を貸さないようになっている筈じゃないの?」


「それはボルトン伯爵家が『ルボターナ』という名門貴族家だからだ。今まではその名だけでカネを貸していた。それが『踏み倒し禁止政令』によって金貸し屋がしっかりと資産を査定するようになったから、今のような話になっているんだ」


 俺の話にリサは納得したようで頷いている。皮肉なことに『金融ギルド』創設によって、商売屋はどこも厳密に動くようになった。そうすることで利益が得られるし、そうしなければ逆に自身の暖簾が危機に陥るからだ。


「どうしてそんなに詳しいんだ?」


「ああ、それはリサが貴族家の経営診断をしているからだよ」


 アーサーの疑問にそう返した。そう言ったほうが分かりやすいからである。『金融ギルド』から始まるこれまでの経緯を話したら、アーサーの方が話についてこられないだろう。貴族家の財務状況に詳しい理由を「経営診断」によるものとしておけば、納得できるだろうし、こちらも嘘を言ったことにはならない。アーサーはリサに頼み始めた。


「ウチの家を見てもらえませんか」


「ごめんなさい。私、これから依頼でレティシアさんの家を見なきゃいけないの」


 これにはアーサーも驚いている。聞くとレティとリサは二日前の話し合いによって、明日の夕方に発つ事が決まったのだという。この二人の動き、本当に素早い。


「レティシア様の家も・・・・・」


「リッチェル子爵家は子爵からの委嘱を受け、レティが家政を采配している。そういう事情でリサが動くことになった」


「そうだったのか・・・・・ それに比べて俺は悠長に構えていたって事なのか・・・・・」


 それは間違ってはいない。だが普通の十五歳がそんなところに危機感を持っている方が稀。レティの方がむしろおかしいのだ。


「ところでアーサー。お前、家の異変にいつ気付いた?」


「ええと、シーズンが始まった直後だ。王都の屋敷に帰ったら親父が頭を抱えていたんだ。その時はなんとか金を借りることができたらしいんだけど、シーズン後半の休みぐらいから、もっと深刻になって・・・・・」


「なるほど。だから登校日辺りから様子がおかしかった訳だ」


 アーサーが時々上の空だったのは、家のことに対して不安を抱いたからだ。レティにシーズン中のアーサーの様子を聞いておいて正解だった。これで俺の中の疑念が全てが繋がってくる。俺はアーサーに尋ねた。


「ところで今、ボルトン伯はどこに居られるのか」


「今は所領に戻っている。何か方法がないか、家の者と相談するために帰っていった」


 おそらく家中で売れるものでも探しているのだろう。貴族が考えられることはそれぐらいしかない。だが、そんなもの言葉通り焼け石に水。すべきことは他にある。


「おいアーサー。至急伯爵領に戻ってくれないか? やって欲しいことがある」


 いきなりの俺の提案にアーサーは呆然した。リサの方を見るとギョッとしている。ほう、さすがのリサでもそんな反応なのか。リサは俺に対する疑念を言葉に変えた。


「グレン。成算はあるの? 『債務超過』なら動かせるお金はおそらく無いわよ」


「無ければ作ればいいだろ」


「『債務超過』を乗り越えるためには、今まで以上の収入を得て支払えるようにしないといけないわ。それをするためには収入を増やす『投資』が必要。でもその資金もままならないのよ」


 全くその通りだ。債務が多い場合、収入を増やす以外手立てがない。経費節減などの緊縮策もあるにはあるが、削減した費用で超過したした額を穴埋めする事はほぼ不可能。なぜならそれまでに支出を絞っている、いや絞らざる得ない状況にあり、削って出てくる費用が少ないからだ。だから債務超過を乗り越える基本は、収入を増やすしかない。


「しかし収入増には時間がかかる。それ以外方法を使うしかないぞ、リサ」


「でも転換するにはそれしかないでしょ」


「だから新たに作るしかないんだ、カネを」


「ニセ金でも作るのか!」


 俺とリサのやり取りを聞いたアーサーが叫んだ。大きな勘違いしているぞ、絶対。


「いやいやいや、違う違う違う!」


 俺が「契約内容を見てだ」と全力で否定すると、リサが補足してくれた。


「契約上おかしなところがあったら、そこからお金を返還してもらうとか、別の条件を出してもらえるようにできる可能性があるからなのよ」


「そうだったのですか。てっきり無ければ作るのかと・・・・・」


 おいおい、言葉を額面通りに受け取り過ぎだぞ、アーサー。放置していたら、どんどん妙な解釈を始めてしまう。そう判断した俺はアーサーにすべきことを指示した。


「所領に帰ってボルトン伯と一緒に債務と過去の支払いの書類を用意してくれ」


「ど、どれくらいなんだ」


「全てだ。ボルトン家にある全ての債務関係の書類を用意するんだ」


 アーサーはビックリしている。そんなもの何に使うんだ、と尋ねてくるからハッキリ言ってやった。


「そこからカネを創る為だ。ボルトン家はおそらくカネは借りられない。ならば払ったカネからカネを持ってくる。それしかない」


「なるほど~。さすがグレン、賢いわねぇ」


 リサは俺がやろうとしていることを察したようだ。しかしアーサーには分からないようで、俺とリサの顔を交互に見ている。


「ボルトン卿。この話、私なんかよりもグレンに向いた話だわ。グレンを信じて」


 いまいち意味が分かってなさそうなアーサーは、リサに頷くのが精一杯という感じである。


「だったらリサ。俺の話が上手く行ったら見てくれるか?」


「ええ。報酬をいただければ。順番は待ってもらわないといけないけどね」


 どうやらリサとの間の話は纏まったようだ。次はアーサーの番である。


「この話、俺一人だけでは無理だ。助っ人がいる。俺の方は準備ができてから出発する。アーサー、馬車の用意が出来次第、所領に向かってくれ」


「分かった」


「あと俺は商人だ。この話を請け負うにあたっては無償じゃない。仕事だからな。成功報酬、これはもらうぞ」


 俺の言葉にアーサーは大きく頷いた。


「ロタスティであんな態度をとった上に、俺の家の為に動いてくれるなんて。本当にすまない」


 アーサーは改めて頭を下げてきた。


「気にするな。俺とアーサーの仲じゃないか。お前は俺が孤立無援だったときも、困ったときも、いつも俺の側に立ってくれた。俺は俺なりの返しをするぞ!」


「ありがとう、ありがとうグレン」


 俺とアーサーは立ち上がり、お互いの手を差し出して、固く握手を交わした。この握手は貸し借りとか契約成立なのではなく、この難局に共に立ち向かおうという決意表明なのだ。一緒にスクラムを組むことで力強く戦える事だってある。一人の方が気楽だしポテンシャルが高いときがあるが、いつもじゃない。やはり人間というもの心強い味方が必要だ。


 ――翌日七時。学園の馬車溜まりには早朝にも関わらず二台の馬車が待機していた。一台はリッチェル子爵領に向かう二人乗りの高速馬車で、もう一台はボルトン伯爵家所有の馬車。偶然にもレティとリサ、そしてアーサーは同じ時刻に出立することとなったのである。


「リサ。頼んだぞ」


 レティの次に高速馬車に乗り込もうとしたリサに声をかけると「分かったわ」と返してくれた。邪気をはらむ悪魔である事も多いリサだが、リッチェル子爵家の四人の問題児であるとか、レジドルナの見聞といった「探り」の部分では、その高い能力を発揮してくれるだろう。俺はまず、リッチェル子爵領に向かった馬車を見送った。


「アーサー。詳しいことは早馬で送る。ボルトン伯にしっかりと説明してくれ」


「ああ分かった。グレン、手間をかけるがよろしく頼む」


 車上から答えたアーサーが乗り込む、ボルトン伯爵家の紋章が刻印された馬車も出発した。


(貴族の家はどこも大変だな)


 ボルトン伯爵家にリッチェル子爵家。以前ならドーベルウィン伯爵家一門。問題を抱えていない家は一軒としてない。ノルト=クラウディス家のあれは別格、特殊事例だ。つまりこの国の貴族制度は数百年の歴史の中で大きな歪みを抱えていると断言しても良いだろう。良い貴族悪い貴族という個人的な資質ではなく、制度としての問題があるのだ。


(そう言えば日本の武士もなくなっちゃたんだよな)


 長い間続いた武士も明治時代になってあっという間に消えてしまった。実際はどうだったのかは分からないが、学校ではそう教えている。あれもおそらく制度的に多くの問題を抱えていたのであろう。そうじゃないとあっという間に消えはしない。エレノ世界の貴族制度もあれと似たようなものだろう。俺はそんなことを考えながら教室に向かった。


「あれ、今日は早いね」


 俺が教室で座っていると後から来たフレディが声をかけてきた。よく考えれば普段は鍛錬して風呂に入ってから教室にやってくるので、こんな時間から俺はいない。しばらくするとリディアもやってきた。二人共けっこう早い時間から教室に入っているんだな。


「実は二人に話があるんだ」


 俺は早速あの話を切り出した。ボルトン伯爵家の書類整理に付き合って欲しい、と。


「え、いいの。そんな仕事を僕たちなんかに」


 フレディが戸惑っている。リディアは口にこそ出さないが、顔を見る限り同じ気持ちだろう。俺は貴族の立場になれば、仕事をしたくてもやれる仕事が限られるという話をした後、以前から考えていた台詞を出した。


「社会勉強のまたとない機会だ。こんな仕事、こちらが頼んでもできないぞ」


 二人の心が揺れているのが分かる。もうひと押しだ。


「ボルトン家を助ける事にもなる。諸費用は全部出るし、報酬もしっかり出す」


「でも、伯爵領なんて遠いんじゃない」


 リディアが距離の事を気にしている。だったら距離が近ければ行けるということだな。


「心配しなくてもいい。高速馬車がある」


「高速馬車?」


 二人が一緒に聞いてきた。いい釣り針じゃないか、高速馬車。


「昼夜兼行で走り抜くことで従来の馬車に比べ、三倍の速さで移動できる。移動時間が短いから帰ってくるのも早い」


「そんなに凄いの!」

「一度、乗ってみたいな」


 リディアもフレディも興味津々だ。よし、行けるぞ。俺は畳み掛けた。


「よし、高速馬車に一度乗ろう」


 俺の一声に対して遠慮がちに二人は頷いた。高速馬車の誘惑は報酬に勝ったのである。こうしてフレディとリディアから、なし崩し的同意を勝ち取ったのであった。

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