113 野郎どもの宴

 俺は夢を見た。佳奈の夢だ。前と違って普通の夢。いつもの暮らしの夢だ。だが愛羅が幼い。佳奈は今の佳奈なのに、どうして愛羅は小さいのだ。幼い愛羅はかわいい。かわいいが今の愛羅は大きい。しかしどんな顔だったか、思い出せない。祐介もだ。佳奈はハッキリと覚えているのに、子供の顔はぼんやりとしか思い浮かばない。


 そこで目が覚めた。この前みたいな夢じゃなくて良かった、と安心したが、反面薄情な親だと自己嫌悪になった。


(俺は本当に子供の事はどうでも良かったんだなぁ)


 夢なんかで思い知らされるなんてな。ダンジョンの地下でクリスと東京を見てから、妙にリアルな夢を見るようになった。あれに触発されたのか。しかしこの世界に来て六年、戻りたいと思いながら、その実どんどん忘れている事を痛感させられる。夢はリアルではない。だから夢の中でも夢だと分かってしまう。しかし夢が現実を突きつけてきた。


(全く。これじゃ戻っても子供とはまともに付き合えそうもないな)


 佳奈とはやっていける自信はいくらでもあるのだが・・・・・ 考えていたら滅入ってしまいそうになるので【装着】で着替え、急いで部屋から出る。ロタスティで少し遅い朝食を摂った。朝九時、ということは十二時間近く寝ていた計算になるな。それであの夢だというのだから、何とも言えない気分だ。


 この時間ならば本来、鍛錬をしているはずなのだが、今日はそれどころではない。というか、二週間鍛錬していないので、控え目に鍛錬しないと絶対に筋肉痛で死んでしまう事は明らか。そこで俺はやらねばならぬことを先にこなす。まずはグレックナー、シアーズ、ザルツ宛に封書をしたためると、すぐさま早馬を飛ばした。


 次は魔装具を使った伝搬だ。魔装具は王都トラニアスにある『魔導の塔』で魔道士が二十四時間交代で勤務し、魔術を伝達することで機能している。だから魔装具で連絡が取り合えるのはトラニアス近辺に限られるのだが。それでも魔装具は携帯のように連絡が取れるので大変便利な道具である。


 ただどういう訳か、商人属性しか魔装具が使えないという謎仕様。それを魔装具の中に『商人の魂』を封入することで、他の属性の人間にも使えるようにしてもらったのだ。但し、交信する相手の片一方が商人でなければ使えないという、妙な縛りは残っているのだが。他の人間には使えないが、俺が便利だからまあいいかと思っている。


 俺はこの新型魔装具を運行業者と『グラバーラス・ノルデン』に渡した。だから馬車も早馬もホテルの予約も魔装具一つでできるようになったのだ。先日の高速馬車の運行予約も往路は魔装具での連絡一つで段取りを終えることができた。但し、魔装具の維持経費はもちろん俺持ちだが。


 俺は高速馬車の手配と、『グラバーラス・ノルデン』の宿泊予約、『レスティア・ザドレ』の個室の予約を行った。ウチの分と、レティの分。両方ともスイートルームなんだから文句はないだろう。俺はやるべき段取りをすると、そのまま鍛錬場へ向かった。


「うおおおおおお、やっぱりキツイぜ!」


 誰もいない鍛錬場で俺は一人呻いた。走り込みやストレッチなど準備は念入りにしたはずなのだが、打ち込みを千回やった時点で身が入った。立ち木の前で思わずうずくまる。やはり間隔が開くとこうなるわけだ。毎日鍛錬しないと身体の感覚が鈍ってしまう。俺は切り上げて風呂場に直行した。そのまま寮の部屋で呻いたことは言うまでもない。


「ううううううううううう」


 身体のあちこちが痛い。別にサボろうと思っていたわけじゃないが、クラウディス地方の旅が長かった事が改めて分かった。ある程度痛みが治まったところでストレッチを初めて落ち着いてから昼食を摂った。でないと身体が痛すぎる・・・・・


 感覚が鈍ったという点ではピアノも同じだ。絶対ダメになっているということが分かっていたので、屋敷のグランドピアノではなく、器楽室のアップライトで弾いてみたが予想通り全くだった。ピアノにしろ鍛錬にしろ、基本毎日やらないと感覚が鈍る。レベルを上げるのは容易じゃないが、落ちていくのはあっという間だ。


 夕方、もう一度立ち木に挑戦してみたが、やはり速攻で身が入ってしまった。事前に運動してやってみたが無意味だったので素直に撤収するしかない。身体が痛くて仕方がない俺がやれることは、さっさと夕食を食べて寝るしかなかった。


 思いっきり早く寝たおかげで翌日の目覚めは非常に良かった。身体は痛いが平常のスケジュールを通りに鍛錬を行い、その後にピアノを入れた。リサはいない。リサは4時過ぎにムファスタに向けて旅立っているはずだ。俺の方は昼、予定通り馬車で街に向かった。まず訪れたのは鍛冶ギルド『玉鋼たまはがね』を使った刀を作ってもらう為である。


 応対に出た鍛冶ギルドの男は、俺との話を覚えていた。おかげで話はすぐに進んだ。俺が持ち込んだクラウディス産の『玉鋼』は良質なもので、いい刀ができるそうだ。刀は五振りできるとのこと。俺は希望通りの刀を作ってくれたなら一〇〇万ラント出すと言ったら、相手の方が仰け反ってしまった。


 しかし相手の目が真剣になったのを見ると、言って良かったと思う。どうせ作るなら気合を入れて作って欲しい。俺は一振りでもできたら連絡をしてくれと伝えて、鍛冶ギルドから去った。次に訪ねる先は『金融ギルド』。会うのはもちろんシアーズだ。馬車を帰らせ中に入ると、シアーズが歓迎してくれた。


「よく来てくれたな、グレン!」


 シアーズは上機嫌だ。貸し渋り対策で宰相閣下と談判できたのは良かった、としきりに言ってくる。リサが言っていたように宰相閣下と意気投合したりしたことがよっぽど嬉しかったのだろう。


「ああいう理解のある人物が宰相であれば、王国も安泰だろう」


「実はそうでもない」


 シアーズから笑いが消えた。俺が冷水を浴びせつけたようなものなのだが、シアーズには理解してもらわなければならなかった。


「我が国情は貴族領の割合が高く、直轄領は三割に満たない。宰相閣下が影響を直接及ぼせるのは、この三割未満の直轄領とノルト地方とクラウディス地方の自領のみだ」


「影響力を半分も行使できない、と言いたいのか」


「そうだ。貴族派と宰相派国王派の領地配分は五五対四五。実に危うい」


 ううう。シアーズは唸った。多分俺が今まで出会ったエレノ世界の住人で、最も鋭敏な男であるシアーズがこの話を聞いて分からぬ筈がない。


「今は貴族派がバラバラだから成立している体制ということか・・・・・ 確かに危うい」


「だから宰相閣下は夫人の墓参もできない状況。だから俺が参ってきた」


 シアーズがハッとした顔になった。言わんとすることが分かったのだろう。しばらく考え込んだシアーズはこう言った。


「優秀なヤツとそうでないヤツ。どちらを取るか。どんなに力があっても取る人間は・・・・・」


 決まっているさ。答えは一つ


「優秀なヤツだ」

 

 そうだ。シアーズの言葉に、俺は黙って頷いた。多分シアーズはこう言いたいのだろう。


「俺たちが宰相閣下を支えてやろうじゃないか」


「ああ」


 やはり予想通りの答えが返ってきた。シアーズは本当にビジネスマンなのだ。その忠誠心はカネではなく、仕事にある。こういう味方が増えて、クリスもきっと喜ぶだろう。俺は気になっていた事を聞いた。


「ところでフェレット商会はどうなんだ」


「最近ヤケに大人しくてな」


 『金融ギルド』の設立や『金利上限勅令』で、活発だった動きが鳴りを潜めたらしい。特に歓楽街の融資がガッチリ絞られた事で、カジノや娼館の客が減ってしまったそうだ。逆に言ったらこれまで無茶な借金負わせて、無理に出入りさせていたということにもなってしまうのだが。あと、この周りにいたゴロツキまがいも消えてしまったという。


「これというのも警護団、あいつらのおかげだよ」


 グレックナー達が早くも仕事をしている事に驚いたが、やっぱり頼んでおいて良かった。俺はひとしきり意見交換をすると、シアーズと魔装具の連絡交換をした。ついでに『グラバーラス・ノルデン』と運行業者にも魔装具を設置したことを教えると、「若いやつの頭は柔軟だ」と妙な褒められ方をしてしまった。実は中身がおっさんなんだけど・・・・・


 また会おうとシアーズに声をかけ『金融ギルド』を後にすると、近くにある警護団「常在戦場」の屯所の敷地に足を踏み入れた。中に入ると鍛錬場から、激しく威勢のいい声が聞こえてくる。何か活気があるようだ。しばらく鍛錬光景を見物していると、俺の気配に気付いた団員らがリーダーらしき人間の指示でこちらに向かって整列した。


「『おカシラ』に向かって礼!」


 おカシラ????? 十人前後の隊士一同が頭を下げる中、誰に向かってのものなのかと思って左右の後ろを振り向いたが誰もいない。えっ、俺なのか! 礼が終わるとリーダーが近づいてきた。見るとガッチリとした体型の人物、警備隊長のフレミングだ。


「ようこそ『おカシラ』!」


「『おカシラ』って、もしかして俺なの?」


「ええ。だってアンタが雇い主だから」


 そうだったんだ。フレミングの言葉にようやく納得したのだが、その間の俺の態度が面白かったのか、隊士一同皆笑っている。グレックナーがどこにいるのか、と問うと執務室にいるというので、礼を言うとそちらに向かった。急いだのは、この場にいるのが何か気恥ずかしかったからだ。俺は建物に入り、そのままグレックナーの執務室に入った。


「いやぁ、ようこそ『おカシラ』」


 発信源はここか! なんか『おカシラ』だなんて、なんだか悪の頭目になった気分だ。これ、ヤメロと言っても聞かないのだろうなぁ。仕方がないので『おカシラ』を止めさせる道は断念して本題に入った。


「実は最近、ウチの紋章を付けた羽織で警備して欲しいという引き合いが増えてな。いいのかどうかと思ってな」


 『常在戦場』の四文字を左右上下に並べ、その周りが装飾されているデザインが採用された警護団の紋章の人気が高く、貴族などからの依頼が増えたらしい。俺が給金を払っているのに、それ以外の収入を得るのはどうなのかということでの相談だった。


「いいよ、いいよ。大いに結構」


 俺は請け負った仕事に対し、隊士職員には公正明大に給金が支払われていれば、それでいいと答えた。本業である三商会やシアーズ、ワロスらの警備さえやってくれたら後は何をやってもらっても結構だ。


「そういうことならもう一つ頼みたいんだ。隊士職員を増やしたい。百人程度まで」


「ああ、いいよいいよ。予算も増やそう」


 今の三倍まで拡張する。凄いじゃないか。グレックナーの能力に相応しい規模になる。大いに結構。警護団を作って良かった。俺の返事にグレックナーは大いに喜び、警護団のあれやこれやの話を聞いたら大いに盛り上がった。気がついたら夕陽が沈み、警護隊長のフレミングが「時間ですよ」と声をかける始末。話足りない俺は思わず言った。


「よし、今日は俺のおごりで一杯やろう」


「いいんですかい!」


 話を聞いたフレミングをはじめ隊士達が大いに湧いた。「おい、行こうぜ!」と言うと、話を聞いていた事務長のディーキンら事務員までも加わり、野郎どもばかり、総勢三十名ほどのむさ苦しい一団が誕生してしまったのである。この一団と共に繁華街を練り歩き、一軒の飲み屋に入って乾杯の気勢を上げた。


 当たり前だが、むさ苦しい屈強の漢達。飲むわ飲むわ、無茶苦茶飲んで、店の酒を飲み干す事態が発生。入った店をあっという間に飲みつぶしてしまった。恐るべし、『常在戦場』のむさ苦しい野郎ども!


「今日稼ぎに行っていた奴らは運が悪かったよなぁ」


「そうそう。特に女剣士は運がない」


 隊士の中からそういう声が聞こえた。そうか、仕事で出ていっている隊士もいたんだ。ていうか女剣士なんてのもいるのか。まぁ、そいつらにもまた何か手当をしなきゃならないな。そんな事を思いながらみんなに声をかけた。


「よし! 次の店に行こうか!」


 俺が言うと、皆がオオー!!! と地鳴りのような歓声を上げて店を出て、歓楽街を再び練り歩き出した。俺も一緒に気分良く歩いていると、客らしい男の腕を持ってすり寄っている、ケバケバしい呑み屋の姉ちゃんみたいな女が目に留まった。あれは・・・ まさか・・・


「コ、コルレッツ・・・・・」

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