036 信用のワロス

 貴族子弟が恐れる『僧院送り』。昨日、アーサーとスクロードの会話を聞いてどんなところか興味が湧いたので、フレディに聞いてみた。


「行きたくないところだよ、あそこは」


 神官の息子は忌々しそうに教えてくれた。


「僧院だけは入りたくないから学園に来たんだよ、僕は」


 え? そうだったの。と反応すると、フレディは事情を話しだした。神官の子供は神官学校に行くのが一番とされているが、入るのも難しいし、授業も大変。ということで、学園か学院を目指すことになるという。そこも入れなかったら、否応なく僧院に入ることになる。僧院は無条件で入ることができるそうだ。


 しかし僧院という所には誰も行きたがらないらしい。その理由は『厳しさ』。朝3時に起床して清掃と礼拝を行い、貧しい食事を食べた後は、学習と慈善活動、そして礼拝。夕方になってまた貧しい食事と、一日の懺悔を行い就寝するという、まるで修行僧みたいな生活を強いられるとのこと。


 というか、僧院だから修行するところだったな、よく考えたら。また僧院に入ると『トンスラ』とかいう頭頂部の髪を剃り落とし、周辺部だけ髪を残す髪型にしなきゃならないので、これもイヤだとフレディは言った。要はザビエルカットみたいな頭にするってことだよな。そりゃ嫌がるわ、みんな。


「だから俺は早くから学園に狙いを定め、推薦獲得に全力だったんだよ。間違っても僧院送りは勘弁だ」


 フレディはいかに僧院回避に力を注いだかを力説した。そりゃそうだよなぁ。僧院とは現実世界の修行僧のいる寺や修道院と同じような施設。だったらみんな嫌がるのは当然。まして恵まれた暮らしをしている貴族子弟ならば尚更だ。


「グレンがギルドの学園推薦枠がいつも余っていると言ってたときはビックリしたよ。だったらこっちに全部回してくれと。結構大変だったんだぞ、推薦の獲得」


「おいおい、まさかそんな話になるなんてな」


 俺は思わず苦笑した。それぐらいフレディにとって学園推薦枠を獲得するのが大変だったのだろう。僧院回避の為に神官子弟がしのぎを削る展開になっていただろうことは容易に想像がつく。世の中、どこも大変だ。フレディのおかげで一つ勉強になった俺だった。


 ――放課後。ピアノをひとしきり練習した後、俺は商人服に身を包み、頼んであった馬車に乗り込んだ。行き先は歓楽街。目的は学園への融資代行業務を引き受けてくれる業者『信用のワロス』へ顔出しをするためである。自分からの頼みとはいえ、まさか自分への刺客を募集しているヤツの所に行く事になるなんて思いもしなかった。


 歓楽街の馬車溜まりに到着すると、馬車を降りた。混雑解消の為、歓楽街では馬車制限がなされ、高位貴族の馬車以外の乗り入れが規制されている。元々、この辺りは道が広い訳ではないので、こうした規制は必要なのはわかる。俺が乗った馬車は待機できないのでそのまま立ち去った。


 実は王都に来て以来、歓楽街に足を踏み入れたことはない。現実世界にいた時もそうなのだが、この手の雰囲気は苦手で、どうにも行く気になれなかった。現実世界と王都の共通点は猥雑な風景と飲み屋が集まっているということ。相違点はカジノと娼館の有無だろう。


 実際来てみると、ひと目で分かるカジノと娼館の存在は圧倒的だ。特にカジノは『エウロパ』と『カリスト』という二つのホテルが併設されており、年中無休二十四時間営業という、現実世界ではちょっと考えられないくらいの奔放な営業がなされている。もしカジノ業者がエレノ世界の実情を見れば歓喜するのは間違いない。


 リヘエ・ワロスが経営する『信用のワロス』はすぐに見つかった。というのも、そのカジノにほど近い、小さな川に架けられた橋の対岸にある建物の外壁に『信用のワロス』という看板がデカデカと掲げられていたからである。


(趣味が悪いぜ)


 黄色と黒で描かれた看板を見た率直な感想である。橋のたもとにも立て札が立てられていたが、どうでもよさそうなので普通に放置し、『信用のワロス』に入った。


「ようこそ、『信用のワロス』に~」


 入ると二十代前半と思われる女性が待ち構えていた。結構な美人である。その美人の女性に案内された先に白髪初老、短躯の男が立っていた。その風貌たるや、どう見ても悪徳商人。この男、間違いなくリヘエ・ワロスだ。


 もちろん俺は思ったことを口どころか表情にも出さず、名乗りを上げる。これがエレノ世界の商人儀礼だ。儀礼だからおかしいと思っても仕方がない。俺の名乗りを受け、相手も名乗りを上げる。もちろん「リヘエ・ワロス」と名乗ったのは言うまでもない。名乗りを終えると共に応接セットに座った。


「今回の学園生徒会への融資は公益性が高いことを承知していただきたい」


 俺は早速、学園生徒会への融資委託について説明した。学園側への融資は一年とし、最初の半年間は無利子、残りの半年間は五%の利子とすること。初期融資を七〇〇〇万ラントとし、以後の融資は一〇〇〇万ラント単位とすること。学園側の返済は月単位で行うこと。俺からワロス側への融資は一年とし、無利子とすること。


「で、いかほどの融資をいただけるのでございましょうか?」


 ワロスは手もみをするかのように、下手に出つつ損得を見極めんと、眼光鋭くギロリと見てくる。これはまさに悪徳商人の所作。俺は淡々と言った。


「まずは一億ラント」


 ギロリと見たままワロスは硬直している。おそらく、俺がいきなりそんな額を出すと言うとは思わなかったのだろう。次に融資額が五〇〇〇万ラントを越えたならば、あと五〇〇〇万ラントを追加で融資する旨を伝えた。


「一、一億五〇〇〇万ラント・・・・・」


「今は既に融資総額五〇〇〇万ラントを越えている。ゆえに融資額が一億ラントを越えたならば、更に五〇〇〇万ラント上積みしよう」


「!!!!!」


 さすがの悪徳商人も唖然としている。さすがの悪徳商人も二億ラントは予想外だったか。


「金利は要らん、どうだ?」


「へ、へ、へ。ワシの負けだ。シアーズ兄貴の言うとおりだったわい」


「シアーズから何か言われたのか?」


「殺したほうが利が出るか、生かしたほうが利が出るか、値踏みしろってな」


 シアーズは知ってたんだな。ワロスが俺に刺客を立てようとしていたことを。


「で、結論は?」


「やらねえよ。できるわけないだろ。俺の種銭よりデカイ金掴まされられて、誰がやれるんだ?」


 目の前に殺し屋を雇って殺そうとした人間の目の前なのにも関わらず、ワロスに悪びれる素振りはない。これぞザ・悪徳商人!


「この話、アルフォード殿のご条件でお受けさせていただきましょう」


「いいのか、それで?」


「いいも何も、好条件を捨てる理由はございませぬ故」


 ニヤリと悪徳商人らしく笑ったワロスに、俺はに一億五〇〇〇万ラントを取引ギルドで引き取る事と、持ってきた書類を示し、学園生徒会に七〇〇〇万ラントの融資と契約をするように迫り、同時に生徒会会計主査へのキャッシュバック、いわゆる「スラッシャー資金」についても了を求めた。答えはもちろんイエス一択。簡単に話にケリが付いてしまった。


「ところで、繁華街に店を構えているというのは、カジノ客目当てなのか?」


 契約話が終わったので、ここに来て漠然と抱いた疑問をぶつけると、ワロスは力なく首を横に振った。なんだ、その悪徳商人らしくない所作は。


「ここにはカジノの客なんかが・・・・借りには来ませんぜ」


 俺が何故という表情を見せるとワロスは続ける。


「カジノの中に、貸金屋と質屋が入ってますんでね。フェレットの息がかかった」


 フェレット! フェレット商会だと! フェレットはこんなところに手を伸ばしてあきなっていたのか。俺の驚きを察したようで、ワロスは更に話を続けた。


「カジノと娼館はフェレットのシマ。他所が入る隙など、ござりませぬわ」

「歓楽街はフェレットの天下。ここを抑えている限りガリバーなのですよ」

「歓楽街の情報を握る。それが天下を握ることでございまする」


 少なくともワロスはフェレットに食い込んでいない。悪徳商人らしくからぬ、と言えばそうかもしれないが、口ぶりから見て食い込めていないのは間違いない。ということは、ワロスが兄貴と慕っているシアーズもカジノに絡めていない可能性が高い。俺は試しに素知らぬフリをして呟いた。


「なるほど。だからシアーズが動くと、フェレットが、となるのか」


「フェレットにとって兄貴は目の上のたんこぶ・・・・。あからさまに言うことを聞かねえからな」


 やはり。フェレットとシアーズの間には、なにかある。カジノでの貸金を巡る確執なのか、それ以外にも対立する要素があるのか、現段階では定かではない。だが三商会連合と手を結ばんとするかのようなシアーズの『金融ギルド』への前のめりの姿勢に、フェレットが大きな動機となっているのは間違いなさそうだ。これは会うのが益々楽しみになってきた。


「一つ頼みたいことがあるんだが・・・・・」


「聞ける頼みと、そうでない頼みがあるぜ」


 そんなことは分かっている。


「お前が雇っていた殺し屋を紹介して欲しいんだ」


「!!!!!」


 ワロスが目が点になっている。鳩が鉄砲玉を食らった顔だ。いやぁ、悪徳商人をギャフンと言わせるのは面白い。


「まさか俺を狙う気か!」


 狼狽えているワロスがいい味を出している。


「違う違う。どんな奴か会ってみたいだけなんだよ。それに役に立つんだったら雇ってもいいしな」


「しかし、この世の中には物好きもいるもんだぜ」


 ワロスは呆れながらも紹介することに同意した。ただ殺し屋は依頼そのものがなくなってしまったので、手付け以外のカネが受け取れず、代わりにモンスター討伐の仕事を請け負って稼ぐことにしたそうだ。そういうことで今現在、殺し屋は国境の方に出かけており、王都に帰ってくるのは暫く先だろう、と。


「帰ってきたら教えてくれよ」


 俺はそう頼み、『信用のワロス』を後にした。

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