第15話 想い
髪を乾かして夜風に当たっていると、扉の向こうに人の気配がした。
静かに扉がノックされる。緊張が高まる。手の先と足の先が冷たくなる。リコはゆっくりと扉を開けた。
「こんばんは」
バルクはいつものように、柔らかく笑った。緊張がほぐれてゆく。
「ねえ、リコ」
バルクは部屋の中に足を踏み入れずに言う。
「確認したいんだけど…今も、気持ちは変わらない?」
胸がぎゅっとなる。ここで、やっぱり怖い、やめたい、と言えば、バルクはそのまま戻るつもりなのだろう。そして明日からも、変わらず接してくれるに違いない。それだけで、不安を消し去るには十分だった。
〈…うん〉
リコはバルクの手を取って招き入れる。書庫の隣の扉を開けると、中はまた廊下になっていた。短い廊下が左に折れた先に、もう一つ扉がある。そこが寝室だった。
寝室は広かったが、調度類は必要最低限しかなかった。床にランプがいくつか置かれていて、オレンジ色の明かりが灯っていた。
バルクが後ろ手に扉を閉めた瞬間、二人は固く抱き合った。
バルクの手の熱が、チュニックの薄い布越しに直に伝わる。立ったまま、長いキスをする。
唇を離すと、バルクはリコを抱き上げて、ベッドに横たえた。
「嫌なことや痛いことは、必ず教えて。我慢しないって、約束できる?」
〈約束する…〉
リコは子どものように素直に答えた。
「約束だよ」
再び、ゆっくり唇を重ねる。
舌先をなぞられて、リコは背中をそらせ、太腿をぴったりくっつける。バルクの舌の動きに合わせて、身体が勝手に動いてしまう。自分の身体なのに、制御できない。
バルクの唇が、首筋に移る。肺の中の空気を一度に搾り出したように、鋭い吐息が漏れた。頬の産毛が逆立つ。耳を舌でなぞられると、じっとしていられない。酸素が薄くなったようだ。リコは口を開けて、荒く息をする。その口が、バルクの口で塞がれ、舌を優しく吸われる。頭の中心がとろけて、何も考えられない。
バルクの大きな手が、脇腹のラインをなぞって登ってきて、優しく触れる。心臓を掴まれたような、切ない気持ちになって、リコは目を開いた。目が合う。優しい目。
〈バルクの手、好き…。もっと、触って…〉
リコは舌を絡めたまま、「言う」。バルクは目を閉じて、眉間に皺を寄せた。
〈バルク…初めて見た時から、あなたのこと、好きだったの…。聖域にあなたたちが入っていったこと、知ってた。それはよくあることで、それで大抵、すぐに出てくるか、二度と出てこないかのどちらかだから、特に何もしなかった…。その中に、少し変わった魂の人がいて、惜しいけれど、どうしようもないと思った…。でもその人だけが、聖域から逃れてきた…そして…そして…〉
リコはもう一度目を開いた。
〈あの光景、忘れられない。魂そのものみたいな、青く光る大きな狼が、森を駆けてた。だけど、酷く傷ついてて。こっちに来て、わたしのところに来て、って叫んだけど、届かなかった。そうするうちに村の精霊使いたちが追ってきて…〉
バルクは唇を離した。リコと違って、話したい時はキスをやめなければならないのがもどかしい。
「あの時、声が聞こえた。はっきりと。そうだ。きみの『声』だ」
〈わたしの「声」、届いてた…〉
「届いたよ」
バルクはチュニックの裾に指をかけると、するりと脱がせた。
浮き出た鎖骨にくちづける。
〈わたしが、お願い、殺さないで、って言ったから、風と火があなたを助けに行ってくれたの。決まりを破って〉
「そうだったんだ」
バルクは、キスを徐々に下の方へ移していく。胸の先にキスされると、身体がビクンと跳ね上がる。柔らかく口に含まれると、甘く痺れる。リコはバルクの眉を指でなぞる。そのままこめかみを撫で、髪をまさぐる。
バルクは顔を上げて、間近にリコを見つめた。
「リコ、きみは素敵だ」
〈バルク…〉
「リコ、好きだ。愛してる」
ランプの灯が静かに揺れた。
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