第162話:ほぼパパ

 魔族の家宝であるユニコーンの杖が復活したお祝いと、異種族同士の交流を深めるために、拠点内で肉パーティーが行われた。


 身内の集まりみたいなもので、ワイワイと盛り上がりを見せるが、料理をクラフトする俺とメイドのアリーシャさんだけは、せっせと働く。裏方に回る人間がいるから、みんなが楽しめるんだ。


 今日ばかりは肉しか食べないメルに、野菜を勧めないことにしよう。祝い事に水を差すわけにはいかない。


 そして、ユニコーンの杖の修理で一番頑張ったのは、ヴァイスさんになる。寝る間も惜しんで作業する姿は、種族など関係なく、大きな影響を与えてくれた。その功績を称え、肉うどんを進呈しよう。


 昔からの知り合いのように肉パーティーが進んでいくと、生産職という共通点を持つ男性陣と、ぬいぐるみ遊びで交流する女性陣に分かれることになった。和やかなムードに包まれているため、余計な干渉はしないでおく。


 その結果、最後まで裏方に徹する俺とアリーシャさんは、皿洗いをすることになったが。


「ミヤビ様と一緒にいると、メイドの仕事がなくなりますね……」


 なぜかしんみりとした空気を漂わせるアリーシャさんが水で皿を洗い、それを受け取った俺が水気を拭き取っていく。


 ここが領主邸だったら、俺は何も考えずにパーティに参加しただろう。でも、ここはうちのパーティ拠点になる。公爵家のメイドであるアリーシャさんも、本来はお客さんだと思うんだよな。


 まあ、シフォンさんの専属メイドが終わった後、うちのパーティ拠点で働く約束しているし、あまり気を遣う必要はない。油断するとすぐにパパ呼びしてくるし、今日はインターンシップみたいなものだよ。


「メイドの仕事は大変そうですし、たまにはゆっくりできていいじゃないですか」


「急に仕事がなくなると、どうしていいのかわかりません。まだ建てられたばかりですが、屋敷全体の掃除をいたしましょうか?」


 カレンの部屋が綺麗に掃除をされていたけど、なんか変なスイッチでも入ったのかな。昼間は高原都市ノルベールの警備をしてくれていたし、メイドの仕事不足で物足りないんだと思うけど、夜に掃除を始められても困る。


「いえ、大丈夫です。そろそろメルたちが風呂に入ると思いますので、一緒に入ってきてください」


「私の扱いが客人ではありませんか。魔族の方々に、人族のメイドは何もしないと思われないか心配になります」


「安心してください。執事のジジールさんが一番肉を食べるくらいには、自由に過ごしていますから。ダメだと思われる要素はありませんので、楽にしてください」


 魔族に客人をもてなす文化がある影響か、ジジールさんは随分と羽を伸ばしているんだよな。招かれた以上は接待を受け、招いた時にしっかりと返す、そういう考え方なんだろう。


 最後の皿を洗い終えたアリーシャさんは、やることがなくてもどかしいのか、近くにあった椅子に腰を掛け、俺を見つめてきた。


「では、少々パパとお話ししましょうか」


「寝ぼけていない限り、リズでも俺のことをお父さんと呼びませんよ。ミヤビでお願いします」


「困りましたね。すでに八割方パパなのですが」


 それはもう本格的にパパじゃないですか。他人の要素が低すぎますよ。半年ほど手紙のやり取りをしていただけなのに、まさかパパ度が二割増しになってしまうとは……。


 久しぶりに会えて嬉しい気持ちはあるため、俺はアリーシャさんの話し相手になろうと思い、向かい合うように椅子に座った。


「アリーシャさんも学園生活をしているんですよね。やっぱり魔法の勉強って難しいんですか?」


「大半の学生が頭を抱えるくらいには、難解なものが多いです。専門用語を覚えるだけでも、馴染みのない言葉ばかりなので、なかなか頭に入りません」


「専門用語を覚えていないと、何の話をしているのか理解できなくて、授業に置いていかれるパターンですか。普通に通っていても、遊ぶ暇はなさそうですね」


「二か月に一度はテストがありますし、毎日お嬢様と復習しているのですが、授業についていくことで精一杯。休み明けはいきなりテストなので、せっかくの夏休みも勉強しなければなりません」


 魔法学園とは言うものの、ガチガチの進学校みたいだな。実習と学科を両立するため、かなり厳しいカリキュラムが組まれているんだろう。


「そこに領主の引継ぎや挨拶回りが合わさるなら、本当に大変ですね。クレス王子が魔族との交流は大変だと愚痴をこぼしていましたけど……、あれは本音だったのかな」


「事実ではあると思いますが、高原都市ノルベールで多少の息抜きはできましたし、もうひと踏ん張りです。私とお嬢様が一緒にいられるのも、残り僅かですし……」


 そう言ったアリーシャさんは、少し寂しそうな表情をしていた。小さな頃から共に暮らしていたシフォンさんと離れるのは、やっぱり悲しいんだろう。


 でも、うちのパーティ拠点で働くことが決まっている以上、向かい側は領主邸になる。気軽に会えることはないにしても、顔を合わせる機会は多いはず。


 同じことを考えていたみたいで、すぐにアリーシャさんは笑顔を作っていた。


「ベルディーニ家のメイドを終えたとしても、パパの屋敷で働けるのであれば、またお嬢様にも会う機会はあります。正直、そこが一番ホッとしていますね」


「俺はミヤビですし、パーティ拠点ですけどね」


 いや、学園の話を聞くなんて、パパみたいなことをやっていたけども!


「聞き間違いでしょうか。パーティ拠点を装っていますが、リズ様との新居ですよね。今さらお付き合いしていることを隠す必要はありません。二人が親子関係でないことは、さすがに気づきますよ」


 メイドらしからぬニヤニヤとした表情を見せてくれるが、完全にアリーシャさんは勘違いしている。この屋敷はガチのパーティ拠点であり、俺とリズは付き合ってなどいない。


 非常に複雑な関係で、とても仲が良いだけなんだ。互いに親子だと認識することがあるくらいに。


「いや、本当に親子関係みたいなものなんですよね」


「またまた~。半年前、毎日二人でデートされていましたし、別れ際にはリズ様が大泣きしていました。悲しそうな表情で王都を離れるパパを見れば、二人が恋仲であるのは明らかです」


「そういえば、リズの髪を少し伸ばすようにしたの、アリーシャさんですよね? あれ、本人は何も意図に気づいてないですよ」


 そんな馬鹿な話はありません、と呆れた表情を見せるものの、思い当たる節があったのか、アリーシャさんは固まった。なぜなら、スーパー鈍感少女であるリズは、俺のことを本当に父親だと認識しているからだ。


「魔法学園に在籍中、リズ様と魔法の勉強かパパの話しかしていませんでしたが、本当にお付き合いされていないんですか?」


「していないですね。親子関係みたいなものなので」


 一人の父親みたいな立場の人間として嬉しいですが、一人の男としては複雑な気持ちになりますよ。


「では、パパはどう思われているんですか?」


「アリーシャさん、いい加減にパパはやめましょう。だんだん呼ばれ慣れてきた自分がいて、複雑な気持ちになります」


 うまいこと恋愛の質問を回避して、ホッとひと安心していると、アリーシャさんはわかりやすく落ち込むようにうつむいてしまう。


「二人の時だけでも、お願いします。専属メイドをしていると、家族に会う時間がなく、極度のホームシックに陥る場合があります。メイドの仕事を手伝ってくれるミヤビさんといると、小さい頃に仕事を教えてくれていたパパを思い出し、とても心が安らぎますから」


 断りにくい理由もやめていただきたい。俺に父親を求めるのは構わないけど、パパ呼びをやめてもらいたいんだよなー。


「ちなみに、リズ様はママに似ています」


「えっ?」


「私のママは冒険者で、ベルディーニ家の屋敷で執事をしていたパパと結婚しました。今は別の街に住んでいますが、ミヤビさんとリズさんの関係に近く、二人とも性格がそっくりなので……とても懐かしい気持ちでいっぱいです」


 リズのお姉さん的ポジションにいると思っていたアリーシャさんが、まさかの娘ポジションにいたという新事実が発覚した瞬間である。もしかしたら、リズと二人でいるときは、ママ呼びをしているのかもしれない。


 三人の関係が複雑化していると思い、頭を悩ませていると、アリーシャさんが俺の顔を覗き込んできた。


「二人は相思相愛で間違いないと思うのですが……、じっくりと観察させていただこうと思います。お嬢様と別れるのは寂しいですが、良い就職先が見つかりましたね」


 こうして、身近な場所で親(?)の恋愛を見守ろうとする者が誕生するのだった。

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