第145話:成長を実感する者
座り込むリズの周りに集まった俺たちは、緊急会議を開くことになった。
ボロボロになったメルの剣を修理しないといけないし、リズの魔力が底を尽きている。ベルガスさんも足を怪我しているため、レミィしか戦闘できそうにない。
強力な魔法でトロールキングを攻撃していたことを考慮すれば、レミィも残りの魔力は少ないはず。下手に動くよりも、回復に専念した方がいい。
そんなレミィはいま、バレリーナのように華麗な踊りを披露してくれている。手足から光が漏れ出ていて、魔族の見た目とは裏腹に、天使が舞っているようだった。
「キラキラ~、キラキラ~。認識を阻害する結界を張っておくね」
癒されると思っていたら、結界の効果だったか。学芸会を見守る父親みたいな心境になった影響だと思っていたよ。
レミィの真似をしてメルが踊り始め、安全地帯という聖域が完成したところで、俺はリズに耳打ちをする。
「今まで薬草を使ったことないんだが、どうやって使うんだ?」
痛々しいベルガスさんの怪我は、早めに対処しておいた方がいいだろう。幸いにも、冒険者ギルドの依頼で薬草を採取することもあるので、いつもインベントリに入れているんだ。こういった非常事態に有効活用できるなら、使っておきたい。
「あぁー、ベルガスさんの怪我だよね。人族なら煎じたものを塗り込むけど、魔族はどうなんだろう。体の仕組みが違うかもしれないし、直接聞いた方が――」
「気にするな。見た目以上に悪くない、治療など不要だ」
コソコソと話すには、あまりにも距離が近かったらしい。視線も怪我した足に行ってしまうし、バレやすかったかな。
「こっちも大したことはできませんよ。持ち合わせは薬草くらいなので」
「いや、本当に不要なのだ。致命傷でない限り、魔族は魔力を消費して治癒する体の構造をしている。これくらいの傷なら、放っておいても数時間で治るだろう」
平然とした顔でベルガスさんは言うけど、治りそうな雰囲気が見られないし、見ているこっちの方が痛いんだよなー。
気を遣ってやせ我慢してるのかなーと考えていると、結界を張り終えたレミィとメルが寄ってきた。
「レミィ、今の話は本当か?」
「ベル兄が言うことは本当だよ。でも、薬草をヌリヌリした方が早く治るかな」
やっぱり子供は素直だよな。ベルガスさんが渋い顔になったから、レミィの言うことは間違いなく正しい。
ほらっ、猫さんのぬいぐるみを貸してあげるから、メルと遊んでおいで。結界内になると、広いスペースはないけど。
メルとレミィがぬいぐるみ遊びを始めるなか、俺はすり鉢・すりこぎ・薬草を取り出して、リズに手渡す。
「ベルガスさんの治療はリズに任せるよ。俺はメルの武器を修理することに専念したい」
「待て。そこまで人族にしてもらうわけにはいかない。治療するなら、自分で煎じよう」
必死の形相でベルガスさんが主張してくるけど、こればかりは仕方がない。魔族とか人族とか関係なく、俺たちはいま、協力体制を取らなければならないんだ。
「レミィが結界を張ってくれましたけど、魔物が来ない保証はありません。現状としては、うちのパーティに戦闘できる人はいないので、ベルガスさんに戦ってもらうしかないんですよ。だから、薬草よりも武器を持っていてください」
「うぐっ……。すまないな」
「このままでは魔物の餌になりかねないですし、ひとまず人族や魔族のくくりをなしにして、互いに協力しましょう。借りはなし、ということで」
「わかった。その言葉に甘えよう」
納得してくれたベルガスさんが剣を握り、リズが軽快なリズムで薬草をゴリゴリするなか、俺はレッドドラゴンの牙を素材に使用したメルの剣の修理に挑む。
二度とやりたくないと思っていた作業だが……仕方ない。凶悪な魔物を討伐するためには必要な力だったし、メルも悪気があったわけじゃないんだ。気合いを入れて修理するか。
リズもかなり強い魔法を使ったみたいだし、あとでリズの武器のメンテナンスもしておこう。
「強くなったよな、リズ。魔法学園から帰ってきて、別人みたいなレベルになってるぞ。いつからあんなに強力な魔法を使えるようになったんだ?」
「出た、そうやってミヤビはすぐに褒めるんだから。アイスランスを五重展開して、合成した後に魔法チャージすると、あんな感じになるだけだよ。実戦で使うには隙が大きいし、実用性は低いんだよねー」
シャドウウルフキングを討伐するのに、Aランクパーティが必要なことを考えると、トロールキングも似たようなもんだと思うんだよな。それを一撃で討伐する魔法を持っているのに、客観的に自分の強さを理解していないとは、どういうことなんだ?
以前は、冷静に自己分析できていると思っていたけど、明らかに過小評価しすぎだろう。上級魔法が使えないなんて、些細なことだ。
「トロールキングを倒す手段があるなら、本格的にAランク冒険者が見えてると思うぞ」
「当たらなきゃ意味ないじゃん。そんなに甘い世界じゃないよ」
「当てればいいだけの話だろう。トロールキングの亜種を討伐するために必要な戦力を、もっとよく考えてくれ。サポーターの俺は戦力とカウントしないし、ベルガスさんは攻撃を受け止めていただけだ。討伐できたのは、リズの魔法のおかげだろう?」
確かに……と言わんばかりのリズは、薬草をゴリゴリしながら、納得し始めている。もしかして、私は強くなっているのでは、と。
「えー? べ、別にそんな、私のおかげじゃないし。つ、強くなっちゃった……のかなー?」
めちゃくちゃ口元が緩んでるじゃん。顔全体に嬉しいという感情が出ているぞ。そんなことはシャドウウルフをソロで討伐している時点で気づいてほしいよ。
でも、それは俺も同じことが言えるかもしれない。ヴァイスさんでも苦労すると言っていたメルの剣の修理作業が、妙にスムーズに直せているんだ。
思わず、ベルガスさんが顎に手を当てて感心するほどに。
「ミヤビは器用な人族だな。ここまでドラゴンソードを簡単に修理する
「いや、俺はクラフターですけど」
「あぁ、そうか。確か魔族とは文化が違い、呼び名も生成法も違っていたな。人族やドワーフ族は専門職に分かれるが、エルフや魔族は総合職に分類される。そのため、魔族は武器防具の生成を錬金術師と呼ばれる者が担当するんだ」
錬金術師か……。VRMMOの世界では登場しなかった職だな。アンジェルムの街や王都でも見かけないし、エルフと魔族の専用職になっているみたいだ。
「意外ですね。では、ベルガスさんの装備も錬金術師が作ったんですか?」
「当然だ。しかし、ドラゴンソードを眉ひとつ動かさずに修理しようとする者は、魔族でも見たことがない。相当な技量が必要だと思うんだが」
いつもは非常識だと言われるから、素直に褒められるというのは、妙に嬉しいな。いや、自分でもこれはすごいと思いますよ。俺、まだ成長しちゃってるみたいっすね。
自分の成長を感じた俺がニヤつき始めると、薬草を煎じ終えたリズが立ち上がり、ベルガスさんの近くで腰を下ろした。
「はい。じゃあ、足を出してください」
「いや、その必要はない。ありがたく薬草は使わせてもらうが、自分で塗る」
「恥ずかしい気持ちはわかるけど、そう言うときはだいたい雑に塗って、効き目が悪くなるの。冒険者あるあるなんだから。早く立って、回れ右をして」
自分に自信を持ち始めたリズは、やけに強気だった。先ほどの戦闘でベルガスさんに八つ当たりをして、統率力を発揮した影響もあるのかもしれない。意外に魔族は大人しく言うことを聞く、そう思ったんだろう。
グイグイと押してくるリズに、ベルガスさんは戸惑っているが。
「返事は? ……返事っ!」
「は、はい」
薬草を塗り込んでもらうベルガスさんを見て、俺は思った。間違いなく部隊リーダーはリズになっている、と。
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