第142話:レミィとベル兄
ピンククジラのぬいぐるみで勝ち誇るメルが腰に両手を当て、えっへんっと威張るなか、敗北を喫した魔族の女の子はオークのぬいぐるみを握りしめたまま、地面に膝をついて悔しがっていた。
魔族って言うくらいだから、もっと怖くてイカツイ人種だと思っていたけど、完全に癒し枠だな。メルと一緒の絵に収まると、癒しの波動が強すぎて、逆にダメージを負いそうになるよ。
ひとまず、キョトンッとするリズはいったん後回しにして、メルと大事な話をしようか。
「知り合いか?」
「……友達」
「紹介してもらっても?」
一応補足しておくが、俺はロリコンではないため、やましい気持ちなど存在しない。人類は癒しを求めている、それだけだっ!
俺とメルの視線が魔族の女の子に注がれると、急に警戒するような顔つきになった。パッと立ち上がり、戦闘体勢を取り始める。
「ふんっ! ボクは人族に名乗る名前なんて持ってないよ! しつこく聞いてくるようなら、怒ってプンプンするぞ!」
これが、魔族の癒し技か。ぷくーっと頬を膨らませる姿は、怒られているのか、癒されているのかわからない。一つだけ言えることは、魔族でも仲良くなれそうな気がする。
「メルが持つピンククジラ、俺が作ったんだ。友達の印にホワイトクジラを上げたいんだが、どうかな?」
大人という生き物は、全力で子供に好かれたいと思ったとき、物で釣るという習性を持つ。これは、純粋な子供であればあるほど効果的であり、一気に好感度が上がりやすい裏技になる。
早速、インベントリからホワイトクジラを取り出し、魔族の女の子に手渡した。すると、手元にあるラブリーオークと見比べた後、顔を上げてパァッと屈託のない笑みを向けてくる。
「と、友達なら、名乗っても仕方ないよね。ボクはレミィ。あっ……ありがと。友達の印に、ニギニギしよ?」
差し出された手を取って握手を交わすと、ホワイトクジラが嬉しかったみたいで、手を繋いだままブンブンブンッと上下に振り、喜びを表してくれている。
「俺はミヤビだ。こっちはリズで、メルと一緒に冒険者をしてる。レミィは一人でこんな場所まで来てるのか?」
「ううん。ベル兄と一緒に偵察に来てるの。この辺りも魔物繁殖エリアになっちゃったみたいで……」
レミィの言葉が詰まった瞬間、木の上から魔族の男性が下りてきた。
頭に二つの角と背中に悪魔の翼を生やし、白銀の髪を伸ばしていて、顔立ちが渋い。革で作られてた黒の軽装備を着用しているが、それとは対照的な白い薙刀を片手に持ち、筋肉質な体格をしていた。
「誇り高き魔族が人族に情報を与えるでない」
ベル兄と呼ばれた魔族の男性は、レミィに厳しい目を向けて叱るが、俺とリズを見る目も同様に厳しい。敵対しているというより、身を引き締めているときはこういう目をするみたいだ。
メルと仲の良いレミィと違って、この人は融通が効きそうにないな。魔族至上主義の頑固者っぽいから、敵対しないように気を付けないと。
リズにアイコンタクトを取ると、言いたいことが通じたのか、互いに頷きあう。表情を引き締めて魔族に顔を向けると、レミィがホワイトクジラを抱き締め、悲しそうな表情になっていた。
「でも、友達の印にボクにぬいぐるみをくれたんだよ。ほらっ、このスーパークオリティをミヤビが作ったんだって」
レミィの気持ちは嬉しい。でも、その思いが伝わることは――。
「なかなか可愛いぬいぐるみだな。これほど手先が器用な人族がいるとは」
通じた……だと!? 事前情報と違いすぎるぞ。リズの顔を確認しても、私もわからないよ、と言わんばかりに首を横に振るだけ。
それなのに、魔族男性はレミィからホワイトクジラを受け取り、細かくチェックを始めた。
意外に話のわかる人なのかもしれない。もしくは、ただのぬいぐるみ好き。だって、ホワイトクジラの頭を撫でてるもん。
「出来栄えはいい。おい、ミヤビと言うらしいな。このぬいぐるみを言い値で買ってやる代わりに、レミィとの友達を破棄しろ」
さすがにそううまくはいかないか。レミィが心を開いてしまった以上、円満に解決できる方法を模索していただけだろう。魔族なら戦闘して奪うくらいの勢いがあってもいいとは思うけど。
もしかしたら、思っている以上に人族と思考が近いのかもしれない。レミィの『魔物繁殖エリア』という言葉も気になるし、何とか話し合いに持ち込めるといいんだが。
「元々販売しているものではありませんし、友達の印にぬいぐるみをあげただけです。すでに受け取ってもらった後なので、どうするかはレミィに聞いてください」
「ぐっ、さすが人族。面倒くさい!」
「納得いただけないのであれば、情報をいただく形でも構いませんよ」
「人族に教える情報などない。ぬいぐるみを売れ」
「ここはフォルティア王国の領土内です。魔族に説明責任があると思いますし、少し話し合いましょう、ベル兄さん」
「やめろ! 貴様のような人族に兄と呼ばれる筋合いはない。鳥肌が立つわ! だが、バカの一つ覚えみたいに戦闘を挑んでこない分、まだお前たちはマシか。少しくらいならいいだろう。俺の名はベルガスだ」
心のすれ違いがあるだけで、意外に友好的な種族かもしれないと思いながら、俺は自己紹介する。好印象を与えるべく、自分の長所もアピールしようと思いながら。
「俺はミヤビです。戦闘は専門外なので、話し合いしかするつもりはありません。ぬいぐるみ作りは任せてください」
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