第137話:魔晶石とは

 翌朝、花壇に水やりをするメルに、部屋で爆睡するリズを任せて、俺は本拠点を出発した。


 今日はカレンが開発した『スースーシャツ』と『ヒンヤリタオル』の発売日。事前に領主であるトレンツさんに協力してもらい、噂が好きな貴族に試作品をプレゼントして、販売促進作戦を取っている。


 シフォンさんの婚約者であるクレス王子も関わっている以上、アンジェルムの街では絶対に流行してほしいアイテムだ。


 性能的には売れると思うけど、粗悪品のイメージが強いクラフターが作ったとなれば、よく思わない人がいるのも事実。クラフターの代わりに商業ギルドが販売するとはいえ、油断はできない。


 値段は、ポカポカシャツを参考にしているため、スースーシャツが金貨二枚で二万円程度、ヒンヤリタオルが銀貨五枚で五千円程度になっている。作れる人がいなくて貴重だし、これだけで暑さが大幅に軽減されるから、高くはないと思うんだけど……。


 そう思っている間に商業ギルドへ到着すると、多くの貴婦人たちで長蛇の列を作っていて、俺はホッとした。


 販売開始時間まで余裕があるはずなのに、すごい人数だな。誰も文句を言う人がいないのは……、先頭で並んでる人物がトレンツさんだからだと思う。いくらクレス王子が娘婿とはいえ、領主なら代理人に購入を任せるべきだろう。仕事が間に合ってるなら、別にいいけどさ。


 シフォンさん経由でスースーシャツとヒンヤリタオルをもらってなかったかなーと疑問を抱いていると、商業ギルドから鍛冶師のヴァイスさんが出てきた。向こうも俺に気づいたのか、こっちへ向かってくる。


「おう、カレンが作った商品を見に来たのか?」


「今日が発売日ですからね。予想以上に人が多くてビックリしました。作った本人がこの光景を見たら、失神すると思いますよ」


「ガハハハ。さすがにこの状況は、商業ギルドも予測できなかったみたいだな。ギルド内は大慌てで、商談どころじゃなくなっちまってる。一刻も早く追加発注して、本部に状況報告をするらしいぜ」


 ヴァイスさんがドヤ顔で内情を教えてくれるけど、クラフターの商品が長蛇の列を作るなんて、普通は考えられない。クレス王子の意向で、最初の発売場所がアンジェルムと聞いてるから、次に販売される街は大騒ぎになりそうだよ。


「まさかとは思いますけど、ヴァイスさんも宣伝してくれてます?」


「ちょっくら同業者に自慢してやった程度で、宣伝と言えるほどのことはやってねえよ」


 伝説の鍛冶師と言われるヴァイスさんほどの有名人なら、それで十分な宣伝になる。暑い時期にかまどを使って作業する鍛冶師にとっては、必需品クラスのアイテムになるから。


 冒険者らしき人も列に並んでいるし、鍛冶師経由で噂が広がっていったのかな。ここに高原都市ノルベールの架け橋の噂が広がっていると考えると、長蛇の列にも納得がいく。


 数時間で完売するのは、間違いなさそうだ。


「発売日にヴァイスさんが商業ギルドに来れば、一般人も注目します。そういうのも宣伝って言うんですよ」


「ちょっとした用事のついでに、顔を出しただけだ。おっ、そうだ。まあ、行く機会なんざねえと思うんだが、魔帝国へ行くことがあれば、『魔晶石』を取ってきてくれねえか?」


 最近は国の名前を耳にする機会が増えたけど、ギオルギ元会長が注意しろと言ってたのは『ティマエル帝国』だったから、別の国になる。色々な地域に足を運びがちな冒険者なのに、行く機会がない、というのは変な印象を受けるけど。


「ちょっと地理が疎いんですけど、魔帝国ってどこになります? 確か、隣国がティマエル帝国ですよね」


「冗談はクラフトスキルだけにしておけよ。この街の南にある国が魔帝国じゃねえか。それくらい誰でも……、本当に知らねえのか?」


 真面目に話を聞く俺を見て、ヴァイスさんの顔が引きつった。


「この街に来て一年も経っていないですし、今までクラフトスキルだけで生きてきたので、全然知らないんですよ。簡単に教えてもらえると助かります」


 ハァ~、と大きなため息を吐くヴァイスさんだが、こういうことを素直に聞ける人が身近にいると、本当に助かるよ。


「この地で冒険者をするんだったら、魔帝国ぐらいは知っておけ。ここから南に行くと、魔の森と呼ばれる場所がある。そこの向こう側が魔帝国で、魔族が住んでいる危険地帯だ。フォルティア王国とは、数十年に一度しか外交しねえ」


 本当に知っておかなければならない情報だな。まさか魔族の国が近くにあるとは。話を聞く限りだと、魔物ではない一つの種族として認識されているみたいだ。それなら、普通に会話できる人種ということになる。


「ここから西にあるティマエル帝国は、魔法研究が盛んな国だが、近年は動きが怪しい。互いに干渉しねえ魔帝国よりも、ある意味では厄介かもしれねえな」


 ギオルギ元会長だけじゃなくて、ヴァイスさんも不穏な空気を感じているのか。冒険者の俺が何かするわけでもないけど、やっぱり注意しておいた方が良さそうだ。


「話が逸れちまったが、魔帝国は魔力濃度が高い土地柄で、この地にはない特殊な素材が取れる。その一つが、魔晶石と呼ばれるレア素材だ。簡単に言えば、高濃度の魔力が含まれた特殊な鉱物だな」


「レア素材……?」


 そういえば、魔帝国という国名に意識がいったけど、魔晶石という素材は初めて聞く。VRMMOの世界では、魔物素材以外のレア素材は、ミスリル鉱石くらいしかなかったはず。


「ワシの考えだが、鍛冶スキルで制作した武器に付与魔法を施す際、出力をコントロールするために、魔晶石が必要になる。付与魔法で作る武器の制御装置みたいなもんだな」


「付与魔術と違って影響が大きい分、付与魔法は常に干渉するものだと決めつけていましたけど、制御できるものなんですね」


「ハッキリしたことはまだ言えん。魔晶石は、魔力を感知する特性を持つ素材で、魔力濃度を測定するアイテムに使われている。まだまだ未知の素材で詳しいことはわかってねえが、ワシの経験上、付与魔法を制御する可能性が魔晶石にあると思っただけだ」


 一種のセンサーみたいな役割を担うものになるのか。術者の魔力に反応させて、付与魔法のON・OFFを切り替えられるスイッチにすることができれば、世界が変わるかもしれない。


「俺も魔晶石が欲しいんですけど、ダメですかね」


「仲間内で取り合いをすんじゃねえよ。手に入れるチャンスは、年に数回あるかないかだ。空気中の魔力濃度が高い場所に生成されるらしく、たまに国内でも見つかるが、まとまった量を入手できる機会はほとんどねえ」


「大量ゲットできるチャンスは、魔帝国との接点ともいえる数十年に一度の外交か、現地で直接採取って感じですか。けっこう厳しそうな条件ですね」


「警告をしておくが、絶対に無理はすんじゃねえぞ。魔帝国の地は、安易に踏み込んでいい場所じゃねえ。冒険者ギルドで依頼でもない限り、入れば殺されると思え。下手に魔族を刺激したら、戦争になるぞ」


 権力者であるヴァイスさんが言うんだから、かなりの危険行為であることには違いない。魔帝国と関わらないことがベストであり、魔晶石は諦めるべきだ。命の危険を冒してまで、採取する素材じゃない。


 しかし、聞いたこともないレア素材という事実が、俺の心を惑わせる。地下鉄、シャワー、ヒンヤリハウスなど、付与魔法の制御ができたら、もっと便利になると思うんだよなー。


「とりあえず、冒険者ギルドに魔帝国の依頼がないか、確認してきます。さすがに命が惜しいんで、無理に受ける気はありませんけど」


「目を輝かせた人間が言うんじゃねえよ、まったく。頼む相手を間違えた気がするぜ」


 胸の高鳴りを抑えつけられないまま、俺はヴァイスさんと別れて、冒険者ギルドへ向かうのだった。

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