第120話:ガリ勉のリズ

 魔法学園の敷地内を歩き、リズが使っていた部屋に案内されると、すでに荷作りを終えた状態だった。


 日本みたいに段ボールがあるわけでもないし、それぞれ種類を分別して置いてある程度になる。借りていた寮の備品もあるから、予め分けてくれたんだろう。


 本来なら、袋に包んで馬車に詰め込む……けど、インベントリがあると便利だよな。荷物を運んで腰を痛めたり、何度も往復して運んだりする必要がない。必要なものだけをパパッと入れて、サッと持ち帰ることができる。


 ガリ勉のリズみたいに、大量の本を持ち運ぶ必要があるなら、なおさらのこと。冒険者推薦制度を使って、何年も魔法学園に通う必要がなくなったから、浮いた金で参考資料を大人買いしたんだと思う。


「随分と勉強に励んでいそうな本の量だが、学園生活は楽しかったか?」


「貴族が多い場所だし、人付き合いは難しかったかな。色んな施設で実技練習できたのはよかったけど、やっぱり実戦とは違うね。緊張感が足りないもん」


「ここは魔法を学ぶ場所なんだ。そればかりは仕方ないだろう。貴族に怪我をさせてしまえば、大問題に発展しかねない」


「気持ちはわかるよ。でも、実戦で使えなきゃ意味がないじゃん。手を抜くのも気が引けちゃったし、途中で学科優先にしてもらって、上級生のクラスに入れてもらっちゃった」


 えへへへっと照れ笑いするリズだが……、時季外れに留学して、半年しかない学園生活で上級生のクラスに入り、勉強についていけるのがすごいよ。この参考書を全部読んで理解するだけでも、普通は数年かかるレベルだと思う。


 以前の依頼でも、シフォンさんに勉強を教えていたくらいだし、頭がいい人間は違うな。俺にはマネできないよ。


「冒険者に戻れば、いつでも実戦は経験できるもんな。魔法の練習をするだけなら、自主練でもいいと思うし」


「そうなんだよねー。冒険者に復帰してもできることは、学生のうちにやる必要がないもん。だから、ずっと徹夜で勉強してたの。魔法学園に在籍しているうちにしか、先生に質問できないから」


 受験やテスト前以外に徹夜で勉強する人間がこの世にいるとは、俺の常識には存在しない行為だ。勉強ができるやつは、考えることが違いすぎる。


「リズは本当に偉いと思うよ。俺が同じ環境だったら、間違いなく学科はサボってたな」


「勉強するために学園に通ってるのに、本末転倒じゃん。授業料がもったいないよ」


 とんでもないほどの正論パンチが返ってきて、俺はぐうの音も出なかった。全面的にリズが正しいと思う。自分で稼いだ金で授業料を払っているなら、なおさらのこと。


 貴族たちも家の都合や跡継ぎのために入学させられているはずだから、リズみたいにやる気のある人は珍しかっただろうな。


「じゃあ、念願の上級魔法は使えるようになったのか?」


 半年間も熱心に勉強して、Bランク冒険者の実力があるリズなら……、ダメだったみたいだ。一気に表情が暗くなって、かつてないほどの勢いで落ち込み始めたぞ。


「聞かないでよ……。私ね、一度に消費できる魔力量が絶望的に低いみたいで、上級魔法が使えない体質なんだって。もう笑うしかないよね、ハ、ハハハ、ハハ……」


「でも、【魔法チャージ】で余分に魔力を消費して、魔法を強化していただろ? 一緒に冒険者活動をしていても、魔力量が少ない印象はないんだが」


 強い魔物と戦闘する場合、リズは展開した魔法に魔力を流し、【魔法チャージ】で強化する。体内に存在する魔力量が少ないはずはないと思うんだが。


「魔法展開時の魔力消費量の問題で、魔法チャージとは関係ないんだー。魔法を構築するときに魔力消費ができないと、上級魔法は完成しないの。ねえ、聞いてくれる? 上級魔法を学びに来て、使えないことが証明されちゃった。面白いよね、ハハハ、ハハ……」


 ヤバイ、聞けば聞くほどリズのメンタルが崩壊してしまう。目が死んでいる魚みたいで、闇落ちしそうな勢いだ。


 あまりのショックに寝れなくて、ヤケクソで徹夜をしていたに違いない!


「ごめんな、リズ。正気に戻ってくれ。上級魔法がなくてもリズは強いんだし、Aランク冒険者にもなれるよ」


「私は正気だよ。上級魔法が使えないくらいで、落ち込まないって決めてる……から」


 全然大丈夫に見えないぞ。落ち込んでるなら、そういうことを手紙に書いて、愚痴ってきてくれよ。変なところで気を遣うもんだから、精神に異常をきたしてるじゃないか。


「いいもん。魔法チャージで威力を高めれば、魔物は討伐できるもん。Aランク冒険者になること、全然諦めてないし……」


「今度はいじけるなよ。魔法学園で魔法展開速度が褒められたって、手紙に書いてあっただろう」


「そうなのー! 聞いて聞いて! 魔法の構築と展開は人一倍早いみたいで、すっごい褒められちゃった。このまま魔法使いでやっていけるって、学園長に太鼓判を押されたんだから」


 キラキラと輝くほどの笑顔になるリズは、テンションの浮き沈みが激しすぎる。初めて魔法学園に来た時もそうだったけど、魔法のことになると、心の制御ができなくなるらしい。


 今後はリズの魔法を全面的に褒める方向でいこうと思う。


「ミヤビは何してたの? 本拠点を建築してるばかりで、詳しいことは手紙に書いてくれなかったじゃん」


「リズを驚かせようとして、色々頑張っていたんだよ。どんな拠点を建てたのか、ネタバレしたらワクワクしないと思うし」


「それはそうだけど、気になるよ。拠点の向かい側には、領主様の屋敷があるんだもん。ミヤビのことだから、やり過ぎてないといいんだけど」


 勉強をやり過ぎたやつが言える立場じゃないんだが……まあ、元祖非常識人の俺としては、良いフリを回してくれて嬉しく思うよ。さすがに領主邸には配慮したけど、リズを驚かせるという目的だけで、半年間にわたってクラフトをやり続けた成果を見てほしいんだ。


 すでにもう、布石は打たれているんだから。


「あれ? そういえば、メルは一緒じゃないの? 私がいない間、護衛してもらう約束してたよね?」


 ようやく気づいたか。アンジェルムの街から遠い王都に、俺が一人でいるという不自然な事実に。猫獣人のメルが一緒に行動していないという、不可解な出来事に!


 部屋の荷物をインベントリに入れ終えた俺は、リズに目線を合わせて、どや顔を決めた。


「リズ、本当におかえり。非常識の世界へ、な」

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