第105話:やり過ぎた……
十日後の夕暮れ。崖と崖を繋ぐ巨大すぎる架け橋と、小さな城みたいな教会が完成した。
この世界には存在しなさそうな近代的な架け橋は、大きいだけでなく、安全性にも優れている。魔物が襲撃しても大丈夫なように、俺とカレンが丸一日かけて付与魔法を施し、強化したほどだ。
見栄えもよく、クラフターのみんなで細かい装飾にも気を配り、落下防止用の手すりまで作製。ヤスリをかけるようにハンドクラフトで滑らかにしたし、完全に非常識な架け橋と言えるだろう。
その巨大すぎる架け橋の近くには、異彩を放つ建築物がそびえたっている。外観から内装まですべて俺が一人で作り、ファンタジー世界に相応しい神聖なオーラが漂う、教会だ。
広々とした内装で、日中は爽やかな日差しが入り込み、温かい印象を受ける。こだわりぬいたステンドグラスには、花言葉に『愛』が含まれているバラ・ガーベラ・カーネーションを絵柄に採用。本物にそっくりな造花もクラフト作製して、至る所に花を飾っておいた。
ちなみに、花言葉はアリーシャさんに教えてもらっている。完成した教会を見て、「ロマンティックな空間ですね」と褒められたよ。結婚願望がないと言っていたリズも、「ちょっと憧れちゃうなー……」と呟いていたため、最高の教会ができたのは間違いない。
つまり、完成した光景をみんなで集まって眺めているときに、俺が何を言いたいかというと――。
「やり過ぎた……かな」
「うん、やり過ぎたね」
どこか遠い目で眺める俺とリズは、ちょっとだけ反省している。作っている最中は「もっとインパクトのあるものにしようぜ」などと言い、楽しかったのにな。これが、燃え尽き症候群ってやつかもしれない。
「師匠……。これは本当に私たちが作ったものなのでしょうか。神々が作ったと言われた方が納得できるのです」
クラフターの中で一番気合を入れて作業していたカレンでさえ、現実逃避している。架け橋だけでもオーパーツ感がすごいし、気持ちはわかる。当然、他のクラフターたちも同じように燃え尽きていた。
「俺、初めて誇れるものを作った気がするよ。カレン姉さん」
「私がこだわった装飾部分、ちゃんと気づいてくれるかな。カレン姉さん」
「レンガブロック以外をクラフトしたいです。カレン姉さん」
恥ずかしがり屋でありながらも、クラフトに対する姿勢は誰よりもまっすぐだったカレンはいま、「姉さん」と呼ばれている。
橋を三倍に拡張すると決まったとき、クラフターたちに背中で語ってしまったんだ。彼らが俺の背中に目を背け、カレンの背中を見ていたのは、ただの現実逃避だと思う。
十数人のクラフターが力を合わせて巨大な架け橋を建設してるときに、一人で城みたいな教会を建てる奴がいたら、目を背けたくなる気持ちもわかるよ。
昨夜、みんなで羽毛布団作りに再チャレンジしたときは、けっこう盛り上がったんだけどな。全員がクラフトで普通の羽毛布団を作れるようになり、誰も品質低下や穴が空いた布団を作らなかったんだ。「隊長、見てください!」って、みんなが俺に見せに来てくれて、中には涙する子もいたのに……ちょっぴり複雑な気分だよ。
何とも言えない気持ちで完成した様子を眺め続けていると、物々しい雰囲気を放って、王都の方から大勢の騎士がやって来た。御者台に乗って馬車を運転するのは、国に報告へ行ってくれたアリーシャさんであり、その中から出てきた男性は……。
「リズ、あの人だれ?」
知らない人だった。クレス王子が一緒に迎えに行ってるし、顔も似てるから、だいたい誰かはわかるけど。
「国王陛下のロック様だよ。クレスくんのお兄さんで、私もちょっと前に初めて会ったの。たぶん、いい人だった気がする」
曖昧な言葉をリズが使うのは、王城で騎士団を派遣してもらう際に顔を合わせたのに、緊張しすぎて記憶が薄れているからだろう。一国の王と会話するなんて、普通の人間は経験がないからな。
そんな偉大な方が来られたにもかかわらず、現場の緊張感のなさは異常だ。引き連れてきた騎士たちは警戒心が抜け落ち、国王様ですら、突っ立ったまま動けていない。みんなの視線の先には何があるのか、言わなくてもわかるだろう。
なお、同じく馬車から下りてきたシフォンさんと、馬を撫でて落ち着かせたアリーシャさんは平常心だ。俺たちに近づいてきて、笑みを浮かべている。
「生産ギルドを懲らしめるには、とてもいい形に仕上がりましたね」
まさかの高評価である。パチッとウィンクをしてくれるくらいには、シフォンさんのハートをつかめていた。
「やり過ぎたような気がしたんですけど、大丈夫ですか?」
「いえ、ミヤビ様にお願いしたのですから、これくらいがちょうどいいでしょう。ヴァイス様が責任を取ってくださいますし、何一つ心配する必要はありません。想定の範囲内だと思いますよ」
シフォンさんがそう言ってくれるなら、そういう気もしてきたな。俺は求められているものを作製しただけにすぎない。クラフターとして、正しいことをしたんだ。
たとえ、街道工事作業の裏で料理研究をしていた副料理長が、国王陛下に近づいて俺の方をチラチラと見てこようとも、問題はない。料理研究だって、依頼の範囲内になる。今まで副料理長とは直接関わらず、アリーシャさんを経由していたし、客観的に評価されるくらいだろう。
「ところで、一緒に来た騎士たちは何名ほどいますか? 布団はないんですけど、簡易的な宿舎くらいは建てますよ」
「五十名ほどになりますね。日が暮れる時間に到着予定でしたが、念のため、野営用のテントと寝袋は持参しております」
「それくらいなら必要ないと思います。今となっては、クラフターたちも随分と成長しましたから。ちょうど国王様がいらっしゃいますし、クラフターたちのアピールをしておいた方がいいでしょう」
初めて間近で国王様を見て、緊張気味のクラフターたちに近づき、俺は指示を送る。
「五十名の騎士団が泊まれる宿舎と、食堂の拡張、あとはテーブルと椅子を用意してほしいんだが、みんな材料は持ってるか?」
「橋で使わなかったレンガブロックなら、俺は持ってます」
「私は持ってないので、木材をください。テーブルと椅子を作ります」
「宿舎の拡張も木が必要なので、そっちにも木がほしいです」
巨大すぎる架け橋を作った以上、こんな作業は朝飯前だもんな。普通なら、夕暮れ時で取り掛かるような作業じゃないと、怒られてしまいそうだよ。
「よし、じゃあ素材を適当に出しておくから、足りなかったら言ってくれ」
原木をどどどどーん! と取り出すと、パパパパッ! とクラフターたちのインベントリに消え、ポポポポーン! と建築が始まっていく。
すでに整地済みの高原地帯に、高速で宿舎が設置されるなか、あっという間に食堂の拡張もされていった。
作業スピードが速いクラフターが十数人も集まると、建築速度が全然違うよ。テーブルと椅子もアッサリと作り終えると、クラフターたちがすぐに戻ってくる。
背後の夕暮れが逆光になり、歴戦を戦い抜いてきた猛者たちのような風格を持つクラフター。その姿を見る国王陛下と騎士団は、敗北者のような面構えをして、何を思うだろうか。
不遇職のクラフター、そんなものはもう存在しない。奴等は非常識なクラフターだ、きっとそう考えているだろう。
そんななか、ポンポンッと俺の肩を叩くのは、顔を赤く染めたシフォンさんだ。恥ずかしそうにモジモジしながら、教会に目線をチラッと向けている。
「クレスと一緒に、見学してきてもよろしいですか?」
「ご自由にどうぞ」
クレス王子に声をかけに行ったシフォンさんは、二人で仲良く教会へと向かっていく。申し訳なさそうな表情で同行するアリーシャさんと、空気の読めなそうな護衛騎士と一緒に……。
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