第100話:戦闘メイド

 ちょっぴりからかい気味のアリーシャさんは、仕事中にあまり見せない笑顔を見せてくれていた。


 慌ただしい整地作業でドタバタしていたから、俺の心をほぐそうとして、声をかけてくれたのかもしれない。騎士団の統率でリズも忙しいし、カレンとクレス王子も必死で、俺がいま仲良く話せるのはアリーシャさんしかいない。


 気遣い上手なメイドさんだよ。まだ始まったばかりだし、もうちょっと気を抜くとこは抜かないとな。


「クレス王子がリズみたいに頭が良いとは、出会った頃は思いもしませんでしたよ」


「お嬢様の婚約者ですから、とても優秀な方です。魔法学園に入学して以来、クレス王子は常に学科が一位。テストは間違えたことがないそうですよ」


 学科が一位というのは、あくまで魔法学園のテストは実技の魔法を重要視するんだろう。クラフターが何とかしようと思った場合、実技は付与魔術で乗り切るしかない。


 もしかしたら、卒業論文で付与魔法を発表するために、今まで頑張ってきたのかな。……申し訳ない気もするけど、もう過ぎたことだ。深く考えないようにしよう。


「俺が思っているより、クレス王子はすごい人なんだと思います。努力してる姿や苦しむ姿を見せずに、クラフターのみんなを引っ張っていってくれますから。もしかしたら、時間さえあれば、この問題もクレス王子が一人で片づけていたかもしれませんね」


「そうでしょうか。悔しい気持ちはあると思いますが、ミヤビ様の存在は大きいと思いますよ。クレス王子は自分を卑下されることも多いですが、自ら率先して人前で恥を晒すなど、二日前の夜に初めて見ました。とても驚きましたよ」


「確かに二日前の夜は……って、布団を作るところ、見てたんですか?」


「当然です。不特定多数の人間がいる場所に、クレス王子を一人にできません。騎士団がいる場合はお任せしますが、ああいう場合は私が警備に回ります。暗殺者を撃退することが、私の役目でもありますから」


 不敵な笑みを浮かべたアリーシャさんの手が、急にバチバチッ! と大きな音を立てて、火花が散った。


 さすが公爵家の専属メイドだ。リズみたいに杖を持っていないのに、普通に魔法を扱っている。メイド服の下に特殊なアイテムを装着しているのかもしれないけど。


「戦闘できるメイドさんって、カッコイイですね」


「あ、ありがとうございます……」


 予想外の言葉だったのか、アリーシャさんはキョトンとしていた。


「もしかして、またなんか言っちゃマズいことを言っちゃいましたか?」


 俺、前科があるんだよな。護衛依頼を受けたとき、メイドの服装や寝癖を指摘してはいけないのに、知らずに言ってしまったから。リズが泣いてるように見えたって言ってたし、あれは屈辱を受ける発言だったんだと思う。


「い、いえ。戦闘できるメイドは嫌われるケースが多いので、驚いただけです。お嬢様もクレス王子も理解していただいてますし、ミヤビ様は気遣ってくださるかなと思いましたが……怖くはありませんか?」


 様子を窺うような素振りのアリーシャさんを見れば、予想以上に受け入れられて、混乱しているだけみたいだ。


 冒険者や護衛騎士がいる以上、普通はメイドに戦闘能力を求めないか。暗殺者やスパイと勘違いされるかもしれないし、そういう仕事をしてきたと思う人もいるはず。ベルディーニ家はシフォンさんしか後継ぎがいないから、戦闘できるメイドを専属で選んだに違いない。


「まったく怖くないですね。むしろ、俺は戦闘できるメイドさんの方が好きです。冒険者業が落ち着いたら、本拠点を建てようと思うんですけど、アリーシャさんみたいなメイドさんがいてくれたら、嬉しいですね」


 普段はお淑やかなメイドさんがスカートの下に隠している武器で戦う、なーんてシチュエーションが萌えるんだよなー。俺は生産職だし、メイドさんに守られるのもありだと思う。


 ……いや、今のは普通にメイドの好みを話しただけであって、アリーシャさんのことを限定したわけじゃない。だから、恥ずかしそうにモジモジしないでくれ!


「そ、そうですか。わ、私みたいなメイドですか。戦闘できるメイドというのは、稀有な存在になりますので、募集しても難しいと思います。も、もしお待ちいただけるのであれば、私が承りたいと思いますが」


 なんかOKキターーー!! 公爵家からメイドを引き抜くという前代未聞のCランク冒険者なんて、非常識すぎるぞ! いや、もう非常識で通ってますし、リズも喜ぶと思うけども!


「アリーシャさんはシフォンさんの専属ですし、契約的な問題とかありますよね?」


「お嬢様が正式に領主と任命されるまで、離れるつもりはありません。ですが、領主になられた後は異なります。戦闘訓練を受けたメイドは、特別な事情がない限り、貴族の屋敷で雇うことを禁じられていますから」


 戦闘できるメイドが屋敷に滞在するのは、法律的な問題でダメなのか。シフォンさんの場合は、王子を婿に出すほど地位の高い貴族だし、特別に国の許可が下りたのかもしれない。


 領主になってしまえば、それがなくなるだけであって。


 うちのパーティ拠点で働けば、ベルディーニ家の屋敷の前だし、シフォンさんと会うこともできるだろう。あまり多くの給料は出せないけど、唯一誰も損しない方法かもしれない。


「じゃあ、よろしくお願いします。まだ拠点も建ってませんし、アリーシャさんを受け入れられる準備だけは進めておきますので」


「わかりました。……あの、やっぱりミヤビさんと一緒にいると、調子が狂いますね。パパみたい、だからでしょうか。少し顔が熱いので、これで失礼します」


 勢いよくお辞儀したアリーシャさんは、赤い頬に手を添えて走り去っていった。


 俺、パパのはず……だよな?

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