第95話:恋のライバル出現!? アリーシャさんと買い物

 生産ギルドでクラフターを仲間につけた俺たちは、明日の集合場所と集合時間だけ再確認して、クラフターたちと別れた。


 突然の原木祭りが発生して現場が少し混乱したけど、何も問題はなかった。生産ギルドの職員が外に出てきた瞬間に原木をインベントリに消したため、クラフターたちが途方に暮れていたくらいだ。そこに再びクレス王子が力強い言葉で訴えかけたおかげで、みんな流されるままに参加を決めていたよ。


 とはいえ、クレス王子や他のクラフターたちが同行するなら、みんなの安全を守るため、街道修理作業に騎士団を派遣してもらわなければならない。明日の朝から出発するとクラフターに言ったこともあり、急ピッチで準備をする必要があった。


 そのため、三つのグループに分かれる。


 一つ目は、クレス王子・シフォンさん・リズの王城へ向かうチーム。騎士団の手配と、事の経緯を国王様に報告してもらうのが目的だ。リズを同行させたのは、国王様や偉い大臣と面識を持たせるためである。


 二つ目は、俺とアリーシャさんの買い出しチーム。大量の人数で長期間にわたる作業となれば、食料や物資が必要になる。大きなインベントリを持つ俺と、国の経費で落としてもらうためにアリーシャさんで任務を遂行する。


 三つ目は、カレンとメルのドンマイチーム。初対面のクラフターたちと明日から共に過ごさなければならなくなったため、恥ずかしがり屋のカレンは腹痛を訴えた。この後は別の依頼があるメルに無理やりお願いして、宿の予約を取ってもらい、カレンを送ってもらうことにした。


 今度会ったとき、大きな猫のぬいぐるみを作ることを約束させられたけど。どこに置くのか聞いたら、うちの仮拠点かベルディーニ家の屋敷だそうだ。猫の獣人だけあって、本当にメルは自由に生きるよな。


 そんなこんなで俺は、王都に詳しいアリーシャさんに案内されて、買い出しに来ている。一か所で買い占めるのは良くないみたいで、すでに何軒も八百屋や肉屋を渡り歩いていた。


「ミヤビ様、食材は足りると思いますが、布団や調理道具などの生活物資はいかがいたしましょう。完成品よりも素材のままの方がよろしいですか?」


「そうですね。素材でもらって、現地で作った方がいいと思います。布団のサイズ調整なんかも簡単にできますから」


「では、そうしましょう。こちらも経費が抑えられますから、助かります。フォルティア王国の経理担当者は厳しいと聞きますので、可能な限りは無駄を省かないとなりません」


 国が傾かないように厳しく管理するのは当然だと思うけど、こんなファンタジーな世界でも金に厳しいのは同じか。気楽な冒険者のままで生活ができて、本当によかったと思うよ。


「メイドさんは大変ですね。いつも背筋を伸ばして、テキパキと行動してばかりで、ずっと仕事をしているイメージですよ」


「私はお嬢様の専属メイドですから、そのように見られないといけません。実際には陰でコッソリと休みますし、お嬢様にも気遣っていただいていますので、メイドにしては楽な方だと思います」


「シフォンさんが優しい人なのは同感です。もっとカレンが馴染めないと思ってましたけど、この一週間で随分と仲良くなってて、驚きましたよ」


 御者台でクラフト計画をまとめているうちに、気が付けば、カレンがシフォンさんと打ち解けていたんだよなー。二人でポカポカキャミソールの話をしてたときは、夢かと疑ったほどだ。


「幼い頃であったとしても、クレス王子がお世話になった方です。婚約者として、感謝の思いがあるのでしょう。昔からお嬢様は、クレス王子に甘いですから」


「あの二人は互いに甘いと思いますよ」


「ふふふ、そうかもしれませんね。……いえ、今のはなかったことにしてください。メイドとしては失言でした」


 口元を手で押さえるアリーシャさんは、目をキョロキョロとさせて焦っていた。


 本人たちに言いつけるつもりはないし、シフォンさんもクレス王子もそれくらいで怒らないと思う。でも、誰が何を聞いているかわからないし、王都のような通行人が多い場所では、口は災いの元になる可能性が高い。下手な発言をしてはならないんだろう。


「本当に大変ですね、メイドさんって」


「いつもは私ももっとしっかりしています。ミヤビ様と一緒にいると調子が狂うだけであって……。もう、このままでは失態を犯しそうで怖いです」


 気を許してもらうのは、俺としては嬉しいけど、ぷくっと頬を膨らませるくらいには、アリーシャさんの素が出始めていた。パパみたいだと言われているし、王都へ来る間に心の距離が縮まり過ぎた弊害かな。


「じゃあ、失態しないように真面目な話をしましょう。何人くらいの騎士が同行する予定なんですか? 食料もけっこう買いましたよね」


「正直なところを申しまして、把握しておりません。ですが、インベントリ内なら腐りませんし、多く見積もっておいても損はないでしょう」


「あれ? 経理担当者は厳しいはずですよね。食費はバカにならないですから、後で怒られちゃいますよ」


「それくらいは私でもわかってますぅー。……うぅ、ダメですね。オフモードに切り替わってしまっています」


 怒りの沸点が低くなっちゃったかな。それくらいもわからないの? と、煽られたように感じたんだと思う。


「可愛くていいと思いますよ」


「そ、そういう問題ではありません! 本当にミヤビは……ミヤビ様は……うぅ~」


「なんかすいません。ちょっかいを出してるつもりはないんですけど」


「もう! すでに出会って二日目に寝坊という失態を晒してますから、ミヤビ様の前ではノーカウントにします! お嬢様は魔法学園に残りますが、私は明日以降も同行予定なので、今後も目をつぶっててください」


 ふんすっ! と鼻息を荒くしたアリーシャさんは、ヤケクソ状態になっていた。


「俺は構いませんけど、最低でも二週間はかかると思いますよ。専属メイドなのに、長期間もシフォンさんと離れても大丈夫なんですか?」


「ご心配には及びません、お嬢様の許可もいただいています。それとも、私が一緒では嫌ですか? 御者台で隣り合って座ったのも、こうして男性と二人だけで歩くのも、私はミヤビさんが初めてなんですけど」


 立ち止まったアリーシャさんがプクっと頬を膨らませたまま、俺にグッと顔を寄せてきた。


 なんだ、この急展開は⁉ 淑やかなメイド風のアリーシャさんが取る行動とは思えないほど、ギャップがすごい。異性として見られているのか、パパとして見られているのかわからないけど、返答を間違えてはいけない気がする。


「嫌だと思ってたら、御者台で隣に座りませんよ。依頼のためとはいえ、ご迷惑になっていないか心配してたくらいですから」


「私も大丈夫です。一人で座るよりは有意義な時間を持てますし、とても楽しい時間でした。も、もしミヤビさんがよろしければ、次回の護衛依頼の際も、あの……どうぞ」


 恥ずかしそうに頬を赤く染めるアリーシャさんは、両手でメイド服をギュッと握り締めていた。思わせぶりな発言と共に、勇気を出して誘ってくれたと捉えることができるその態度に、俺は戸惑いを隠せない。


 愛のキューピッド側だった俺に、モテ期かパパ期が到来したんだろう。こういうときはいったん落ち着いて、平常心で返すべきだ。


「は、はい。よ、よろしいので、隣に乗ります」


 ……平常心とはっ!!!


 誤魔化せ! 今ならまだ間に合う! 依頼の話に切り替えるんだ!


「あぁー……長期滞在になるなら、宿舎は必須ですね。クレス王子はともかく、クラフターと騎士団は男女別の大部屋にしましょうか。寝床と食事さえ作ればいいと思いますし。それとも、アリーシャさんは一人部屋の方がよかったですかね?」


「い、いえ、私も大部屋で構いません。夜は怖くて一人で眠れませんし、リズ様と一緒の方が楽しく……」


 同じように動揺していたのか、アリーシャさんも慌てた様子で話していると、急に言葉に詰まってしまった。


 夜は怖くて一人で眠れない、大人の女性がそんな悩みを抱えていることをカミングアウトしては、怒りの沸点が下がったアリーシャさんが怒るのも、無理はない。


「今日はもう、ミヤビさんとしゃべりませんっ!! 早く買い物だけ済ませて、帰らせていただきます!」


 ぷんすこっ! と怒って先に歩き始めるアリーシャさんを見て、俺は思った。ちゃんと後ろを確認して、俺がついて来ているか確認するあたりがいい子なんだよなー、と。

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