第91話:似合わない男

 王都に向かう旅が順調に進み、日が暮れる時間帯になると、俺は前の護衛依頼で使っていたポカポカハウスと見張り小屋を取り出した。


 出発前にクレス王子への忠義心が乱れていた護衛騎士も、何事もなかったかのように表情が明るい。昼休憩時に顎が外れそうなくらい驚いていたし、醤油ラーメンを出したら、勝手に説得できていたよ。今では、家を出しただけで拍手をくれるほど順応が早い。


 そして、馬車の中に隠れ潜んでいた猫獣人も相変わらずになる。


「……肉のおまけ付く?」


 癒し枠、メルだ。野営警備担当というだけで馬車に乗り込み、俺が作った大きなくまのぬいぐるみ、ベアルーチェ・ススムに壁ドンされていたよ。


 シフォンさんに作ったはずなのに、すっかりメルに取られているけど。


 そんなこんなで、肉と野菜がたっぷり入ったシチューを食べた後、カレンとクレス王子だけが残り、クラフトについて話し合うことになった。といっても、やることは街にいたときと何も変わらない。


 カレンが宝石を加工できるようになるための練習を手伝うだけ。大きなガラスの塊に魔力を浸透させ、ハンドクラフトで形を整えている。


「もう少し宝石を削る部分に魔力を流して、素材を保護しておいた方がいいぞ」


「はいなのです!」


 クラフトスキルも付与魔法も上達したカレンだが、どうにも宝石の加工の練習がうまくいかない。途中までは良くても、急に失敗してしまうんだ。ゲームと違う設定があるのかもしれないし、これ以上のアドバイスは難しい。俺は大丈夫だから、カレンの【魔力操作】のレベルが低いんだと思う。


 その光景を興味深そうに眺めるクレス王子は、カレンよりも真剣な表情をしていた。


「ミヤビくんは誰に師事してクラフトスキルを使ってきたの? すごい使い方をするから、僕はビックリしてばかりだよ」


 ゲームのチュートリアルです、とはさすがに言えない。こういう質問は適当に誤魔化すとしよう。


「普通に使い続けてきただけで、誰かに教えてもらうことはありませんでしたよ。最近はカレンがクラフトスキルをうまく使えるように手伝ってますけど、本人の努力次第でどうにでもなると思いますね」


「いやー、限度ってものがあるでしょう。インベントリから家が出たときは、思わず笑っちゃったよ。未知のクラフト料理まで出てくるし、野外にいるとは思えない快適さがある。さすがに今日は興奮して寝付けそうにないね」


「シフォンさんからは何も聞いてなかったんですか? 以前、護衛依頼を受けたときに色々話しておいたんですけど」


 赤壁レッドクリフと護衛依頼を受けた初日、シフォンさんにクラフトスキルについて聞かれたことがある。てっきり婚約者であるクレス王子のために聞いてたのかと思ってたんだけど。


「もちろん、話は聞いていたよ。でも、実際に目で見て経験するのでは、印象が違う。たった一つのクラフトアイテムで誰かを幸せにできるなんて、本当に素晴らしいことだと思うよ」


 目をキラキラと輝かせるクレス王子に褒められるのは、恥ずかしくなる反面、王族に称賛されて嬉しい気持ちもある。


「クレス王子にそう言ってもらえて光栄です。俺も同じことを思いますから」


「今の僕なら、ミヤビくんのことを笑顔で話すシフォンさんの気持ちがわかるよ。初めて異性を褒める彼女を見たときは、ちょっと心苦しかったけどね」


「シフォンさんは浮気をするような人じゃないでしょう。クレス王子が前を見続けたら、ずっとついてきてくれると思いますよ」


 思ったままのことを言ったつもりだったけど、俺の言葉でクレス王子の表情が曇り始める。


「そうだといいね。彼女は僕のことを買いかぶりすぎだから、申し訳なく思うことが多いんだ。結果的に、僕がやるべきことを彼女に押し付けてしまっている。自分が情けないよ」


 シフォンさんに押し付けているというのは、次期領主の地位についてだろう。王位継承権を放棄して、不遇職のクラフターだったことを公表した結果、シフォンさんが領主にならなくてはいけなくなったんだ。魔法学園とアンジェルムの街を行ったり来たりするシフォンさんを見て、後ろめたい気持ちが生まれているんだと思う。


 そんなクレス王子を横目で見たカレンは、大きなため息を吐いた。


「昔からクレスくんは女々しいのです。ヴァイス様がドラゴン素材を手にしたとき、私を盾にして逃げるくらいなのですよ。兄弟子が取る行動とは思えないのです」


「あははは、懐かしいね。ヴァイス様には良くしてもらったけど、ドラゴン素材の押し付けだけはやめてもらいたかったよ。付与魔術はともかく、リペア作業はクラフターがやる仕事じゃないと思うよ」


「まったくなのです」


 クレス王子が在籍していたときから、ヴァイスさんはそんなことばかりやっていたのか。弟子の成長を促す目的があったとしても、あの作業をクラフターがやるには荷が重いぞ。


「俺もそう思うわ。ドラゴン素材のリペア作業は、さすがに鍛冶師の仕事だよな」


 三人の意見が一致して互いに頷きあっていると、何かに気がついたのか、カレンが首を傾げた。


「あれ? 師匠もヴァイス様の元で仕事をしてましたっけ?」


「いや、メルの剣が壊れたときに、なぜかやらされたんだよ。いま思うと、クラフターが活躍できる場所を探してたんじゃないかって思うんだ。こうなったときに、商業ギルドへ売り込みやすくなるだろうからな」


「それはそうかもしれないね。ヴァイス様はひた向きに努力を重ねようとする人を、決して見捨てようとはしない。人の成長を自分事のように感じ、喜ぶ節がある。だから、フォルティア王国はヴァイス様を敬愛しているんだ」


「クレスくんが王子っぽいことを言っても似合わないのです」


「あははは、それも間違いないね」


 クレス王子の高笑いが部屋に響き渡るなか、カレンが加工を続けていたガラスの塊にパキッ! とヒビが入る。すると、ヒビを中心にして、ガラスの塊がボロボロと崩れ落ちていった。


「また失敗したのです~。ガラスに流す魔力を安定させながら削るのは、まだまだうまくいかないのです」


「話しながら作業できる余裕は出てきたみたいだし、順調に成長してるさ。まだ付与魔法も大きな素材にはできないし、練習が必要だな」


「はいなのです。今度はキャミソールを作って、付与魔法を練習する予定なのです」


 おっ、それならシフォンさんとアリーシャさんの分も作ってもらえると助かる。ちょうどこの依頼で顔を合わせたし、あとで売り込んでおくか。


 婚約者がいる場所では言わない方がいいか……と思っていると、またクレス王子が真剣な表情をしていた。ガラスの加工練習に興味があるのか、ボロボロになったガラスの破片を眺めている。


「カレンちゃんは、独特な方法でガラスの加工処理を施すよね。これもミヤビくんが考えたの?」


「やったことがあったので、カレンに教えてるだけです。まあ、ここまでカレンが苦戦するとは思わなかったんですけどね。クラフトスキルもうまく使えるようになりましたし、後もう少しだと――」


「今のカレンちゃんには無理だよ」


 唐突に否定されたため、俺はドキッとして息を詰まらせる。カレンもクレス王子が否定するとは思っていなかったらしく、大きな目を開けて驚いていた。


 真剣な表情をするクレス王子が嘘をついているとは思えない。何か確信めいたものがあるような気がする。


「素材ランクC以上に対しての魔力操作は、デルーガの鎖上結合を意識して、魔力分子を連結しなければならない。魔力を均等に流し続けるだけでは、素材に与えるダメージがオーバーチャージされるだけだ。七十三回にわたる衝撃を蓄積できる時点で、ガラスの性能の良さに驚かされるよ」


 こっちはリズみたいなことを言うクレス王子に驚いてるよ。リズがクラフターは魔法を使えないと言ってたのに、なんでそんなややこしいことを知って――。


 不意に、俺の頭は猛烈な違和感に襲われた。


 今のクレス王子の言い方的に、ガラスや宝石は素材ランクがC以上に分類されるってことだよな。でも、ガラスの加工をするときには、付与魔法みたいに無属性の魔力を浸透させなければならない。その加工法を知っているのは、付与魔法ができる人しかいないわけであって……。


 練習用に机の上に置いておいたガラスの塊を、何食わぬ顔でクレス王子が手に取った。


「現段階の解決策として、最初に魔力を全体に流した後、先に魔力分子を結合するといいよ。魔力回路を固定せずにやろうとするなんて、魔力操作に余程の自信がないとできない。無属性であろうと、、なおさらね」


 ポンッと投げられたガラスの塊を受け取った俺は、頭を抱えてしまう。


 僅か数秒でガラスの塊に魔力が流されているんだ。付与魔法の練習を続けてきたカレンでも苦労している作業を、ペラペラと会話しながら数秒で終わらせるなんて、魔力の扱いに長けていないとできないと思う。


 もしかすると、俺と同等レベルの魔力操作ができる……いや、物によってはクレス王子の方が上かもしれない。少なくとも、俺は同じことを数秒でやる自信がない。


 ガラスの塊をカレンに渡すと、クレス王子を真っすぐ見つめて、ゴクリッと喉を鳴らした。


「クレスくんが兄弟子っぽいことをするのも似合わないのです」

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