第80話:疲れ果てるエレノアさん

 昼ごはんを食べた後、ポカポカジャージに着替えたエレノアさんがコートを羽織り、リズと遊ぶことになった。午前中に作った雪だるまよりも大きいものを作りたいみたいで、頑張って二人で雪玉を転がしている。


 元冒険者とはいえ、日頃の受付仕事で運動不足になっているんだろう、エレノアさんはかなりきつそうだ。元気なリズに合わせて動くものの、すぐにヘロヘロ状態になっていた。


 もっと一緒に遊びたいリズが見逃してくれるわけもなく、雪だるまを完成させるしか逃げ道はない。明日の朝は筋肉痛で体がバキバキになるパターンで確定だな。


 二時間ほど経過して、敷地内に大きな雪だるまができると、息をハァハァと乱したエレノアさんが仮拠点の中に戻ってきた。


 入り口でコートに付いた雪をパンパンッと払ったエレノアさんは、倒れるようにリビングのソファーに座り込む。そこに、俺は労いの温かい茶を差し出した。


「お疲れ様です。一緒に食事に行くとは聞いてましたけど、いつもこんな感じで遊んでいるんですか?」


「私が聞きたいくらいですよ。何度か二人で食事に行きましたが、ここまで元気な彼女は初めてです。少しくらいは休憩をくれてもいいと思うんですが」


「エレノアさんに会いたそうにしてましたし、せっかくの機会だから、思いっきり遊ぼうと思ったんでしょう」


 なお、本人は遊び足りないみたいで、今度はカレンと雪合戦で遊んでいる。以前、魔法使いで体力が少ないと言っていたけど、底なしの体力としか思えないよ。


 そんな光景を温かい茶を飲みながら二人で眺めていると、エレノアさんは優しい表情を浮かべていた。


「以前は、もう少し心の距離を取る子でした。ミヤビくんとパーティを組むようになってから、本当にリズちゃんは変わりましたね」


「冷え性に悩まなくなったくらいだと思いますよ」


「そうでしょうか。彼女はソロ冒険者で長く過ごしてきましたが、孤独を嫌う一面があります。食事に行ったときも、いつも別れ際は泣きそうになっていましたので、パーティを組める仲間が見つかって嬉しいんだと思いますよ」


 姉と慕うエレノアさんがそう思うのなら、あながち間違いでもないだろう。リズはパーティを家族みたいに考える節があるし、仮拠点という帰る場所ができて、本当に嬉しいんだと思う。さすがに、そうですね、と肯定するのは恥ずかしいから、誤魔化すけど。


「どうですかね。互いに信頼し合ってるとは思いますけど、もっと冒険に出掛けたそうな顔をするときもありますよ」


「あらあら、誤魔化すほど照れる話でしたか? ミヤビくんなら、それくらいは気づいていると思いますが」


「何のことかわかりませんので、今日の夜ごはんは、ヴァイスさんが大好きな鍋焼きうどんにしますね」


「また新しい料理だと思いますが、楽しみにしていますね。後日、頭の中を整理してから、お説教に来たいと思います」


 エレノアさんが受け入れる姿勢を表明したことで、しばらく俺の説教は行われないだろう。この後も受け入れられない現実をいっぱい突き付ければ、リズみたいに納得するはず。街で過ごすうちは、今後も何度か仮拠点に誘ってみようかな。


「ところで、ヴァイス様に付与魔法を教える件はどうなりましたか?」


「ひと区切り付いたみたいですね。リズに任せきりだったので、雪が落ち着いたら、ヴァイスさんの様子を見に行く予定です。今はカレンが俺の弟子みたいになっちゃって、身動きが取りにくいんですよ」


「薄々気づいていましたが、ミヤビくんも相変わらずですね。お人好しな性格が出ちゃいましたか」


「否定はできないですね。最近気づいたんですけど、俺は感情移入しやすい性格みたいです。カレンが頑張る姿を見ると、手を貸してあげたくなるんですよ。毎晩遅くまでクラフトと付与魔法を練習してますし、いまエレノアさんが着てるジャージも、カレンが最初から最後まで作りましたから」


 製作者を聞かされたエレノアさんは、ジャージを手で触れて確認すると、クラフトスキルのイメージと違ったのか、驚いていた。


 糸がほつれたり、穴が開いていたり、上下でサイズが違ったりしない。本職の裁縫師や俺の作ったものにも負けないほど、完璧な仕上がりになっている。それほど、カレンのクラフトスキルは急成長しているんだ。


 うまくクラフトスキルで作れたとしても、必ずハンドクラフトで丁寧に仕上げて、品質を向上させる努力が何よりも大きいと思う。


「着心地がいいばかりか、とても温かいですし、てっきりミヤビくんが作ったものだと思っていました。ヴァイス様が気にかけているクラフターが、まさかミヤビくん二号になるなんて……」


 変な称号は付けないであげてください。非常識な人、という不名誉な称号だと思いますが、それは俺にも失礼ですよ。


 今後も非常識の世界に連れ込もうとは思っていますけどね。

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