第68話:ヴァイス、初めての付与魔法

「金貨二百枚だ。それ以上は安く売るんじゃねえぞ」


「お買い上げありがとうございまーす」


 ベッド勝負した結果、俺が作ったベッドにヴァイスさんが寝転んだ瞬間、勝敗が決まった。ヴァイスさんが即決で購入を決めてくれたんだ。


 他人が作った家具を部屋に置くのは何十年ぶりらしく、勝負に負けたはずなのに、ヴァイスさんの機嫌がいい。如何に生産職のトップを走り続けてきたのか、ベッド対決で考えさせられるとは思わなかった。


 家具も武器も最高級を作る人物となれば、生産ギルドの名誉会長なのも当然だよな。何度もエレノアさんが報告しろって、口を酸っぱく言ってた理由が分かった気がする。この人を怒らせたら、国と敵対しそうで怖い。


 店頭へ戻ると、売上金から金貨二百枚、日本円で二百万円を差し出された。ありがたく受け取りはするものの、すでにシフォンさんにベッドを渡しているため、後でトレンツさんにも請求しなければならない。相手が貴族とはいえ、後払いで二百万円請求することになるなんて……気が重い。


「目的が変わっちまったが、付与魔法の値段を決めるために来たんだったな。ワシが決めるのであれば、実際に作業工程を見て、どれくらい難度の高い物か判断しねえと何とも言えねえ。とりあえず、この座布団に火魔法を付与してみてくれ」


 ヴァイスさんから座布団を受け取ると、そのまま付与魔法を始める。


 魔力の流れがわからないと言っていたから、何をやっているのか説明しながら付与するべきだろう。別に隠すようなことでもないし、力を貸してほしいのは俺の方だ。


 職人として真剣な眼差しを送ってくるヴァイスさんを見れば、悪用されることもないと思う。


「素材に魔力が行き渡ったら、ムラがないか確認して、付与するだけです。このままやりますね。付与魔法:火」


 浸透した魔力が素材に馴染み、付与魔法が完成する。少しずつ熱が帯びてくるため、早めにヴァイスさんに渡しておき、効果を実感してもらう。


「こんな感じですね。温度調整する場合は、付与魔法をやり直す必要があります。あまり強くやり過ぎると、火魔法が繊維を燃やして発火するので、このくらいが限界ですね」


「素材に強く干渉するため、デメリットが存在するわけか。全体のバランスを見ながら、繊維一本一本に集中する必要があるとは、予想以上に面倒だな。おっ、だんだん座布団が熱を持ち始めたぜ」


「魔力のムラを無くさないとダメなので、それが厄介ですね。付与魔術で苦戦してる方は難しいと思いますけど、ドラゴンの牙を使ったメルの剣の修理よりは楽な印象です」


「比較対象の難易度が高えよ。慣れない作業ということを考えれば、ワシにとっては遥かに難しいと思うが、やってみねえとわからねえこともある。試しに見よう見まねで挑戦するか」


 そう言ったヴァイスさんは、近くにある付与魔法されていない座布団を手に取った。


「どれほど難易度の高いものか、ワシなりにやってみる。改善点があったとしても、作業が終わるまで口出し不要だ」


「わかりました。魔力の流れを感じ取りたいので、作業中は座布団に触れておきます。それだけ許してください」


「気が散るが、仕方ねえな。早速始めるぞ」


 ***


 作業開始して、二時間。あのヴァイスさんが、まさかここまで苦戦するとは思わなかった。


 ようやく座布団の半分ほどに魔力を浸透させることができただけで、うまくいきそうにない。魔力もムラがすごいし、必死に修正を試みてるみたいだけど、かえって魔力のバランスが乱れるばかり。ヴァイスさんだけでは、手に負えない状況になっていた。


「修正できるレベルじゃねえし、これ以上は無理だ。失敗だとわかっているが、一度これで付与魔法を試みる。どういう現象が起こるか見ておきてえ」


「わかりました。俺が触ってる部分は確実に燃えるので、手を放します。気を付けてください」


「鍛冶師が火を怖がってるようじゃ、仕事にならねえ。気にするな。付与魔法エンチャント:火」


 ヴァイスさんが付与魔法を施した瞬間、燃えやすい素材である座布団がボッと発火した。火魔法が強く付与されているため、油でも吸い込んでいたかと思うほど、すぐに燃え広がっていく。


 その燃え方をじっくり観察した後、ヴァイスさんは足で踏んで消火していた。


「できねえわけじゃなさそうだが、難易度が高すぎる。予想以上に精密な魔力操作が要求されることを考えれば、普通の鍛冶師や裁縫師は手が出ねえな。座布団を燃やせただけでも、大きな成果と言える」


 初めてにしては及第点、と判断したんだろう。俺も初めてやったときは、それなりに時間をかけて練習した気がする。


「流す魔力が不安定だった影響が大きいですね。最終的に修正ができないほど、魔力が不均一になっていましたから」


「そいつは自覚がある。許容範囲内だと思っていたが、徐々に手に負えなくなり、気がついたときには、お手上げ状態になっちまった」


「おそらく、素材の繊維に魔力を浸透させる速度が遅いので、流す魔力にムラができるんでしょう」


「簡単に言うが、繊維に魔力を浸透させようと集中してる間に、素材に流し続ける魔力が不安定になる。何かコツでもあるのか?」


「慣れですね」


 魔力を使った作業なんて、誰かに教える機会がなかったため、うまく説明することができない。呆れたヴァイスさんが大きなため息を吐くくらいには、情けない答えをした自覚がある。


「参考になんねえな。まあいい、明日からしばらく、うちの店に顔を出してくれ。このまま値段を決めようものなら、高額な値段にしか設定できねえ。ミヤビにしかできねえ作業なら、この座布団がさっきのベッドよりも高くなるぜ」


 ただのポカポカ座布団が、ふわふわベッドよりも金額が上になるだと!? 日本円で二百万円の価値がする座布団なんて、誰が買うっていうんだよ。もうシフォンさんに後払いで売っちゃったんだぞ。


「マジっすか……。さすがにそれは申し訳ないですね。完全にぼったくりですよ」


「欲がねえな。普通は値段をつりあげて儲けるところだぜ」


「金は欲しくても、恨まれるようなことは避けたいだけです」


「そうか。じゃあ、付与魔法の技術提供に、うちの店の半年分の売上をやろう。誰も知らねえ技術としては、安いぐらいの値段だ」


「売上金からアッサリと金貨二百枚も出した人が、何を言ってるんですか。半年分の売上なんて恐ろしい金、もらいすぎて吐き気がしてきますよ。でかすぎる貸しにしといてください」


「お前は貸しを作るのが好きだな。借り地獄で溺れないようにしねえと、どんなことをさせられるかわからなくて怖えぜ」


 ちっともビビってないくせに、と思いつつ、俺はヴァイスさんに付与魔法を教えることになるのだった。

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