第59話:遭難者

 街道の補修作業に勤しむ俺の活躍により、順調に旅が進んでいくと、本日の第一休憩ポイントにやってくる。しかし、先に休憩している人たちがいるため、街道を挟んだ向かい側で休むことになるんだが、どうも様子がおかしい。


 護衛を合わせて二十人ほどいるから、街へ向かう乗合馬車だろう。家族や知り合いと一緒に乗っている人が多いと思うけど、その割には空気が重たく、小さな焚火に集まる姿は元気がないように見える。


 赤壁レッドクリフの四人も緊張感を持ち始めたし、こういう騙し討ちみたいな襲撃があるのかもしれない。リズもハンドサインを出し、シフォンさんが馬車から出てこないように、アリーシャさんに指示を送っていた。


「リズ、様子が変だけど、どうするんだ?」


「馬車に家紋が描いてある以上、向こうは貴族がいると気づいているはずだよ。普通は容易に近づこうとはしないし、問題がある場合は、武装を解いて向こうの代表者が声をかけてくるかな」


「冒険者の暗黙のルールってやつか」


「ううん、正式な護衛依頼のルールなの。こっち側からすれば、本物の冒険者だと判断できる一つのポイントになるから」


 貴族の依頼は思っている以上に大変なんだなーと思っていると、見た目通りに事態はよくないんだろう、武装解除した男性がやって来た。


「護衛依頼中に失礼する。迷惑は承知だと思うが、余分に食料を持っていたら、分けてもらうことはできないだろうか。昨日は予想以上に雨が酷く、積み荷に浸水して、食料がほとんどやられてしまったんだ」


 どうりで空気が重いはずだ。俺たちは雨が降る前に平原までたどり着いたけど、避難する場所によっては、大雨の被害をダイレクトに受けただろう。大人数が雨風をしのげる場所を探すだけでも、苦労したと思う。


 そして、王都に向かう俺たちはまだまだ目的地が先になる。大雨が降った後で気前よく食事を分けてもらえるとは、普通は考えない。


 インベントリに大量の食料を入れているし、すぐに分けてあげたい……ところなんだが、俺たちにも問題がある。


「ミヤビ、普通の食事って、何か持ってる?」


「気兼ねなく食べられそうなのは、いつも食べてるパンくらいだな」


 手持ちの料理は高級食材を使っているし、この世界で食べる一般的な料理を俺は持っていない。出来立てのミルクパンですら、現状だと贅沢に感じる人も多いだろう。ここに温かいシチューやスープを出すのは……、さすがに恩着せがましい。


 馬車に家紋が入っている以上、ベルディーニ家の名前が傷つく恐れもある。贅沢三昧の貴族令嬢、と。


 前日が大雨であったことを考慮すると、分けなくても評価は下がらないかもしれないけど、リズの性格上、分けることを前提で考えた方がいいだろう。


「判断はリズに任せるけど、人数を考えれば、パンでも一人一つが限度だぞ。また雨が降って立ち往生すれば、次は俺たちの食料がなくなる」


「わかってる。向こうは目的の街が近いし、私たちはまだ遠い。無理に分ける必要はないと思うけど、いつも依頼で使ってたかまどで、ちょっとしたスープは作れないかな」


「レシピ通りに自動で作られるし、クラフトスキルの補正が入る。多分、贅沢品が完成すると思うぞ」


 数秒で完璧な料理ができるのは便利だけど、まずい方向に調整はしたことがない。それをやるくらいなら、アリーシャさんにお願いして、普通に料理を振るまうべきだ。大人数になるし、時間は奪われてしまうけど。


 悩ましい問題に直面していると、赤壁の四人がチョイチョイと手招きしていることに気づく。リズを呼んでいるのかと思い、肩を叩こうとしたら……まさかのバツサインが出た。どうやら、俺に話があるらしい。


 ちょっと待つようにリズに行って、赤壁の方に近づくと、円陣を組むようにガシッと肩に手を回された。


「ミヤビくん、今までのことは素直に謝ろう。本当に悪かったと思っている」


「二日連続の寝坊は、さすがに効きましたか? 急に和解を求められても、ちょっと困るんですけど」


「今夜、リズちゃんにも謝ろうと思うんだが、今は互いに協力しよう。向こうの集団に王都で見かけた冒険者がいる。山賊や刺客の類ではなく、高確率で遭難して苦しんでいると判断してもいい」


 真剣な表情をした赤壁の四人を見れば、ここで対立する必要はないように思える。リズを溺愛するあまり、過剰な愛情で迷惑行為を考えただけで、本来は国が認めるほどの冒険者だ。道中で教えてくれた、天気が崩れやすいという情報も本当だったし、今が本来の姿なんだろう。


「俺たちの荷物を出してくれないか。言い訳にはなるんだが、この時期は天候が崩れやすいため、君たちの分の保存食も詰め込んできた。何も聞かずに食事を用意してくれるところ見ると、今後の我々の食事も用意してくれているんだろ?」


 クラフトスキルでマウントを取ろうと思っていましたからね、という本心をグッと堪えようと思う。なんだかんだで俺たちのことを考えて、保存食を持ってきてくれていたんだ。


 天気が変わりやすいという事前情報を隠し、リズを部隊リーダーにして困らせよう、なーんて浅はかな考えが裏にあると気づいても、いったん水に流す。


「贅沢しなければ、全員が普通に食事できる程度の量は用意しています。シフォンさんも心配そうに馬車の窓から覗いていますし、経験豊富な皆さんがリードしてくれると、リズも心強いと思いますよ」


 赤壁の荷物をインベントリから取り出すと、彼らは申し訳なさそうに荷物を運び、リズの方へ向かって歩き始めた。


「リズちゃん、ちょっとだけ出しゃばってもいいか?」


「部隊リーダーに責任を負わせない、を条件に付けていただければ、皆さんの自由行動を許可します」


「随分と嫌われちまったな……」


 でしょうね! まだ普通に言葉を交わしてくれる分、リズは大人の対応を取っていると思いますよ。


 辛辣な態度を取るリズがその場を離れると、赤壁の四人が遭難した冒険者と向かい合う。


「冒険者ギルドに所属するAランク冒険者パーティ、赤壁のリーダー、ドルテだ」


 異世界から来た俺がAランク冒険者を知るはずもないけど、一般常識を併せ持つ冒険者ともなれば、彼らを知っているのも当然のこと。遭難していた一般人でさえ、赤壁の四人を見て、驚きの表情を浮かべている。


「先ほど馬車にいらっしゃるベルディーニ家の令嬢、シフォン様に確認したところ、食料の譲渡を許可してくださった。ちょうど我々も休息を取るため、この地域一帯を警戒しよう。その間に冒険者諸君も休息を取るといい」


 確認を取ってないですよね、と突っ込むのは、さすがに野暮な行動になるだろう。貴族の手柄にするから、今までのことを許してください、っていう本音が聞こえてきそうだよ。


 大きな荷物を遭難者たちの元へ持ち運ぶと、ドルテさんを中心にして、笑顔の輪が広がっていく。受け取った食料を食べる前に、小さな子供まで馬車に礼をして食べ始めるのは、貴族に対する感謝の印だと思う。


 これには、さすがのリズも温かい目で見守っていた。


「普通にしてくれれば、尊敬できる冒険者だと思うんだけどねー」


「裏の姿を見てしまうと、カッコイイのかわからないな。寝坊の印象しか残ってないぞ」


「さすがにあのベッドが相手だと、私は同情するよ。アリーシャさんなんて、トラウマみたいになってるんだから。起こしてあげるって言っても、床に寝ちゃってさ」


「土魔法を付与して、寝心地を悪くしてあげようかな。さすがに貴族のメイドを床で寝かせるのは、ちょっと抵抗がある」


「うん、そうしよう、説得は手伝うし。あと、焚火用の薪も渡してもらってもいい? 多分、雨の影響で水分が多くて燃えにくいから、火が小さいんだと思うの」


「大事なことは早く言ってくれよ。俺が活躍できる場所、もうないかと思ってたぞ」


 薪を取り出すだけでヒーローになれるという、とても小さなハードルを越えに行こうしたら、アリーシャさんが近づいてきた。


「ミヤビ様。パンにミルクが含まれていたと思いますが、インベントリにミルクをお持ちではありませんか?」


「多くはないですけど、それくらいなら持ってますよ」


「お嬢様が、小さなお子様がいることを心配なされています。小さな子だけで構いませんので、焚火で温めて、ホットミルクにして振る舞えるとありがたいのですが」


「わかりました。鍋はありますので、手伝ってもらってもいいですか?」


「ありがとうございます。やはり、ミヤビ様はお優しい方ですね」


「優しいのハードルが低いと思いますよ。でも、その代わりに寝心地を悪くしますので、ベッドで寝てもらってもいいですか?」


「ええっ!? そ、それとこれとは話が違います」


「シフォンさんの心配を解消するためにも、ベッドで寝てください。約束ですので」


「ミ、ミルクとベッドに因果関係はありません!」


 強引にアリーシャさんと約束を結び、焚火に薪を追加すると、予想を上回る喜びを見せてくれた。


 火の温もりに安堵したのか、泣きそうな人までいる。小さな子にホットミルクが振る舞われると、過酷だった現実を忘れたのか、和気あいあいとした雰囲気になった。


 勝手に赤壁の荷物を漁り、帰りの食料も手分けしているリズを見た時は、最後の良いところは部隊リーダーの手に渡るんだと、確信する。なお、昨日は長時間にわたる警備をしたメルは、ずっと眠ったままだった。

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