第57話:寒い日はとんこつラーメンだろう

 護衛依頼、二日目。昨晩から降り続ける雨が止まず、早くも立ち往生することになってしまった。


 火魔法を付与した快適な空間とはいえ、雪が降らなくて本当によかったと思う。さすがに雪は想定していないし、馬車で雪道は厳しいだろう。ザーッと雨が降り続けているから、今日はこのまま一泊する予定になる。


 なお、いま見張り小屋で警戒するのは、リズだ。夜の警備を終えたメルが休息を取り、赤壁の四人は……起きてこない。寝坊しても起こせばいいか、と思って、ふかふかベッドを用意したんだが、まさかドアを叩いても起きないとは思わなかった。


 見張り小屋で警戒してもらってるんだし、鍵をつけなければよかったよ。俺に被害はないけど、雨の中でリズが一人で見張りをするのは可哀想だ。


 しかし、温熱ブロックを搭載した暖房システムと、グラウンドシープの羊毛で作成したふかふかベッドを用意した、俺にも責任はある。シフォンさんの世話係りを任されるほど優秀なメイドであるアリーシャさんが寝坊して、わざわざ俺に謝罪しに来たのだから。


「本当に申し訳ありません。すべて任せきりのうえに、寝坊までしてしまいました。私は、メイド失格です」


 彼女の涙目を見れば、本気で凹んでいることが伝わってくる。飛び起きてきたのか、可愛らしい水色の寝間着に寝癖を付けたままで、さっきも見張りを行うリズに何度も頭を下げていた。


 リズも慣れるまでは寝坊していたし、護衛依頼で使うにしてもシフォンさんだけにするべきだったと、俺も反省している。快適すぎる生活を整えると、部隊が壊れるということを学んだよ。


「運が良いのか悪いのかわかりませんが、雨降りでやることはありませんし、俺は気にしてません。まだシフォンさんも寝てると思いますし、今のうちに寝癖を直して、服を着替えてくださいね」


 かなり焦っていたのは間違いなく、自分の現状に気づいたアリーシャさんは、顔を真っ赤にして帰っていった。


 女の子に意地悪をしたように思われても困るし、後でポカポカ手袋を作ってあげようかな。馬の手綱を引くとき、かじかんだ手では痛いだろうから。


 そう思っていると、家のドアがガチャッと開かれる。見張り小屋で警戒したリズが、真剣な表情をしていたんだ。もしかしたら、大雨のなかでも活動する活発な魔物が――。


「ねえ、アリーシャさんに変なこと言った? 泣いて帰ったように見えたけど」


「随分と落ち込んでたから、そう見えただけだろう。外は寒いし、雨に濡れないように走っていったのかな」


「ふーん。まあ、ミヤビは地雷を踏みそうにないし、大丈夫だよね。服装や寝癖をメイドに指摘したら、恥をかかせることくらいはわかると思うし。ごめんね、疑ったりして」


 安堵して見張り小屋に戻っていくリズを見て、俺は思った。温かいポカポカ靴下もサービスして、メイドさんの機嫌を取り戻そうと。


 ***


 雨脚が弱まり始めた昼下がりの午後になると、机のある会食会場で勉強会が始まった。


 学園ではアリーシャさんも一緒に勉強を学んでいるのか、シフォンさんと隣り合って座り、同じ教科書を眺めてペンを走らせている。向かい側に座ったリズは、いったい何者なんだろうか。貴族が学園で学ぶ内容を、懇切丁寧に教えていた。


「魔法力学のマルファー比重測定実験で習ったと思うんだけど、土魔法の魔力分子は他の属性に比べても重いんだよね。水魔法の魔力分子は軽いし、浸透性が高くて合わさりにくいの」


「しかし、アルヴィンの定義を考慮すると、土属性も水属性も同調律は高いタイプに分けられるはずですが……」


「お嬢様、シュルツットの魔法属性理論をお忘れになっております」


 俺にはサッパリわからないけどな。すべての話を初めから聞いていても、まったくピーンとこない。温かい茶のおかわりを入れて、邪魔をしないように見守るしかなかった。


 見張り小屋で警戒してくれてるメルに遊んでもらおうかなーと思っていると、外からバシャバシャッと走る音が聞こえてくる。窓に人影が映ったと思ったら、ドアがガチャッと開いた。


 何度もドアを叩いても起きる気配がなく、子供のように十二時間以上も爆睡した、赤壁の四人だ。反省しているのは明らかで、全員がうつむいたまま、真顔である。


「本当にスマン」

「申し訳ないんじゃ」

「全面的にうちらが悪い」

「ごめんなさいの極み」


 さすがに寝すぎだとは思うけど、勉強する三人を見ても、怒ろうとする人はいない。全員が同じベッドで寝坊した経験者であり、極上のベッドを用意した俺が悪いみたいな雰囲気すらある。


「護衛依頼の進行に支障は出ていないですし、大丈夫ですよ」


「そういう問題で片付けられるようなことでは……」


「いま勉強中なので、静かにお願いします。とりあえず昼ごはんだけ出しますから、あとでメルと警備を代わってあげてください」


「本当に……すまない」


 シューンッと落ち込んだ赤壁が椅子に腰を掛けると、ソッと昼ごはんを取り出してあげる。隣に勉強中の人間がいるときに食べるものではないけど、大雨で寒い昼間に食べるものと言えば、やっぱり『とんこつラーメン』しかないだろう。


 クラフトスキルの底力を舐めてもらっては困るよ。


 リズたちと大盛り上がりで食べ進め、シフォンさんとアリーシャさんに替え玉を勧めたら、申し訳なさそうに要求してきた、奇跡の一品。何度もチャーシューをねだってきたメルに関しては、昼間の警備を頑張ることを条件に、マシマシにしてあげた。リズなんて、豪快にスープを飲み干してしまうほど、我を忘れていたよ。


 そんな一品を机に並べてあげると、数時間前に見た光景をリプレイするかのように、赤壁の四人が固まった。


「寝坊しておいて言うのもなんだが、なんだこれは?」


「とんこつラーメンですね」


 湯気と共にフワーーーンと濃厚な香りが押し寄せるとんこつラーメンは、初めて見る人間に対して、混乱を巻き起こす。


 白濁したスープに浮かぶ背脂と、ブラックオークの極厚チャーシューに、刻まれた白髪ネギがどっさり。奥に眠る細い麺が少しだけ顔を出して、視覚と嗅覚の二段攻めである。なお、ブラックオークの骨を消費している影響か、一口飲むだけでも強い旨味が口いっぱいに広がる割に、くどくないのが特徴だ。


 ブラックオークの骨から旨味を抽出するのは困難みたいで、クラフトスキルでも作成に三十秒かかるという、超大作! 最終日の昼間に、餃子を付けるサプライズをしようと思っているため、みんなには内緒にしてある。


 新しいものに対して、なかなか受け入れられない赤壁の四人だが、ラーメンの香りに勝てるはずもなかった。恐る恐る手を付けていくと、反省していた姿が嘘のようなスピードで食べ始める。


「スープが……スープが化け物みたいにうめえよ!」

「なんじゃ、この細いものは。無限に喉へ流れゆくぞ」

「あかん、うちの歯が強すぎる。肉が崩れ落ちんで」

「オーク料理の完成形。ザ・オークの極み」


 隣でズルズルとラーメンを食べ始められたら、全然勉強に集中できないのも無理はない。寝坊したのは事実だし、みんなの代わりに外で警戒してくれてるメルが可哀想だから、おかわりはナシにしようと思う。

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