第56話:変わりやすい天候
昼休憩を終えた後、護衛依頼で活躍したのは、リズとメルだった。
部隊の先頭に立つ二人が索敵を続け、パッと魔物を見つけてしまうため、Aランク冒険者が駒のように戦闘するだけ。
リズを部隊リーダーに選んだ以上、赤壁の四人も納得した様子だが。
「リズちゃん。今ぐらい寒い時期になると、この辺りは天候が変わりやすいんだが、このまま行っても大丈夫か?」
双剣のドルテさんがゴブリンを討伐した後、わざわざ声をかけてくれた。でも、見た限りは雲一つない快晴である。
本当かどうかはわからないが、あと数時間で日没だし、無理に進む必要はないかもしれない。初日にしては順調に進んでいるから、Aランク冒険者の意見を聞いてもいいとは思う。
しかし、罠の可能性もある。ここは無闇に口出しせず、部隊リーダーのリズに任せるとしよう。
「あと二時間ほど行った場所に、大きな広場があります。今日はそこで休む予定ですので、このまま行きましょう」
「本当にいいのか? あの辺りは、雨をしのぐ場所が少ないぞ」
「構いません。雨が降りそうな天気ではありませんから」
「今回の部隊リーダーはリズちゃんだ。判断は任せよう」
淡々とした口調で話が進み、馬車は止まることなく、街道を歩いていく。山でもあるまいし、雲一つない晴れやかな天気で、雨なんて降るわけがないだろう。
***
「雨、降りそうだな」
「うん。この場所、こんなに天気が変わりやすかったんだね。思い返せば、護衛依頼で王都と行き来する時、ここで野営した経験はなかったかな」
予定していた広々としたポイントに到着すると、空はどんよりと黒い雲に覆われていて、如何にも雨が降りそうな天気になっていた。
日没が近いとはいえ、周囲はかなり暗い。今朝以上に気温がグッと下がり、雨よりも雪が降る可能性がある。それくらい冷え込みが厳しい。
馬車を運転してくれたアリーシャさんが不安そうな表情を浮かべるなか、呆れ顔のドルテさんが近づいてくる。
「リズちゃん、どうするんだい? 早いうちに判断しないと、雨に打たれて風邪を引くぜ」
先輩冒険者の忠告を無視した結果、部隊を遭難に導いたとなれば、大きな失態になるだろう。
ドルテさんに余裕があるように見えるのは、苦難を乗り越えてきた経験の差かな。天候が変わりやすいと知っていたし、予想の範囲内なんだと思う。この辺りで雨宿りできる場所も、当然のように把握しているはず。
しかし、俺たちは赤壁の思い通りに動くはずはない。あえて言うなら、リズの判断は正しかったということだ。
「予定通り、今日ここで野営します」
「リズちゃ~ん。この天気を見ても強行するのは、さすがに部隊リーダー失格……」
「ミヤビ、家を出して」
「わかった」
街道から少し離れた場所に、インベントリから小さな三つの家を、どどどーーーんっ!!! と取り出す。馬車で来ることはわかっていたし、一緒に作っておいた馬小屋とメル専用の見張り小屋も、どどーーんっ! と置いておこう。
「作った俺が説明しますね。左の家が赤壁のメンバー用で、真ん中の家が会食用、右の家がリズとシフォンさんとアリーシャさんの家になります。馬は馬小屋で世話をしていただき、メルは見張り小屋で夜の警備を頑張ってくれ」
今回用意したのは、火魔法を弱めに付与した木材で作った、簡易的な家になる。窓にはカーテンを取り付け、宿に置かれてる程度の小さなベッドを用意した、快適に一夜を過ごせるだけの空間だ。
馬小屋には藁も準備して、ブラシやバケツも置いておいたし、馬の世話はアリーシャさんに任せておけば、問題ないと思う。
メルの見張り小屋に関しては、魔物や山賊の襲撃があると飛び出す必要もあるので、風を防ぐ壁や開閉音で位置を知らせるドアが作れない。そのため、身を隠す程度の背の低い壁と、雨をしのぐ屋根を装着。ウルフの革で作ったホットカーペットを使用すれば、寒さを大きく軽減した状態で警備ができるはずだ。
文句の一つも出ないと思われる、完璧な準備をしてきた俺たちに、死角はない!
「ちょ、ちょっちょ、ちょっと待ってくれ!」
当然、いきなり家を取り出す人間を目の当たりにしたら、赤壁が大混乱に陥る気持ちもわかる。だって、普通にビビるじゃん。当たり前のことだけど、家は持ち歩くものではないんだ。
まあ、昼から継続中の『混乱作戦の罠』だとも知らずに、たっぷりと驚いてくれたまえ!
「何か問題がありましたか? パーティごとに分けた方がいいと思ったんですが。あっ、俺は会食が終わり次第、机を片付けてそこに泊まる予定で……」
「ミヤビくーーーーーんっ! そこじゃなーーーい! い、家っ! 急に、家っ! 馬小屋まで!!」
「なるほど、言いたいことがわかりましたよ。俺もうっかりしてましたね。家から馬小屋までの道に屋根がありませんでした。これだと馬の面倒を見るときに、雨に濡れるかもしれません」
「そこでもなーーーい! 歴史に名を刻みそうな大問題が発生しているぞ! リズちゃんも何とか言ってやってくれ」
「雨も雪もしのげますし、護衛依頼に革命が起きましたね」
「リズちゃーーーん! 随分と君も変わっちゃったねー! ど、どう見たっておかしいでしょ!」
混乱作戦中のリズが「ほえ?」と情けない声を出して誤魔化すと、パニック状態の赤壁を沈めるように、ポツポツと雨が降り始めた。内心はギリギリだったと焦ってると思うが……さすがだな。堂々と胸を張ってドルテさんと向かい合っている。
「あっ、雨が降ってきましたね。ひとまず馬小屋に馬を入れた後、夜ごはんにしましょうか。メルが食事中の間は私が先に見張り小屋で警戒しますので、ミヤビの指示に従ってください」
「ええっ!? 俺の言葉が超冷静に流されてるぞ! いったい何が起こってるんだよ! そうだ、シフォン嬢はわかってくれるよな?」
「もちろんです。クラフトスキルの利便性について、今後は検討しなければなりませんね。ミヤビ様、食後に少しお話をよろしいでしょうか」
ここで一番のファインプレーを見せたのは、シフォンさんだ。クラフトスキルに興味を持ってくれたみたいなので、俺は全力でこの話に乗っかることにする。
「大丈夫ですよ。リズの武器をメンテナンスする際にお伺いしますので、その時に詳しく話しましょう。まずは風邪を引くと大変ですから、早く中に入ってください」
「ありがとうございます。王都へ行くまでの間、まさかこれほど快適に過ごせるとは思ってもいませんでした。……まあっ! クッションと同じで、家の中も温かいですね!」
「多少の温度調整はできますので、遠慮なく言ってください。おっ、馬を入れる手伝いができて、メルは偉い!」
「……夜ごはん、おまけつく?」
「仕方ないな。みんなには内緒だぞ」
この後、手伝えることがなくて申し訳なさそうな顔でアリーシャさんが家に入ってくると、先に夜ごはんの焼き肉サンドとカボチャのポタージュを食べ始める。貴族のシフォンさんは静かな食事を好むと思っていたけど、意外に会話をリードしてくれて、和気あいあいと過ごすことができた。
「コラッ! いつまで外で立ってるの! 私が外で警備してるんだし、早く休んできてよ! 順番に回してくから、明日はドルテさんだからね!」
いつまでも雨に打たれている赤壁の四人は、現実が受け入れられなかったのか、部隊リーダーのリズに怒られるのだった。
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