第54話:護衛依頼の始まりⅡ

 しばらくして集合場所にメルがやって来ると、朝の寒さよりも強い眠気に襲われていた。両手に荷物を持ちながら、器用に目をこすっている。


 右手に持つ小さな荷物袋は日常用で、左手に持つ大きな荷物袋はお泊りセットかな。Bランク冒険者ともあって、荷物がコンパクトにまとめられている。


「……荷物、あげる」


 メルの大きな荷物袋だけをインベントリに預かった後、代わりに俺が用意してきた白くて大きい袋を手渡す。


 今回の護衛依頼は特殊で、補助専門のサポーターである俺以外に、メルが野営警備専門で同行する。役割分担を明確にして、負担を減らす策を取り、全員が護衛に専念できるようにするみたいだ。よって、今からメルは馬車に乗り込み、寝る。


「預かっとくよ。代わりに安眠グッズを渡しておくから、後でシフォンさんと一緒に馬車の中で使ってくれ」


「……ありがと。うおっ、マグマクッションセット」


 目をキラキラとさせるメルは呑気なものだが、シフォンさんと親しい間柄の女性で、Bランク冒険者の強さを評価された彼女にしかできない役目だ。万が一の場合、敵に知られることのない予備戦力としても期待できる。


 なお、猫獣人のメルは夜行性で、そっちの方がいいと本人も納得済み。しっかり安眠できるように、猫獣人を極楽へ導く、超絶ふわふわビッグクッションに沈み込むといい。


 白くて大きな袋を取り出した影響か、トレンツさんとシフォンさんが顔を合わせて、首を傾げている。護衛の邪魔になるだけで、ただの荷物では? という評価は、後日訂正されること間違いなし。お尻が痛くならないポカポカクッションで、シフォンさんのハートをわしづかみだ。


 リズが大きく頷いて納得するほど、順調に計画が進んでいると、護衛依頼の難関とも言える冒険者たちがやってくる。


 娘との距離感を大事にするトレンツさんと違い、恩人の娘を溺愛してしまったAランク冒険者『赤壁レッドクリフ』の四人組だ。リズの親父さんを知っているだけあって、三人は四十代のオッサン、一人は美魔女の女性になる。


 明らかに荷物が大きいのは、俺への当てつけだろうか。冒険者ギルド経由で俺の情報を聞けば、大きなインベントリを持つ『肉王子』だと紹介されるはずだから。早くも戦いは始まってるみたいだな。


 トレンツさんに軽く会釈をした赤壁の四人は、部隊リーダーであるリズと向かい合う。


「リズちゃん……綺麗になったな。変な虫につきまとわれている、なんてことはないか?」


 バッと全員で俺を見る辺り、危惧していた通りの展開だ。娘は絶対に渡さん、という親みたいな雰囲気がある。完全に赤の他人なのにな。


「大丈夫です。部隊リーダーに選んだのはそちらですから、ちゃんと指示には従ってくださいね」


 キッパリと否定するリズは、内心で燃えている。夢に見たAランク冒険者の道を閉ざそうとしているかもしれない人間が、目の前の知り合いたちなんだから。


「当たり前だろ。俺たちは、いつでもリズちゃんの指示を待ってるぞ。愛情を込めて口出しするかもしれないが」


「愛情はけっこうです。顔見知りがほとんどですので、サポーターのミヤビと自己紹介だけしてください。すでにシフォンさんとメルも荷物を預けてますから、後は皆さんの荷物を受け取り次第、出発します」


 淡々とした口調で進めるリズよりも、久しぶりに会えた喜びが勝っているんだろう。即座に愛情拒否されたにもかかわらず、ちょっと嬉しそうだ。


 しかし、彼氏だと思っているであろう俺には違う。一列に並び始めると、凛々しい表情で向かい合ってきた。


「俺が赤壁のリーダー、双剣のドルテだ。リズちゃんが三歳のとき、タカイタカイをしてあげた仲になる。荷物、頼むぞ」


 二つの剣を腰に差したドルテさんは、顎髭が特徴の軽装備をしたオッサンだ。黒髪を短髪にカットし、若作りに励んでいるように感じる。


 どんっ! と置かれた荷物をサッとインベントリに入れると、二度見されたけど。順番待ちしている人のために下がっていくが、あれは絶対にインベントリの容量に驚いていたな。シフォンさんとメルの荷物を預けているとリズが教えていたから、弱音でも吐くと思っていたんだろう。


「ワシが赤壁の影の支配者、暗黒魔法の使い手、ギルバートじゃ。リズちゃんの三歳の誕生日に誰よりも先に靴下をプレゼントした男じゃ」


 次に現れたのは、サブリーダー的な立ち位置であろう、茶色の癖毛を伸ばした魔法使いだ。大人っぽいをはき違えて、ジジイ一直線であることを本人が気づいていないように思える。


 どんっ! と置かれた荷物をサッとインベントリに入れると、やっぱり二度見されたけど。実は小心者が集まったパーティなのかと、疑問に抱いてしまうよ。


「うちがローラやで。リズちゃんが三歳のとき、一緒に水辺で裸の付き合いをした仲や」


 そこは水着で遊んでくれと思うのは、年齢がわかりにくい綺麗な女性だ。金髪ロングヘアーで色っぽく、背中に矢筒を背負い、ショートパンツを着こなす弓使いになる。


 お決まりになった、荷物どんっ! からの二度見を軽くかわし、俺は最後のオッサンと向き合った。


「鉄壁のタイソン。変顔で三歳のリズちゃんを笑顔にした男」


 少し太り気味の中年男性であるタイソンさんは、重装備を着た男性だ。坊主の赤髪が印象的で、早くも変顔がすべっているのは、オチ担当なんだろうか。


「あっ、荷物もらいます」


 四回目の荷物どんっ! を阻止したところで、俺は赤壁の四人に囲まれた。


「ミヤビくん。君のインベントリ、少し大きくないか? 全員の一週間分の荷物、全部入っちゃうの?」


 瞬き選手権でも行われているかのように、四人が目をパチパチさせるなか、俺はサポーターとして警告する。


「皆さんは高ランク冒険者なのに、リズよりも荷物が多いですね。寒さ対策としても、こんなに必要でしたか? 俺のインベントリに入らなければ、馬車に乗せてもらうはずなので、迷惑ですよ。まだ若いシフォンさんは文句も言いにくいと思いますから、もう少し考えられた方がいいのではないでしょうか」


「……スマン」


 赤壁の『サポーター役立たず作戦』を正論カウンターで論破した後、様子がおかしいと気づいたであろうトレンツさんの元へ向かい、小声で声をかける。


「気になるようであれば、ヴァイスさんに確認してください。準備は万端ですし、うちの部隊リーダーはしっかりしているんで、問題はありませんけどね」


 一番評価してほしいトレンツさんに予防線を張れたという意味では、順調な出だしを迎えることができたと思った。

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