第46話:キッチン

 商業ギルドで契約を終えた翌日、まずは仮設拠点を作ることでリズと話がまとまった。


 本当は冒険者活動を一時休止して、建築作業に専念したい。でも、領主であるトレンツさんに護衛依頼を頼まれたし、毎月賃貸料が発生するなら、収入は減らせない。せっかくできた貴族との繋がりを保つためにも、冒険者活動は必須となっていた。


 国からAランク冒険者に推薦してもらえば、王国の図書館に入れるというリズの夢が叶う。名声を高めることで、奇抜な建築をしても怒られなくなりそうなので、俺の建築生活も保証されるだろう。


 今はまだ我慢の時だ。向かい側にある領主邸より劣ったパーティ拠点を建築して、謙虚な姿勢を見せなければならない。無駄に時計台代わりの塔を建設したいけど、グッと我慢しよう。


 門兵さんの視線も緩やかになったいま、快適な建築ライフは約束されたも当然だが、やることは多い。


 雑草が伸び放題の庭を整地して、基礎工事となる土ブロックの敷き詰め作業が必要だ。木材で仮設拠点を建築したら、寒さに負けないように付与魔法を施す必要もある。家具はクラフトスキルでパパッと作ればいいとしても……、今日だけで終わらせようと思えば、時間が厳しい。


 何より、俺は風呂がほしい。領主邸にも宿にも負けない、大浴場は絶対に必要だ。リズも喜ぶことは間違いないし、今日中に完成させてみせる! できるかわからないけど、気泡が出てくるジェットバスとサウナ付きの風呂を作りたい!


 外から見える外観は謙虚な姿勢でアピールし、見えないところは思いっきり快適にしたい!


 そんな野心(?)を抱いた俺がスコップを持ち、ザクザクザクッと整地を始める頃、リズは別の任務に動き出す。


「じゃあ、私は菓子折りを買って、ご近所さんに挨拶してくるね。貴族依頼を受けるメルは顔が広いし、一通り紹介してもらってくるよ」


「Bランク冒険者なだけあって、思ってる以上にメルってすごいんだなー。大丈夫だと思うけど、気を付けて行ってこいよ」


「はーい、いってきまーす。お昼はメルと一緒に食べてくるから、夜に戻ってくるね」


 ルンルン気分でメルと一緒に挨拶巡りへ向かおうとするけど、肝心のメルは挙動不審になっていた。目をゴシゴシと擦る姿は、昔のリズを見ているようだ。


「……穴、大きくない? 地盤沈下した?」


 気合いの入った俺は作業スピードが違うため、すでに庭に広くて大きい穴を掘っている。ここに付与魔法で強化した土ブロックを敷き詰め、土台を作る寸法だ。


 クラフトスキルに順応したリズは問題ないが、メルは俺たちの顔と大きな穴を何度も見比べ、混乱している。


「ミヤビはこの倍は深く掘っちゃうから、まだまだ浅いんじゃないかな。気にするだけ損するし、早く行こう」


「……穴、小さいの? えっ、大きくない?」


 リズに手を引っ張られて、落ち着かない様子のメルは離れていった。


 普段からギルド職員のエレノアさんにリズは敬語で話してるし、挨拶回りはうまくいくだろう。愛想も良くてまだ若い冒険者というのは、需要が高いはずだから。


 作業を再開した俺は、予定通りに土ブロックを敷き詰め、付与魔法で強化していく。


 木材に火魔法を付与するわけではなく、土ブロックに土魔法を付与するだけなので、シビアになる必要はない。途中で下水を流す通路を作り、そこには付与魔術で水耐性を付与して、腐敗しにくくしておいた。これで大浴場を作って、大量の湯が流れても問題はないだろう。


 パパッと作業をこなし、二時間ほどで基礎工事を終えると、次は木材を使って建築する。


 周りの貴族の家は石造りだし、一目で冒険者の拠点だとわかるようにしておきたい。迷子になることはないと思うけど、良い意味で注目を集めれば、貴族依頼も舞い込みやすくなると思う。


 早速、木材を使ってトントントンッと設置した後、支えとなる柱を建て、床と壁を作っていく。


 メルが遊びに来るかもしれないし、リズが作戦会議をしたいと言っていた。一階は広々とした空間にして、客間を作ろう。少し大きめのダイニングキッチンで食事を楽しみ、応接室代わりのリビングを用意すれば、作戦会議もやりやすい。あと、外へ繋がるテラスもあると便利かな。


 内装に取り掛かる前に外装をすべて終わらせておきたいけど、設計図がない以上、感覚だけで作る必要がある。失敗した時に修正したり、気軽に部屋を拡張したりするため、屋根や付与魔術は後回しにしよう。先に一階を完成させた方が、効率は良くなるはずだ。


 クラフトスキルでソファや机は簡単に作れるとはいえ、最初は内装の基本である窓やドアを取り付ける。


 かまどで砂を焼くことでガラスを作り出せるし、元々ブロックの大きさは変更しない限り一定なので、立て付けに影響が出にくい。以前、かまどを作ったときに鉄も残しておいたし、仮拠点を作る素材には困らないだろう。精密な調整が必要なところは【ハンドクラフト】で調整できるため、サクサクと内装を整えていく。


 最初からこだわる必要はないかもしれないけど、リズが火魔法で料理を作りたがるかもしれないし、キッチンは頑丈に……と思ったところで、俺は固まった。簡易的に設置したキッチンに立ったら、脳内に様々なレシピが思い浮かんだんだ。


 どうやら『作業台』や『かまど』と同じような効果が、キッチンにも生まれるらしい。かまどでは作れないはずの料理や調味料のレシピが、脳内に浮かんでくる。


「大豆と塩だけで醤油と味噌が作れるし、トマトだけでケチャップが作れるわ。ゲーム内に存在しない隠し要素が、こんなタイミングで見つかるとは」


 ところどころゲーム内と現実でスキルに変更があるとはいえ、これは嬉しい誤算になる。宿で出される料理や買い物できる調味料は、種類が少なかったから。


 基本的に薄い塩味がメインで、胡椒や砂糖は贅沢品。割りと安価な値段で蜂蜜は売られているけど、料理との相性が良いとは言いにくい。


 でも、キッチンで調味料がクラフトできるなら、話は変わってくる。使いたい分だけ作ればいつでも新鮮だし、無くなった後の買い忘れを心配しなくてもよくて、地味にありがたい。


 ケチャップとか醤油って、ついついスーパーで買い忘れるんだよな。オムライスの具材を炒めてるときに買い忘れたことに気づいて、スーパーに走った記憶があるわ。


「そんなこと考えるより、先にキッチンの強化して、二階まで作った後に屋根をつけないと」


 気になるキッチンの件を保留して、どんどんと作り進めることにした。今日の夜は新築祝いに、リズとメルとおいしいものを食べようと思う。

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