第41話:領主様と会談
鍛冶師であるヴァイスさんに頼んでもらい、無事に俺とリズは領主邸に足を踏み入れることに成功した。
借りようとしていた土地の二倍ほどある広々とした庭を通り、使わない部屋の方が多そうな屋敷を案内され、応接室に通される。急にヴァイスさんが客人を連れてきた形になったので、領主様もいい迷惑だったと思うが、許してほしい。
ヴァイスさんとメルにも付き合ってもらい、そのまま応接室のソファーに腰を掛けていると、ノックして一人の男性が入ってくる。
商業ギルドのようなスーツとはまた違う、西洋風の正装を着こなすダンディな男性。年齢は五十歳くらいだろうか。堂々とした態度で歩き進め、向かいのソファに腰を下ろした。
「この街の領主をしている、トレンツ=ベルディーニだ。今日は大層な修理を依頼したわけではないと思うが、ヴァイス殿の弟子……というわけではなさそうだな」
俺もリズも冒険者で装備をしているため、どう見ても一般人とは思われない。ヴァイスさんの弟子であれば、ちゃんとした作業着で来るはずだから、トレンツさんも疑問を抱いているんだろう。
「たまには若い冒険者を紹介しておこうと思っただけだ、気にするな。次世代の情報を欲しがっていただろ?」
ポリポリと頭をかきながら、ヴァイスさんは普通にタメ口で話すけど、トレンツさんは気にする様子を見せなかった。軽く驚くような表情を浮かべ、顎に手を添えて考え始める。
「垢抜けない子供二人に見えるが、ヴァイス殿が連れてきてくれたのであれば、優秀なのだろうな。今後のことを考えれば、娘と同世代の女性冒険者がいてくれるだけでも心強い」
「まあ女のリズに関しては、冒険者としての強さより、信頼できるという意味では間違いねえな。礼儀も正しいし、勉強熱心だ。メルよりは良い友達になると思うぜ」
ヴァイスさんの紹介を受けて、トレンツさんの目がリズに向けられた。
前回、冒険者ギルドのギルドマスターであるザイオンさんとの話し合いのように、リズの緊張が手に取るように伝わってくる。拳をグッと握り締めているし、相当ビビッていると思う。
「Cランク冒険者のリズと申します。よ、よろしくお願いいたします」
「領主という立場ではあるが、そう緊張しないでくれ。娘と親しい女性冒険者は、今はメルくんしかいない。リズくんさえよければ、これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ、こ、光栄です……!」
家を買おうと思っていただけなのに、良い流れに転がり始めたな。無理やりお願いしたつもりだったけど、ヴァイスさんがリズの育ての親である以上、近いうちにこうなっていた気がする。
冒険者ギルドの評価も悪くないし、トレンツさんは随分とヴァイスさんを信用しているみたいだから、リズは問題ないだろう。イレギュラーな存在は、俺だけか。
「もう一人の男はミヤビっていうんだが、冒険者ギルドからうちの店に引き抜く予定のクラフターだ。ハッキリ言って、修復作業は俺よりも上手く、付き合っておいて損はねえぜ」
「ほう、あのヴァイス殿にそこまで言わせるクラフターが存在するとは。まだ若いことを考慮すると、面白い逸材になりそうだ」
「引き抜かれる予定はまったくありませんが、Dランク冒険者のミヤビです。よろしくお願いします」
ヴァイスさんにとってはクラフターの印象しかないと思うけど、熱いエールを送られても困る。ツライ修理依頼をこなす毎日より、外に出て素材を採取しながら、のんびりと過ごしたいよ。
「見た目以上に礼儀もよく、動じた姿を見せることもない。クラフターで冒険者ということは、ミヤビくんはサポーターになるのかね?」
社会経験がそれなりにありますからね。取引先の社長と直接商談する機会や、接待の飲み会なんかも無駄に付き合わされましたし。あまり良い思い出はなく、酒が嫌いになりましたけど。
「そうですね。隣に座るリズと一緒にパーティを組み、冒険者活動をしています。生産ギルドに登録してませんが、個人的に依頼をいただけるのであれば、クラフターの仕事もやりますよ」
「なるほど。その試しに今日の修理依頼を彼に任せよう、ということか」
……ん? それとこれとは話が違いますね。ヴァイスさん、ちゃんと言ってやってくださいよ。悪だくみを思いついたような、ニヤニヤした顔を見せなくてもいいですから。
本当にね、あの~……余計なことは言わないで下さいよ。
「上手く直してくれると思うぜ。作業スピードも俺の倍はある。近所に住もうと考えてるくらいだし、今後の依頼はこいつに任せてもいいと思うくらいだ」
「CランクとDランクの冒険者二人で、貴族街にパーティ拠点を持つ、か。冒険者の腕前に相当自信があるのだろう。なかなか決断できることではない」
「えっ!?」
予期せぬ方向に話が持っていかれた結果、なぜかリズのハードルが上がった。
「目の前のボロ屋敷を一人で建て替えようとする奴もいるからな。どんなパーティ拠点になるか、俺も楽しみだぜ」
「あの土地をパーティ拠点にしようと考えているのか。クラフトスキルを見せつけて、アピールしようということかな。ミヤビくんも相当の自信があると見える」
人のことを言っていられるような場合ではなく、俺のハードルも上がってしまった。先ほどまでの良い流れはいったいどこへ……。いや、早くも貴族のご近所付き合いが始まっているだけかもしれない。
「自分で建築した家に住みたいだけですよ。可能であれば、門兵さんの視線が気になるので、それだけ弱めていただけると助かりますが」
「ヴァイス殿の紹介とはいえ、そう簡単に警戒を緩めるわけにはいかない……が、君たちに興味を持ったのは事実だ。ミヤビくんがクラフトスキルで期待に応えてくれたら、考えるとしよう」
トレンツさんの笑みを見て、予期せぬイベントが開始したと、俺は悟ってしまった。
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