第32話:依頼報告で取り乱す職員たち

 ブラックオークを回収して、掘った通路と落とし穴を埋めた後、警戒心を緩くした俺とリズは、森の調査を三日ほど続けた。絶対に安全か確認したかったんだ。


 責任感の強い真面目なリズは、調査依頼を完璧に終わらせた方がいい。本当に大丈夫だと胸を張って言えないと、頭の片隅に残ってしまい、今後の依頼に影響するから。


 ちなみに、ブラックオークの滞在が長かった影響は大きく、魔物の数が激減。この三日間は、魔物との戦闘を避けて行動した。今度は違う魔物が突然変異して、新たな問題が出てきても困る。


 そんなこんなで、サポーターの俺が調査依頼の報告書をまとめたところで、ようやく冒険者ギルドへ依頼報告だ。三日間の追加調査をした翌日、混雑する朝の時間を避けた俺たちは、昼頃にエレノアさんを訪ねた。


 久しぶりに会えたことが嬉しいと、誰が見てもわかるくらいには、リズが満面の笑みを浮かべている。


「ただいま、エレノアさん。調査依頼の報告にきました」


「おかえりなさい、リズちゃん、ミヤビさん。確か、北東の森の調査依頼を受けていましたよね。冒険者ギルドが立ち入り禁止区域に指定していましたし、資料がこの辺りに……あっ、ありました。行方不明の冒険者が二組、ですか」


「初めてで要領をつかむまでが大変で、慎重になりすぎたかもしれません。思っていたよりも時間がかかってしまいまして」


「いえ、慎重に調査してほしい案件でしたので、構いません。それで、どうなりましたか?」


 そのままリズが報告するのか思いきや、肘でトントンッと軽くつつかれた。調査の報告書を作ったことも影響しているのか、ここからは俺が説明するらしい。


「結論から言いますと、魔物の生態系が崩れ、森の最深部に十一体のブラックオークが住み着いていました。こちらが調査結果をまとめた報告書になります」


 インベントリから分厚い資料を受付カウンターに取り出すと、エレノアさんがキョトンッとした。


「へっ? 報告書、ですか?」


「口頭で伝えるよりも、書面にまとめた方がいいのかなーと思いまして」


 リズの散策に同行するだけというのが暇だった、とはさすがに言えない。


「それはそうですが、冒険者に報告書を提出されたのは初めてです。調査依頼の報告書はギルド職員が作成しますし、かなりの枚数を書かれていて……」


 調査報告書を受け取り、ペラッと紙をめくったエレノアさんは、目付きが変わった。真剣な眼差しで書類に目を通し、ペラペラペラッと勢いよく紙をめくり、食い入るように確認を始める。


「ミヤビ、大丈夫なの? こんなエレノアさんは見たことないよ」


「ギルドに提出すると思って、わかりやすく書き直した部分も多いんだぞ。大丈夫……だと思う」


「そこはちゃんと自信を持ってくれないと困るんですけど」


「いや、変なことは書いてないつもりなんだが……怒られたら、ごめんな」


「弱気にならないでよ。パーティで調査した以上は私にも責任があるんだし。一緒に怒られてあげるから、元気だして」


「優しいのか厳しいのかハッキリしてくれよ。複雑な気分になっちゃったぞ」


 やらかした雰囲気が漂うなか、ガバッと顔を上げたエレノアさんを見て、俺とリズはビシッと背筋を伸ばす。


「何ですか、これ……。ミヤビさんが書かれたんですよね?」


「そうですけど、まずかったですか?」


「いえ、魔物の統計や薬草の自生場所といった詳細な内容が書かれているのに、絵やグラフがあってわかりやすいです。ここまで丁寧に調べてまとめようと思えば、一月かかってもおかしくありません。ちょっと頭が追い付かないのですが……」


 混乱するエレノアさんに同調するかのように、リズはポンッと両手を叩いて納得していた。


「ミヤビはそういう人なので、気にしない方がいいと思いますよ。全体的に変なんですよね」


 こんなにも複雑な心境になるフォローは初めてだ。良いことをしたはずなのに。


「礼儀正しい方ですし、もしかして、王城で働いていた経験はありますか?」


「王城に行ったこともないです。リズが丁寧に調査してくれた内容を、普通にまとめただけですよ」


「普通の領域が世間一般的には異常だと思います。ブラックオークの集落まで詳細に……ハッ! 大変です!」


 今までの雰囲気から一変したエレノアさんは、カウンターを強くバンッ! と叩いて立ち上がる。当然、近くにいる職員や冒険者、依頼人たちの注目が集まった。


「ブラックオークが十一体となれば、大至急Bランク冒険者を召集しなければなりません。繁殖が十体を超えると、ドラゴンを呼び寄せる可能性が高まり、街が危険に晒される恐れがあります」


 エレノアさんが恐ろしい言葉を紡ぎだしたことで、冒険者ギルドに緊張が走る。隣に佇むリズが首を横に振っているため、俺たちはそんな大層な理由で討伐したわけではないのは、明らかだ。ブラックオークの肉が食べたくて頑張ったとは、絶対に言わないでおこうと、二人で頷き合う。


 そんなことをしてる間に冒険者ギルドの緊迫感が高まり、職員たちが動き始めた。緊急事態と捉えることができる雰囲気に、俺はストップをかける。


「討伐したので、大丈夫ですよ」


「へっ?」


「二人で倒せそうでしたので、強襲して討伐しました。今後の参考になるかと思いまして、ブラックオークの集落を再現した絵を資料にまとめただけです」


 予想以上にストップをかけすぎたのか、冒険者ギルドの時間が止まった。呼吸まで止まっていないか心配になるほど、職員たちが動いていない。


 そんななか、この人は何を言ってるんだろう、と言わんばかりの唖然とした表情を浮かべているエレノアさんが、リズの顔色を確認した。しかし、その人が言い出しっぺである。


「えへへへ、ミヤビがいれば大丈夫そうだったので、倒しちゃいました。討伐証明部位は、通常のオークと同じ尻尾で大丈夫ですよね?」


 にこやかに討伐報告をしたリズを見て、現実が受け入れられないのか、エレノアさんは頭を抱え込んだ。助けを求めるように後ろを向くと、職員全員が手を横に振り、渋い顔をしている。


 絶対にあり得ないですよ。

 何かと間違えてるだろ。

 虚偽報告じゃないですか。


 そんなことを言いたげな職員たちを見て、エレノアさんのメンタルが回復。ただの勘違いでよかったと、安堵の表情を見せているが、事実である。


「本当にブラックオークでしたか? 十一体となれば、Bランク冒険者パーティが二組は必要です。サポーターと二人で討伐できる魔物ではありません。さすがに私も焦りましたが、別の魔物と勘違いされていたんですね。十一体ものブラックオークを二人で討伐できるはずが……」


 話に割って入るタイミングがないほど、エレノアさんがペラペラと話し始めた。あまりにも軽快なトークで、自分に言い聞かせているように思える。


 不思議なことに、冒険者ギルド全体がブラックオークは間違いだったと誤認して、職員たちも普通に仕事を再開。一気に緊張感がなくなり、緩~い会話まで聞こえ始めた。


「昼ごはんどうする? 最近、ダイエット始めたんだよね」


「何回目のダイエットなの。今回は何日持つかなー」


「今度は本気だから。最近受付に来てくれるCランク冒険者の人がカッコいいんだもん」


 異世界でも女の子の心理は変わらないなーと思っていると、隣で佇むリズに肩をトントンッと叩かれた。流暢にエレノアさんが話し続け、信じてもらえない影響もあってか、リズが力強い目で語ってくる。その理由をすぐに察してしまうのは、俺がパーティを組んでいるからだろうか。


 ブラックオークの肉が食べたいと頑張った自分が、みすぼらしい。私だって体重が気になるけど、最低限の筋力と栄養は補給しないと、冒険者活動ができないの。ギルドの受付嬢と比較されて、太っていると思われたくないよ。


 だって、リズも女の子だから。最近は、昼ごはんもよく食べる。俺にお父さんの面影を感じて、遠慮がなくなってきたんだろう。


 調査依頼でブラックオークを討伐したのは事実だし、緊張感を持って毎日過ごしたリズが頑張ったことを、俺は知っている。その血と汗と涙の結晶を、ダイエットを考えるギルド職員に見せつけよう。


「知能が低いとはいえ、ブラックオークは闇魔法も――」

「肉、卸しますね」


 どーーーーーっん! と肉の壁を受付カウンターに作り出すと、さすがにエレノアさんの言葉も止む。


 瑞々しい赤身と真っ白な脂身で彩るブラックオークの肉は、インベントリに入れていたこともあって、鮮度抜群。夜間のスーパーで半額シールが貼られる肉とは色味が違う、特上の豚肉である。


 肉の壁で向こう側が見えないけど、エレノアさんが椅子から立ち上がる音が聞こえると、すぐにバックヤードへ走る音が聞こえてきた。


「解体班の皆さん、緊急集合ですー! 現在の作業をすべて放り出し、受付カウンターに来てください! ブラックオークの肉が防壁となり、受付業務に支障をきたしております!」


「グラウンドシープの肉でもあるまいし、ブラックオークの肉が防壁になるわけないだろう」


「同一人物によるものです! 再び『肉王子』がやってきましたー!」


「先にそれを言え! 肉王子が来たなら話が別だろ!」


「急いでください! 臨時ボーナス案件です!」


 次々に肉を運ぶためにやって来る屈強な男たちを前にして、俺は思った。名前も知らないギルド職員たちから、肉王子と呼ばれている、と。

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